写真は2番目にある堤の撮影。
位置図を示す。十字ポインタを中堤の堰堤上に置いている。
《 概要 》
南北に細長い谷地の途中を堰くことで高さの異なる3つの溜め池が存在する。管理上は全体が婦曽婦曽堤などと呼ばれているかも知れないが、仮に上流側から上中下の堤として記載する。【 上堤 】
上堤は直線的な堰堤を築いただけで、堤の上流側はほぼ自然な状態で次第に浅くなり湿地帯のようになっている。写真は上流側からの撮影。
市道の直線部分に接していて比較的観察しやすい。
【 中堤 】
上堤とほぼ同じ形状と面積である。堰堤上を市道が通っていて道路と溜め池の位置関係が入れ替わる。
地理院地図に記載はないが、堰堤の西側にある沢地に補助池があったようで、堰堤らしき痕跡がみられる。
中堤の樋門はコンクリート製で、近年操作された様子がなく満水位で余水吐から流出していた。
【 下堤 】
もっとも下流側にある堤で、市道沿いは雑木で覆われて観察しづらい。下堤にはハスのような水生植物の繁茂が目立つ。
余水吐は自然の露岩が目立つ場所に造られており、常時水が流れ出ている。
露岩は黒岩系を思わせるような色調と外観である。ただし市道の切り通し部分などにみられる石質は概ね霜降山系である。
《 アクセス 》
国道2号山中地区より市道杉河内線を進むことで車で到達できる。道は狭いが往来車両は殆どない。離合や転回できる場所は限られる。市道の溜め池に面した側にガードレールなどはいっさいないので注意を要する。《 成り立ち 》
防長風土注進案に「ふそ〱堤 同貳畝」と記載されている。この「〱」は縦書きしたとき全角2文字相当となる踊り字である。このことより享保年間かそれ以前に築堤された溜め池と推測される。最初から3連続溜め池であったかは不明だが、現在の溜め池の原形となるものが存在していたのは確かである。国道2号沿いを流れる甲山川より高い位置に田畑が広がることから、現在でも山中下市地区の田を灌漑する目的で婦曽婦曽堤の水が充てられているようである。どの溜め池にも築堤および改修記念などの石碑類は見つかっていない。
《 地名としての婦曽婦曽について 》
冒頭に記述している通り、婦曽婦曽(ふそふそ)とは一連の溜め池がある周辺の耕地字である。現地にこの小字を記載したものは何もなく、山中地区はもちろん今のところ二俣瀬区在住者のどなたに尋ねてもこの地名自体がまったく知られていなかった。
ただし現在は表に出てこないだけで、登記簿などでは婦曽々々と書かれている。他にカタカナ表記と平かな表記、婦曽々々一、婦曽々々二という派生した小字が存在している。この意味では現行の地名であり絶滅地名ではない。
知られている資料に乏しく婦曽婦曽という地名の由来考察は困難だが、今のところ沢地の水が流れる様子を形容した擬態語由来ではないかと推測している。岡山県の岡山空港の南にフソフソ池という同じ読みの溜め池が存在する。
擬態語由来の地名は同じ二俣瀬地区や厚東、船木にも存在する。詳細は項目のリンクを参照。
《 関連記事リンク 》
出典および編集追記:
1. 現在の耕地字に即せば婦曽々々堤と書くべきだが、市農林振興部における管理上の名称をまだ調べていないこと、繰り返し文字「々」の2連続に馴染みが薄いことを理由に婦曽婦曽堤と書いている。
(管理上の名称が判明次第正しい名称に置き換える)
1. 現在の耕地字に即せば婦曽々々堤と書くべきだが、市農林振興部における管理上の名称をまだ調べていないこと、繰り返し文字「々」の2連続に馴染みが薄いことを理由に婦曽婦曽堤と書いている。
(管理上の名称が判明次第正しい名称に置き換える)