写真は起点付近の様子。右側の分岐が本路線である。
現在の経路を地理院地図に重ね描きした画像を示す。●は起点、矢印は終点を表している。
(経路のGeoJSONデータは こちら
)市道上町線から分岐し、若干北へ向かって下る。コンクリート床板と親柱のみ遺る原田橋を横断し、その先で一瞬市道東汐土手線と接する。本路線はそこからすぐ先に見える国道190号に向かう。途中で旧宇部鐵道(後に宇部電車区の車庫)と平面交差するが、現地には踏切だったことを示すものは何も遺っていない。
国道190号は4車線交通なので、本路線は国道部分に飲み込まれて経路が不明瞭になっている。市道としては接続されているものの直接の往来はほぼ不可能である。
アルク南浜店の横を通って真っ直ぐ鍋倉山に向かう。産業道路(市道小串通り鍋倉線)を横断後、軽四一台がやっと通れる狭隘区間となる。通行制限の標識は何もないが、物理的に普通車の往来はおそらく不可能で、軽四でも石垣や民家の塀にこすらず通過するには技巧を要する。しかし鍋倉市営住宅から交通量の多い鍋倉交差点を経由せず産業道路に出られる経路として、利用の往来は多い。
鍋倉山の山頂にある宮地嶽神社の西側鳥居前を通過して市道東汐土手線に接続され終点となる。
《 歴史的考察 》
市道上町線から分岐して原田橋を渡るまでの区間は、昭和11年頃に建設されたことが判明している。昭和11年作成の宇部市街図に、この部分が新設道路として追記されている。
(高良家文書)
地図に赤ペンで宇部鐵道の助田駅・藤山駅が囲まれ、市道上町線から市道東汐土手線までの区間が新設道路と描かれている。翌年昭和12年の宇部市街図にはこの道路が描かれていることから、この区間が昭和11年頃に造られたことが分かる。なお、上の地図で横切っている細い道は、現在も車両が通行できない路地(市道助田小路2号線)として遺っている。
したがって原田橋は現在遺構として存在する昭和30年代のコンクリート橋が初代ではなく、前代の橋が存在していたことが分かった。
《 関連記事リンク 》
本路線の時系列レポート。早期に作成された記事を時系列記事に降格している。時系列記事: 市道助田鍋倉線【1】
出典および編集追記:
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