市道奥宇内線【3】

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(「市道奥宇内線【2】」の続き)

山を削り、道路側へ崩れないように支える擁壁は道路から見える。しかし土を盛ってその上に道路を造ったとき、その下側を支える擁壁は通常見えない。それ故に事情を知らない人々は全くそこに元からの地面があるかのように通り過ぎる。
実際にここを通らずとも写真を眺めれば適当に山を削り、低い方に土を盛って平場を造って出来た道路だ…としか思わないだろう。


では、この擁壁が眺められる場所まで行ってみよう。

第一章で無造作に撮影したこのショット。
この左側の通路に撮影の主眼があった。


それは私がこの地で仕事に携わっていた間、毎日幾度となく機材を持って往復した通路だった。

この通路の最初は何処にでもあるような練積ブロック擁壁である。間知ブロックを45度傾けて交互に積んで出来た擁壁で、手間がかかるので公共工事ではあまり見かけなくなったものの、今でも全国至る所で観察される。
この部分は私たちがこの地を訪れる以前からあった。


そこを過ぎると、擁壁は全く異なるパターンのものに変わっている。
即ち溜め池の真横部分だけでなくその手前のカーブから始まっている

まずブロック部品が異常に大きい。アルファベットのTの字を太くしたような形状で、焼きたてのパンの断面にも似ている。


それらが噛み合う形で垂直に設置されているのである。これこそ私たちが必要に迫られて据え付けた一つの”作品”なのだ。

通路で振り返って撮影している。
練積ブロック擁壁は一定の「転び」が必要なので通路幅が若干食われている。これに対し新タイプのブロックは垂直に設置された「ゼロ転び」なので通路幅を全く侵食していない。
ブロックの部品はすべてがT字のパン型ではなく、十字状や長方形のタイプもある。
後にその理由を述べる


市道は縦断勾配がついているので、垂直壁も徐々に高くなっている。
やがて通路は溜め池に行き着く。


この溜め池を上空からの映像で眺めてみた。


航空映像では、路線の途中にある溜め池(名前は分からない)の端をポイントしている。

名前もない小さな溜め池の土手。
しかし私は知っている。この堤は当初からのものではなく、私たちがこの地を去った後に出来た。


当初は堤の高さがこれよりも低く、また現在ほど整形されていなかった。中央部分が凹んだ幅狭な堤で、そこに樋管が通されていた。粘土質なので雨が降った後は極めて滑りやすかった。

しかしこの場所は市道から見下ろすことのできる数少ない平地だったので、しばしば測量の拠点として利用された。堤の天端はもちろん、奥に見える藪まで入って中心線や測点の逃げ杭を打って回ったものだ。
堤の向こうに見える竹藪の中も相当回数歩き回った…ねこ車を押して通れるようにスコップ片手に「道路工事」をしたのを思い出す

さて、堤の上を歩いて離れた位置から垂直壁を眺めてみよう。
ワンショットではとても入りきらない。上流部分から3分割して撮影している。拡大対象画像です。
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クリックすれば元のサイズに戻ります。


なかなか壮観だろう。
年月が相当経っているので草木が伸び、コンクリート部材も表面に苔が付着しているが、竣工した直後は全体が同じ色で見栄えがしたものだった。

溜め池の土手に立ち、この周囲をパノラマ動画撮影してみた。
[再生時間: 21秒]


今でこそ静けさを保っている擁壁に溜め池。
遥か昔のことだが、この地で起きた変化は私と一部の関係者だけが知っている。拡大対象画像です。
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このようなタイプの擁壁を観たことがあるかも知れない。もっとも普通の人はコンクリート擁壁なんて何処にでもあるものだし特に注意を払って眺めていないだろう。
私の記憶する限り例えば厚狭・埴生バイパスの荒草高架橋付近とか中国自動車道の美祢JCTと県道31号の立体交差付近に観た覚えがある

新タイプのこの擁壁は、単一部材が物凄く大きい。練積ブロック擁壁に用いられる間知ブロックは重量が数十kgだが、この部材は一つがトン単位である。トラッククレーンを使って慎重に積み上げていく必要がある。その代わり部材の表面積が大きいから慣れれば意外に施工は早い。何よりも「ゼロ転び効果」のお陰で擁壁下の土地を食われることなく有効利用できる。
この場所に従来の練積ブロック擁壁を施工していたらどうだろう。その前転び構造のせいで法尻部分が伸びる。道路を通すために溜め池が半分くらい失われてしまう。未成区間に道路を造って欲しいという地元からの要望はあったかも知れないが、そのために溜め池の半分近くが潰れてしまうことに水利組合の反対があったことは充分考えられる。
元々、溜め池に面する通行不能区間は急峻な崖で道路を確保するには垂直壁を造るしかない。そこで開発されたばかりの新タイプの擁壁が試験的に採用されたのではなかろうか。
この擁壁の採用に至るまでの経緯はさすがに分からない

いずれにせよ、この擁壁が開発されたタイミングと奥宇内の溜め池横にあるこの地勢的特性が噛み合って、未だ施工例が少なく市内では初めての導入例として市道奥宇内線に白羽の矢が立ったのである。

垂直壁の外観だけを見れば、こういう疑問を抱くかも知れない。
あんなコンクリート部材を垂直に積めば
横からの力に耐えきれず崩れてしまうのでは?
もっともな指摘だ。

横からの力が加わり得るコンクリート構造物を「ゼロ転び」状態で施工することは基本的に有り得ない。現場打ちのコンクリート擁壁や練積ブロック擁壁など、自重を利用して支える仕組みのコンクリート構造物は、必ず滑りだそうとする方向に「転び」が設けられる。

コンクリート構造物が垂直に据え付ける例としては、家の境界に設置される建築ブロック塀がある。しかしそれは単純に境界を隔てるためのもので、横からの土圧を受けない場所に限定される。山を削った後の斜面や住宅地で雛段状に真砂土を盛った縁を何段かに積まれた建築ブロック塀で支えるような施工は行わない(と言うか基本的にしてはならない)ものである。
新興住宅地の外側はしばしば垂直なコンクリート壁で巡らされている…L型のコンクリート二次製品を一定の深さまで埋め込むことで安定を保っている

そうなればこの垂直壁は山側からの土圧を受けて溜め池側に崩落してしまうのでは…という懸念はもっともである。

大丈夫…
この擁壁にはその点を考慮した面白い仕組みが隠されているのだ。

(「市道奥宇内線【4】」へ続く)

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