防府市大浜地区【1】

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現地踏査日:2025/3/26
記事作成日:2025/4/23
時系列では「防府市大浜地区に至る道【2】」からの続きとなる。地図で見つけた陸路からの到達が困難な防府市大浜地区をみて、現地にはどんな光景があるのかというただそれだけのモチベーションから現地に向かったのは2025年3月26日だった。そこへ行く気になったかは総括記事で書いている。
《 C地点から山を下るまで 》
大浜地区に向かう主要な経路の地図を再掲する。
A地点からスタートし、概ねB地点まではアスファルト舗装路で、そこからC地点までは礫石混じりの未舗装路だった。


C地点では更に先へ伸びる林道と思しき道もあったが、車両侵入禁止の標識が出ていることを根拠にここを下れば大浜地区に行けると推測した。
車が入れないようにロープが張られているだけで立入禁止の札は出ていないので、先に進んでみた。


木の枝に野生動物を捕獲するためのわなが設置されている告知札がぶら下げてあった。
画像の一部を加工しています


このような告知札はうちの市内でも山間部で普通にみられる。告知するためのものだから札は不特定多数の人が訪れる場所に面して設置される。このことから今歩いている道が市道や里道など、誰でも訪れて良い場所(私有地・社有地ではない)ことが分かるのである。

その先で道が分岐していた。
左の分岐はかなり急な下り坂で、誤って入るのを防ぐためかセフティコーンで塞がれていた。右の分岐路は緩やかに下っていた。


こうしたアイテムも一般に道路管理者が設置するものだ。未だ名称も管理先も分からないこの道は防府市道かも知れない。

右の分岐路はすぐに狭くなり両側からシダの葉が垂れる小径になった。
さすがにこの幅では四輪は通れない。車で往来していたときは先の急な坂の方を通っていたのだろうか。


下りきった先で別の小径と合流した。振り返って撮影している。
先の急に下っていく道だろう。どちらかの道を車で通っていたのだろうが、現在では多分四駆でもやっと通れるレベルだ。


この分岐のすぐ先に特徴的な岩が露出している斜面がある。
もし他の誰かがここを訪れるならランドマークになりそうだ。(露岩の接写画像


小径は緩やかな下りになった。左側が沢地で小川が流れている。
これは Google sv で一個人が Photo Path でアップロードしていた脳内の記憶画像に一致した。
どうやら近づいてきたかも知れない…


小径の右側に自然石で囲まれた低い石積みを見つけた。
どう見ても自然のものではない。かつて民家か畑があって周りを囲ったもののように思われた。


この場所から既に石橋が見えていた。これを見たとき「間違いなく大浜地区へ到達した」ことを確信した。
これは Photo Path で見た映像そのものだ。


自然石と整形された花崗岩を載せただけの簡素な石橋である。
この幅では車が通れそうにない。別のルートがあるのだろうか。


しかしそのルートを探すよりも既に気持ちはすぐ先にある平野部に向いていた。
既に目の前が開けてきている。


ここで再び別の小川を石橋で渡る。
小径の横に捨て置かれているのは小運搬に使うキャタピラーだろうか。


この石橋は先のものより更に小さい。
車ではなく集落から富海地区へ歩いて往来する道だったのだろうか。


そして…石橋を渡る前から Photo Path で見覚えがあったあの光景が広がりはじめていた。
遂に到達した!!
《 大浜地区に至る小径 》
石橋を渡った先に平坦な荒野が拡がっていた。
一面の荒れ地の先には、富海地区を訪れたときから目にしていたJR山陽本線が見えていた。


ここを訪れる人がそんなに居るとは思えない。
それでも明らかに小径と分かる程度に草が避けて育っていた。人の往来で小径が踏み固められているために、草が進出しても根を張って勢力拡大には至らないのだろう。


何の説明もなければ、誰の目にもただの荒れ地だ。容易に到達することができないというだけで、何か素晴らしく美しい景観があるわけではない。それでもカメラを持って踏査するときいつもするように周囲を観察しながら歩くと、さまざまなキーワードが脳内を過ぎった。陳腐な言葉で表現すれば「時間が停まっている」

しかし先へ進むことで昭和中後期までタイムスリップした感覚と、最近になって造られた近代的な設備を目にするという何とも異質な体験をすることとなる…

(「防府市大浜地区【2】」に続く)

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