でにさ階段

公共施設建物インデックスに戻る

記事作成日:2021/10/3
最終編集日:2021/11/21
小羽山ふれあいセンターの裏手はコンクリート板の敷き詰められた広場で、子どもたちの格好の遊び場になっている。北側には小羽山市営住宅8号棟があり、高低差があるため階段となっている。


階段の上からの撮影。
高低差は5m程度。階段の下近くに学童向けの芋畑がある。


小羽山地区在住でセンターを利用する人なら、この階段を知っている人は多い。実際に行き来する高齢者もあるだろう。それはそうと…果たして何処にでもありそうなこの階段がどうして記事となる特性を持つのだろうか?。更にはその不可解な名称の出どころは?

さすがにこの記事は後述する以上の発展性を持ちそうにない。そこで総括記事ながら時系列記事のように記述してみることとしよう。

この階段に奇妙な名を与えて特性を見出した人物は、ルパンファミリーの一味であるコードネームYとされる。野ウサギは幸運にもセンター裏でコードネームYらしき人物を発見し、現地でこの階段に隠された謎について聞き取ることに成功した。以下はそのときのレポートである。
《 コードネームYとの接触レポート 》
メンバーからの情報によるとコードネームYは小羽山地区の何処かに棲み、常にカメラを携行し市内あちこちに出没するという。それ以上の情報はないが、彼を見つけ出すのにそう困難はないだろうという噂だけを聞いていた。

ある日、私は所用でセンターを訪ねた。そのときセンターの裏手で右手にカメラを持ってあの話題になっている階段の方へ歩く人物を目撃した。ピンク色のフリースに薄紫色の帽子、そして異様に長いポニーテール。申し訳ないが後ろ姿だけを見ると女の子のように可愛い。私は「彼を見つけ出すのにそう困難はないだろう」というメンバーの話を思い出した。

私はすぐには近づかず暫く観察していた。彼は階段を一瞥するや、少し離れてカメラを構えた。間違いない…私は通行人を装いながら彼に近づいて声を掛けた。
「あの…済みませんが…コードネームYさんですね?」
「如何にも。」
彼はワンショット撮り終えた後、私の方を向いてそう答えた。出で立ちは別として、見たところ割と普通な感じの男性だった。
「呼び止めて済みませんが…どうしてこの階段を撮影なさっているんでしょうか?」
「これが我々にとって特別な階段だからだ。『でにさ階段』という名前もついている。」
「でにさ階段?」
道路の上に架かる歩道橋に名前がついていることは知っていた。しかし現物はどう見てもただの階段だ。呼称も奇妙である。これが「ただの階段」だったら命名者に因んだという説明もつくだろうが…


私は変な名前ですねと言いかけたところを堪えた。もしかするとコードネームYの姓は出仁差さんかも知れないからだ。
「へぇー。階段に名前があるんですね。何か由来があるんでしょうか?」
そう尋ねたところ、コードネームYは少し表情を綻ばせた。普通の人なら尋ねる以前にさっさと彼を追い越して階段を登るだろう。私が更に尋ねたことで、同じ興味を示す人間として警戒心を緩めたようだ。
「ほら…ここに立て札があるだろう。」
如何にも…階段の手前には「でにさ」と縦読みできる壊れた注意喚起の立て札があった。


私はすっかり脱力してしまった。これが階段の名前を示す説明板である筈がない。元々あった立て札が壊れてしまい、支柱部分のみ文字が遺ったに過ぎないのだ。噂には聞いていたが、確かにコードネームYの繰り出すロケットパンチには想定外の破壊力があった。
「この立て札って…壊れてるんですよね?」
「如何にも。だけど誰の目にもでにさと読めるから私がそのように名付けたのだ。元の立て札が大体どんな具合だったか私には分かる。」
「覚えていらっしゃるんですか?」
「私は覚えていない。しかし私のカメラが覚えている。これは今から5年前に撮った写真だ。」
彼はカメラを操作して過去に撮った写真を私に見せた。


既に立て札は半壊しているが、残りの文字が読めそうだ。
「えっ?。何で5年前の写真があるんですか?。その時から注目なさってたんですか?」
「たまたまだよ。」
そう言って彼は少し微笑んだ。何ら特別そうに見えない5年前の同じ階段の写真がここにある。その事実だけで私が驚くのに充分だった。彼はしてやったりといった表情だった。
「立て札だけを拡大できますか?」
「できるよ。ほら…」
彼はカメラを操作して立て札の文字部分を拡大してみせた。


ここまで見えていれば、立て札の元の文言を解析するのに充分である。私の脳内では次のフレーズが浮かんだ。
危険ですので
この上に登らな
いで下さ
灰色で書いたのは推測して追加した部分だ。若干の相違があるかも知れないが概ねこんな感じだったのだろう。彼に倣って階段を観察することで、この立て札の設置理由も推測できた。

階段には側面を補強するためにブロックが積まれている。ブロックには一定の厚みがあるため、手すりの外側に斜めのスロープができてしまった。センター裏は子どもたちの格好の遊び場になっているので、このスロープをよじ登って遊ぶ子どもも居ただろう。滑り落ちて怪我をしたなんてことがあって立て札を設置したのかも知れない。

そこまで理解できたにしても、私にはなお疑念が残った。センター裏にごく普通の階段があり、そこに注意喚起の立て札があって今は壊れているため「でにさ」と縦読みできる…それ自体は面白いことではあるが、更に彼がこの階段に注目している理由が分からない。ハッキリ言って「変な人」に思えた。いや…間違いなく変な人だ。

しかしそれをストレートに伝えると、先ほどのロケットパンチ以上の破壊力を持つ何かを喰らいそうなので、言葉を選んで話してみた。
「壊れた立て札を元に命名するとか着眼点や発想はとても面白いと思います。だけど何かそれ以上に注目する題材があるのでしょうか?。私にはどう見ても普通のコンクリート階段なんですが…」
「だろうな。普通の人には。私はルパンファミリーに属するコードネームYだ。この階段は隠されたメッセージを送っているのだ。私には分かっている。」
「メッセージって?。この階段が?」
「そうだ。ラッキーセブンのメッセージだ。」
何だか私はわけの分からない領域へ引きずり込まれそうな気がした。最上段で折れ曲がったコンクリート階段と注意喚起の壊れた立て札。それ以外には何もない。もしかするとルパンファミリーとは一昔に世間を騒がせた新興宗教の一つで、コードネームYは熱狂的な信者なのだろうか。

当惑している私を前に、彼は手持ちのスマホを操作して[1]この場所の航空映像を提示してみせた。
「これは国土地理院の航空映像に写っている小羽山ふれあいセンター周辺だ。でにさ階段はここにある。君にも見えるだろう?」
「はい。ここに写っていますね。」
小羽山ふれあいセンターの建物や市営住宅、そして階段も当然写っている。しかし…階段の周りに特別なものは何も見えていない。


確かに階段は見えているが…私は内心思った。
こんなの何処にでもある普通の航空映像じゃないか…何処にメッセージが隠れていると言うのだ?私はコードネームYに担がれているのではないか…と疑い始めた。
「ごめんなさい…私にはよく分かりません。」
「Google マップならもう少しハッキリ見える。階段を拡大してみようか。」
彼は Google 地図を表示させて小羽山ふれあいセンター上空へ移動すると、スマホの画面上に親指と人差し指を置いて軽く滑らせた。
そうして表示されたのがこの航空映像だ。


思わず私は声を漏らした。
「あっ!!!」
彼は自信たっぷりと説明してみせた。
「どうだ…でにさ階段がラッキーセブンのメッセージを送っているだろう?」
確かにでにさ階段は白く縁取られた「7」に見える。誰も異論はないだろう。実際には階段は直角に曲げて造られているのだが、航空映像の撮影角度による絶妙な歪みのせいで、きれいな数字の7を描いていたのだった。

しかし…数字の7のように見えるという事実をメッセージと捉えることができるのだろうか?
そう問いかける前に彼は続けた。
「数字の7にメッセージ性はない。しかしこの事実に気付いて指摘した人は誰も居なかった。でにさ階段は、身の回りの普通にあるものを調べるのに現地の観察だけに留まる必要がないというメッセージを我々ルパンファミリーに送っているのだ。」
コードネームYは観光の概念を変えたいと唱えていることをメンバーから聞いていた。地域に観光題材や特筆に値する見どころが無く困っているなら、作ればいいじゃないかなどと無茶なことを言っているらしい。でにさ階段は現地へ行っても「でにさ」と縦読みできる壊れた立て札がある以外、何処にでもある普通のコンクリート階段である。

それでもコードネームYが「これは『でにさ階段』と呼ばれている。命名の理由は云々…何処をどう見ても普通のコンクリート階段だが上空から眺めると…」と解説することで、ここが観光地に化ける可能性は殆ど無いにしてもちょっと気になる存在に変わるかも知れない。
「それで良いのだよ。我々ファミリーは一見何も無さそうな場所に話題性を提供する題材を掘り起こしている。次に訪れるのは君の住んでいる地区かも知れない。それでは…」
コードネームYは離れた場所へ停めていた自転車に跨がると、次の獲物を求めてあてどなくセンター前の市道に向かった。
《 今後予想される変化 》
誰の目にも立て札は壊れていて意味を成していない。コードネームYのような好き者以外注意を払われていないから放置されているだけである。将来的に引っこ抜かれてなくなるか、元と同じ文言の新しい立て札が設置されるかも知れない。そうなれば今度は「でにさ階段」と言ってもまるっきり意味が分からなくなる。意味の分かる今のうちに現地へ行ってよく観察し写真を撮っておくことをお勧めするとコードネームYは言っている。
出典および編集追記:

1. ストーリー上の設定である。実際にはコードネームYはスマホを持っていない。

ホームに戻る