用語集|英数字・記号

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項目記述日:2019/2/26
最終編集日:2020/12/7
ここでは英数字という項目ではなく、半角英数字で始まる語句と絵文字や記号類も含めて収録する。半角英数字では実際の表記では全角で書かれることもある。大体が音読すればおのずから意味が分かるものであるが、中には特殊な予備知識を要するものもある。

内容や項目に機種依存文字を含んでいる。それらは実体参照形式で埋め込まれているが、表示デバイスによっては半角の?や□に置換されてしまうかも知れない。
《 9691 》
4ケタの数字だけで示されるものがあるのかと訝る向きが殆どと思われるが、大抵はかつて存在した黒杭村ないしは現在の字黒杭を隠語的に指して表現している。普通はまず分からないので、内輪的か関連する話題が出ている文中で稀に使われる。黒杭村についてはリンク先[1]を参照。

数字による略記を拡張するなら、例えば白岩公園を「4618」とできそうでもあるが、主たる読みが「しらいわ」であることと「白い歯」とも読めることからそのように表記されたことはない。他方、9691は他の読み替えがおよそ考えられず自然に黒杭と読める点で異なる。

4桁の数字を挙げると暗証番号に関連づけられそうであるが、参考までに個人的にはこの4桁の数字を暗証番号として設置しているサービスは一つもない。
出典および編集追記:
1.「FBタイムライン|黒杭村探索・プレ調査(2014/9/27)
《 AGA 》
項目記述日:2019/9/7
よく知られているように男性型脱毛症 (AndroGenetic Alopecia)である。俗に薄毛と呼ばれており、一般に薄毛と言えば頭髪以外を指すことはあまりない。当サイトの管理人が早期に患わされており、帽子を常用する理由になっている。

遺伝的要素が強い症状なので、食生活などを考慮しても殆ど意味がない。かつらやエクステンションの使用で髪の量を増やすか、エビデンスのある薬物療法に頼る以外ない。初期にはスキンヘッドにしてしまえば薄毛に悩まされる必要もないではないかといった乱暴な議論もあった。バドミントンのとき動画撮影をするようになって、プレーする自分の後ろ姿を見ることで40代前半には既に症状が出始めていたことが判明している。

自分一人ないしは野山へ行っているとき以外、室内でも常に帽子を着用している。一々説明するのがしんどいので着用したままであるが、特に参加者が多い会合などでは帽子着用を断ることが稀にある。目上の人が居ても帽子を取らないなんて失礼にも程があると思われてしまう可能性無きにしも非ずだが、それは致し方ないと割り切っている。実際どう思われているかは不明だが、着用したままについて言及されることはない。

実際は髪を切るどころかむしろ何年もの間ずっと長髪を保っている。頭髪は女性ホルモンの影響を受けるとされるので、AGA が男性ホルモンの影響が出すぎていることを勘案して長髪にすれば抑えられるかも知れないというほのかな期待もある。髪を伸ばし放題にしてみることで現在も良質の髪が生えてくるのは事実だが、頭頂部のみは薬物療法を継続していても目立った効果はみられていない。
covid19
項目記述日:2020/5/31
最終編集日:2021/4/29
2019年末より世界的に大流行し、現在もなお脅威となっている世に言う「新型コロナウイルス」の当サイト限定の略記である。

この書き方においては covid-19 と表記されることが多く、厳密には(covid の末尾の d がdisease であることから)新型コロナウイルスに伴う疾病を指す。しかし当サイトでは目立たないような簡略化した記述を行いたいことから、敢えて半角英数字で短く表記できるこの表記でウイルスそのものから疾病、社会的影響、行動様式の変化まですべてこの語に含めた。

言うまでもなく covid19 は当サイトに定義された物件でも素材でもない。社会的現象であり、まして人類の将来を脅かす暗い話題であるために、本当を言えば「一切ここには書きたくない」レベルである。しかし各種イベントの中止から仕事の喪失、心理的影響が大きく取り上げないわけにはいかない。そこで上記の簡略化した表記で表現し、かつ文化や事件といった物件以外の事象を記述する場においてのみ限定的に記述し、それ以外の場所では covid19 の語とリンクを張ることでここに誘導する。

本件は現在なお進行中であり、最終編集日である年明けにおいては過去最大規模に拡大している。ワクチンや治療薬の問題が散発的に報道されてはいるが、covid19 以前からずっと続いていた風邪やインフルエンザと同様の顛末を辿らざるを得ないと予想する。即ち covid19 以前の生活習慣を取り戻せる程度に脅威を取り除く手段はないと考えるべきで、過密や不注意な生活習慣に起因するものならそれを変える以外ない。脅威が明らかになり一年も経っていながら、尚も変化に対応しようとしない古い人間たちの淘汰過程にあると言える。

詳細は項目に張ったリンク先を参照。ただしリンク先の独立記事は2019年夏頃までの状況についての記述であり、最新の状況を反映していないので注意されたい。状況は短い期間で変化し続けており、作成された時点での客観的事実と個人的見解をまとめた主観的記録に過ぎない。
項目記述日:2021/1/1
【 その後の付記 】
covid19 の脅威は依然として完全になくなったわけではないが、個人的には既に得られた知見をもって十分注意した暮らしを送っていながらなお covid19 の餌食になってしまうのは、以前より記述している確率の問題と考えている。既に一年以上が経過しており、世界中の誰もがどう振る舞うべきかの基礎的情報も充分に行き届いている。

そうでありながら、マスメディアは変異株を題材に再度煽り立てている。明白に不可思議なこの動向は、経済活動を回していくための”仕方ない放任”と解釈している。マスメディアは報道するネタが無くなれば存在価値を失い、ただちに仕事がなくなる。世に言う「経済活動を回すことを最優先する」は、製造業や小売業のみならずこのような組織に属する人々を保護する意味も含まれる。一般人の目から見たマスメディアの信頼性が歴史的に見て過去最低まで凋落していることが明らかだし、完全に正しい情報がマスメディアによって提供されている筈がない。影響力をたてに、自分たちの都合良い題材のみを行き渡らせようとしているに過ぎない。そのことは covid19 により顕在化したというだけで、ずっと以前からそうだった。

当サイトでは今後よほど重要で明白な動きがない限り、この件についての記述を行わない。ヒトは有限な人生を愉しく生きるべきであり、マスメディアの演ずるしょうもない劇場に身を置くべきではない。愉しい人生を送りたいならば、誰しも covid19 に関する完全に合意の得られた対処法のみ粛々と行い、他のもっと楽しいことを考えて暮らすことを強く推奨する。
【 現時点での”極端な”捉え方 】
項目記述日:2022/9/27
最終編集日:2022/9/29
体感的には covid19 はマスメディアによってほぼ「飽きられたネタ」のような扱いとなっている。現在なお新規感染者数は増減を繰り返しており、各自治体にワクチンが供給されている。しかし過去のこともあって摂取率は低迷している。ここまでの流れをみて、今後の状況がかなり見えてきたような気がしてこの項目を追加している。

以下は個人的な見解と言うよりは殆ど妄想の部類であり、鵜呑みになさらないことを推奨する。ただし心にもないことをネタで述べている積もりもなく、極論と認識はしているものの次に真実が明らかにされるまで撤回する積もりはない。完全な真実のみを追究することが万人の幸せに通じるとは限らない。

情報以下の記述は完全に個人的な意見です。

初期は知見に乏しく、実際に多くの人々の命が喪われていく事態に怯えた。その流れでいっときは人々の往来を厳しく制限し、経済を護ることよりも優先された。その結果、確率的に人々の命が喪われる以上に多くの人々が生きる力を削ぎ取られた。人間にとって最も大切なヒトとしての交流も娯楽も制限された裏で、どれほど多くの人が生きる希望を失い自らの命を断っていったかについては決して触れられない。

現在の視点では、covid19 は経済的に窮地へ追い込まれた一部の医療関係者とマスコミを救済すべく、経済を回すという名目で過剰反応的に演出し、風邪同然の脅威でしかないにも関わらずなおも感染症ランクの引き下げに頑として抵抗し、人類の脅威であると伝え続けられることで彼らに仕事を与える目的で仕組まれた欺瞞であり、有り体に言えば国家ぐるみの詐欺とみなしている。そして完全に誤りであるのは明白でありながら行政をはじめとした多くの組織や団体は、完全に安全だという証明がなされないうちはその脅威を認めようとせず、既得権益を守るべく covid19 の危険性を煽動し続けている。このことには早期に気付いて組織の病理と命名している。

今となっては信じがたいことであるが、いっときは公式に認められた組織以外、covid19 に関する情報をネット上に載せないことを呼びかける動きがあった。言論の自由があるのでさすがに明白な禁止は謳われていない。表向きには虚偽の情報がネット上を飛び交うことで医療対応の混乱や逼迫を招くというのが理由だった。完全に真実というコンセンサスが得られた以外の covid19 に関する情報発信を安易に行わないようアナウンスされたのである。そうでありながら、大手マスコミは挙ってこの指針を無視し、情報発信に優位な立場を利用して自らの利得を増やす情報を垂れ流し続けた。国民を洗脳し過剰に恐怖を煽るような不適切な内容もあったが、それらは完全に野放し状態であった。これを遮断するには、自分の頭で考えていち早く気付き”騙されているのでは”と疑念を抱いて一連の情報を能動的に遮断する必要があった。

covid19 で陽性になったり、感染して明白な症状が現れたり、そして重篤化するというのは完全に確率依存の問題である。それは感染したその時点における年齢や体調、既往症や生活環境が症状の出方を決める因子となる。初期は充分な知見がないことと免疫獲得の速度が追い付かなかったことから、爆発的な感染拡大と重篤な症例が続いた。ただしそれはすべて過去のことである。この項目を書いている現時点でも感染拡大の兆候はなおみられるが、次々に重篤化し重症者や死亡者が増えていく状況ではまったくない。それでも大手マスメディアは取るに足りないほどの少数な感染事例を引き合いにして、未だに脅威を煽り続けている。

従来の風邪やインフルエンザ、それらに伴う合併症で亡くなった人はまったく比較対象とされていない。それらがゼロの筈がなく、カウント不可能だからという体の言い理由と covid19 問題を煽動するために意図的に無視しているだけである。こんな不当にフィルターの掛かった状態で届くマスコミの情報などまったく信頼するに足りず、話半分どころか誇張されたものと疑ってかかるべきである。そして個人的には前述の通り、これらの過剰な情報洪水現象は、一部の医療関係者とマスコミの苦しい経済事情を救済するために「経済を回す」という名目で仕組まれた茶番劇だったと断定している。

実のところ、初期のかなり早い段階でこの種の疑念が生じていた。ワクチン接種も最初は考えていたが、当時は供給が追い付かず高齢者や医療関係者が優先されてそれ以外の世代は後回しにされたことで、結果的に様子見することになった。感染拡大は波状的に起きてそのたびにワクチンが供給された。しかし最初に様子見を決めたことで2度目以降のワクチン接種の案内が来ても面倒になり、市から送られたワクチン接種券はすべて開封しないまま廃棄した。これには接種するにしても当時一部で唱えられていた「ファクターX」の正体を見極めてからにしたいという考えも影響している。

怪しいと感じ始めたのはオミクロンと呼ばれる亜種が現れてからの対応である。これは従来より感染拡大しやすい傾向があったものの、それに伴う重症者や死亡者が以前のものより際だって少なかった。重篤化が少ないのに深刻な対処が必要なのかという声は当然あったが、少数意見であり検証も不可能であることからもみ消された。国民の安全を護るという大義名分から、政府主導でワクチンを打つように推奨された。

この時点でワクチン接種を受けないことによる会社からの退職勧告や一部施設の入場制限など、明らかに差別と言える不適切な扱いが横行した。ワクチン接種済であることを公的に表す証明書が作成されたり、一部の旅行会社ではワクチン接種者を優先的に受け付ける事態もあった。そして遺憾ながら、今の時点ですら「マスクを着用しない人の宿泊拒否」に係る法案が通過したところである。その裏で、海外からの入国者に対する制限を緩和という、明らかに逆の施策も進められている。有り体に言って頭がおかしいと言い切れるレベルだ。

経済活性化を名目とする茶番劇というかなりの確証を抱いて以来、私は現時点では covid19 に関するワクチン接種を積極的に否定するスタンスである。ただし年齢も性別も関係なく誰もがそうすべきと言い切れる知見は持っていないから、今のところ個人的ポリシーに留まっている。今後も亜種が出現するたびに対応するワクチンが製造され、接種が広く呼びかけられながら殆ど効果がないばかりか酷い副反応という害悪しか起こさないためただの風邪と同じ感染症扱いに降格される結末を予想する。聡明な国はシンガポールのように早い段階から格下げしているのだが、この国は組織の病理に冒されているから5類格下げの議論が遅々として進まないし、マスメディアも積極的に取り上げたがらない。当然のことであり、マスメディアが自らの首を絞めて仕事を失うようなことをする筈もないのである。

私は covid19 に関するワクチン接種はただの一度も受けていないし、その事実に満足している。他方、身の回りでは少なくとも一回はワクチン接種を受けた人が9割以上である。一度も接種したことがないという人が身の回りに誰も居ない。ただし過去にワクチン接種を受けた人について、それを否定的にみる積もりは全くない。接種を受けた時点では、何が真実なのかを自分の頭で考え判断するのはとても困難だったからだ。時期が進むにつれて世論はどうも副反応ばかり酷くて意味がないのではという意見に傾きつつある。

2021年からはワクチン接種を受けたことで高熱が出る副反応が取り沙汰された。接種した当初は平気でも翌日から発熱し、1〜2日ほど寝ていなければならなかったという報告が多い。この発熱を抑えるために接種者には解熱剤(アセトアミノフェンなど)も一緒に処方された。私はその話を聞いた時点でまったく馬鹿げた話と斬って捨てた。健康体なのにわざわざ covid19 の苦しみを疑似体験するための接種も同然であり、一体どんな罰ゲームなのだろうかという気がしている。そして苦しみながらワクチン接種したものの2022年にはまた別の亜種が発生し、再びワクチン接種を受けなければならない事態になったとき人々はさすがに気付き始めた。もういくらやってもキリがないのではと。

自分の身体をある程度知り、日頃から確率的なものの見方や考え方を体得していれば、繰り返される茶番に何処かのタイミングで「おかしいのでは」と気付くものである。気付き始めた人が増えているのは、最近のワクチン接種率の低迷に現れている。接種を受けても発熱の副反応に苦しむだけで、今後も亜種が現れるたび永遠にワクチン接種を受け続けなければならない結末しか想像できない。今頃になってでも気付いてワクチン接種を見合わせる判断をした人はまだ聡明だ。少なくとも未だ気付かない振りをして、飽きもせず煽動的な報道を続けている馬鹿なマスメディアよりは。

ここまでが2022年9月末の状況である。今後の見通しとして、政府は渋々ながらも covid19 を5類に格下げして「従来の風邪と同様に亜種があまりにも多すぎて完全克服は非常に困難だから今までの知見を元に感染リスクを下げた生活をしよう」という顛末を予想する。その裏で一部の医療関係者やマスメディアはワクチン接種業務が大幅削減されることで(煽り記事も書けなくなるから)需要が激減し、食い扶持を減らされて一部は斃れ行くだろう。これは大手マスメディアに関しては予想というよりは密かな期待である。何故ならここまで covid19 に便乗して事実を曲げ続け、人々から生きる希望を喪わせ続けることで食いつないできた彼らは covid19 以上に殲滅されるべき存在だからだ。
favicon
ホームページを象徴する代表的なイラストなどのデザインである。ブラウザの仕様にも依るが、当該ホームページを表示させたとき URL の先頭に表示される。お気に入り(favorite)登録するとホームページ名の先頭に表示される。ファビコンとも呼ばれるのは、お気に入り登録により表示されるアイコンに由来する。

当サイトの最初のファビコンは2021年9月8日に完成し暫定的にホームページ向けに採用された。従来表示されていたファビコンも保存されている。詳細は項目に設定されたリンクを参照。
FB
項目作成日:2017/6/30
最終編集日:2023/1/25
Facebook の略記である。SNSを使いこなす人たちにはかなり一般的に認識されているが、アルファベット二文字の略記は他の語に紛れる可能性もあるので、当サイトでも「フェイスブック(Facebook, 以下FBと略記)」と表現している箇所が多い。近年は殆ど断りなくFBと記述している。当サイトにおけるFBの位置づけや扱い方については項目に設定されたリンク先を参照。
【 利用頻度の低下 】
2021年後半に入ってからFBの不具合が目に余るようになり、利用頻度が下がり始めた。随時不具合報告は行っているが、そのうちの殆どが何年経っても対処されず放置状態にある。代表的な不具合については、以下のものがある。
(1) 投稿した画像を勝手に回転させる。
(2) フォローしている公式アカウントやページの新着情報をタイムラインに反映させない。
(3) 特定の企業のリンクを含む投稿を行うと内容を精査せず勝手に削除する。
どれも腹立たしいことばかりであり、利用して全く不愉快である。不愉快なSNSに関わる理由がないので、次第に使わなくなっている。タイムラインも一個人のアカウントによる投稿は一週間以上トップに貼り付いている投稿があるのに、フォローしている公式アカウント情報は新着があってもタイムラインに反映させない。この件に関してはアクセスした日の初回のみ反映される場合もあり、仕様としての変更の可能性もある。

従来はFBページに寄せられた読者コメントは、新着をクリックするだけでFB内で回答できた。半年くらい前にこれがクリエイタースタジオというFB内の別のサービスが立ち上がり、そこでコメントが表示されるようになった。クリエイタースタジオは新着コメントをクリックすることで起動し、表示されるまで非常に時間がかかる。特に何人かの読者から複数件のコメントが寄せられたとき、逐次回答するだけで大変な労力を要するようになった。結局のところFBページへの投稿自体が面倒になり、投稿頻度が激減した。
申し訳ないと思いつつも見落としてしまったコメントには返事を書いていないものが多数ある
【 企業リンクを含んだ投稿の恣意的な削除 】
2018年に初めて山口ケーブルビジョン「にんげんのGO!」に出演したときのことをFBに投稿した。そのちょうど3年後の同じ日に「思い出」としてサジェストされたので、シェア記事として再掲したところ”スパムに関するFacebookコミュニティ規定違反”と断定され、何の連絡もなく一方的に投稿を削除された。


その後も最近投稿した筈の投稿がなくなっていることに気付きチェックしたところ、山口ケーブルビジョンの公式ブログのリンクを含むすべての投稿が削除されていた。


この他に運営しているFBページで、読者コメントに答える形でこのホームページの記事リンクを貼り付けたコメントを返したところ、それも削除されていた。いずれもまったく何の連絡もなく突然削除され見えなくされていた。

到底容認できるものではないので、異議申し立てを行っている。


その後暫くして何の連絡もないまま削除された投稿がシレーッと元に戻されていた。このことで「外部記事のリンクを掲載すると削除される場合がある」という運営方針と理解する以外なく、結局投稿自体が面倒になり利用頻度の低下を後押しした。

特定の企業名やリンクを含めた投稿を利用者に無断で削除するのは、露骨な言論統制である。数ヶ月前から突然そうなっただけではなく、過去の投稿まで遡って条件を満たす投稿すべてが削除された。この言論統制は戦時中を思わせるものがあるが、実のところ covid19 に名を借りた事実上の言論統制は他のSNSでも普通に行われており驚くべきことではない。平和そうな空気が漂っている分だけ、戦時中の言論統制よりもタチが悪いとも言える。

近年はFBに関して良いニュースを何一つ聞かない。企業名をメタに変更して注目を浴びているが、時代が要求するものから外れ、一般的な利用者の求めるものがまるで見えていない大企業病に冒されている兆候が感じられる。実際、この会社は将来性がまるでないから先の恣意的な削除の報復で株のカラ売り攻勢を仕掛けようかと思ったくらいである。

遺憾ながら、FBが現在の利用者を引き留めつつ最終編集日からあと3年続いているか甚だ疑問である。個人的にはあと5年以内にFBというサービスそのものが消滅し、この部門を他企業へ譲渡するか他の有力な次世代SNSが現れると予想している。以前まで低レベルとみなして利用を見送っていた Twitter の評価が相対的に上昇し、最近少しずつ使い始めた一つの理由にもなっている。(→Twitter)
《 GeoJSON 》
項目記述日:2021/3/22
最終編集日:2021/12/31
所在地や道路といった空間データを記述するためのファイル形式。当サイトでは物件の所在地(点的要素)や河川の流路(線的要素)を表現するために、地理院地図の重ね描きデータ記録用として採用している。

以前から散発的に記事へ埋め込む形で利用していたが、暗号化されていないサイトからデータを盗み取る問題が認識されてから多くの重要なサイトが一斉にセキュアなものに変更された。この環境では HTML に埋め込まれたスクリプトは混在サイトと見做され正常に動作しない。データ作成の要領に慣れていなかったこともあり、一旦は重ね描きデータの導入が断念された。

その後ヘルプを熟読することで HTML 埋め込み方式は当分の間使用できないものの GeoJSON 形式のデータは容量が軽く記録に向いていること、重ね描きデータを画像出力しウェブに掲載することが容易であるを理解して再度導入することにした。特に地理院地図上でルートや境界を示しつつ上載せデータを必要とするような形式に威力を発揮し、市内の区域毎に分割して作成されている小字絵図を GeoJSON ファイルで保持する取り組みが進められている。

GeoJSON の読み方は分からないが、恐らく「ジオジェイソン」であろうか。この形式で作成されたファイルの拡張子が .geojson であることから、LFの会合で重ね描き機能を実演したとき宇部マニさんは「このゲおじさんファイルをドラッグ&ドロップして…」のように説明している。
【 GeoJSONファイルの扱い方 】
GoeJSONデータ自体は非常に軽量であり、地理院地図に重ね描きして更に編集追記可能である。この作業を行う目的(主に自分のためではあるが)で、重ね描きデータを画像変換して掲載するだけでなく GeoJSON データをダウンロードできるようにしている。例えば市道の経路データはルートを公開している。GoeJSONファイルそのものを Windows でダブルクリックしてもアプリケーションを指定されるか、若しくはメモ帳で開かれ Javascript のようなテキストが表示されるのみである。

ダウンロードしたGeoJSON ファイルの操作手順は以下の通り。
(1) 当該ページの GeoJSON リンクをクリックしてダウンロードする。
(2) 地理院地図のページを開いておく。
(3) エクスプローラーでダウンロードしたファイルがあるフォルダを開く。
(4) ダウンロードしたファイルを地理院地図のページにドラッグ&ドロップする。
《 GJGJ 》
項目記述日:2019/4/17
別に Good Job! を連呼しているわけではない。不快害虫と呼ばれるゲジゲジを指す。
写真はトイレ前の天井に張り付いている一個体。


本来はゲジ(蚰蜒)が正式名なのだが、短く分かりづらい語によくあるように反復されたゲジゲジという呼称が一般的である。
不快害虫の家屋侵入に充分な対策が採られている近年の住まいでは、屋内で見かけることは殆どない。しかし隙間の多い造りで山沿いにある家などではトイレや風呂場といった暗い場所にしばしば侵入してくる。足が多くてムカデを思わせる上に、動きが極めて速いため初見者を怯えさせる。

屋外では、古い隧道や防空壕といった日の光が及ばない場所に棲み着いている。ムカデが洞穴の壁にくっついていることは稀だが、ゲジゲジは一匹だけでなく時には群れを成して壁に付着している。地面に居ることは少なく大抵は天井などの高い場所に居る。明かりをつけず不用意に横穴へ入ることが躊躇われる所以である。ただしムカデが積極的に人を噛み付きに来るのに対し、ゲジゲジは追い回して素手で掴みでもしない限り攻撃して来ない。ゴキブリを捕食するため益虫とも考えられる。それにしてもムカデ同様無駄に足が多い外観と素早い動きが一般に嫌われるのは、黒くて濃い眉毛を否定的な意味合いも兼ねてゲジゲジ眉と表現することからも明らかである。

トイレなどで目撃したときは、大抵壁にくっついたままじっとしている。アジトではムカデはまだ出没していないが、ゲジゲジは冒頭の写真もだが、野山でも生きた個体がトイレ前の壁にくっついているのを目撃されている。写真の個体はその後、浴室の脱衣場に殆ど動かずうずくまっているのが確認された。翌日調べてみるとそのままお亡くなりになっていた。脱衣場から本来居るべき巣穴へ戻ることができず脱水症状に陥ったらしい。このとき自分の度胸試しも兼ねて動かなくなったゲジゲジをつまみ上げて手のひらに載せた状態の写真を撮影している。まるで小型のザリガニのようである。
その写真はこちら…苦手な方は不用意にクリックしないように注意

ゲジゲジは身の回りに居なくなったわけではない。現代社会では歓迎されない存在なため、生活環境へ容易に侵入しないよう対処されているだけである。先述のような暗がりなどゲジゲジが好む場所へ出向けばいくらでも目撃することができる。そのような場所へ踏み込んで不意に目撃してしまったり、家の中に入り込んだりして大騒動になることをげぢげぢぢけんと呼ぶ。[1] 近年では2019年の仏坂隧道でのロケ中に起きたものが壮大だった。
出典および編集追記:

1.「げぢげぢぢけん(何)|Amebaブログ(2008/10/10)」が初出の用法。
Hby
一般にヘビを指す。何故かこの語のときだけは小文字を交えて表現する。普通にヘビと書くことの方が多いが、婉曲的に表現するときに使われる。ただし当サイトでこの表記が用いられることはない。

素材セクションへ新規にヘビの独立記事を作成した。詳細は項目に設定されたリンク先を参照。
《 hoitproof 》
着用する衣服がほいと耐性を持つことを意味する形容詞。「ほいとプルーフ」と読む。勝手呼称と言うか方言+英語接尾辞というバイリンガル的造語である。藪漕ぎを行うときにはほいとプローフな衣服を着用することが望ましい。ほいとの項目を参照。
《 HSP 》
項目記述日:2019/12/27
最終編集日:2020/5/11
Highly Sensitive Person の略語で、平均と比較して感覚処理感受性が高度な人を指す語。直訳すれば「高度な感受性を持つ人々」である。[1] 端的に言って感受性が非常に強い人を指す包括的な用語であり、病気や障害といった”改善を要すべき状態”とはみなされていない。

HSP という概念を知ったのはつい最近のことで、ライフハッカーによる以下の記事であった。[2]その定義に照らし合わせて自分がどうもあてはまるらしいことに気付いた。例えば一般に些末とみなされている事象にも鋭敏に反応し、感動を経て深く追求したりあるいはその真逆で厳格に遠ざけようとする。これは日頃から習慣として行っている街中の題材を探してカメラで撮影し考察する態度に象徴的である。実際、殆どの人はそういった事柄に頓着しないばかりか、最初から認識していない。したがって自分自身の思考形式や行動そのままが HSP を知るための実験的モデルである。

興味深いのは、自身が HSP であるらしいことは、その用語や定義と共に最近知ったことでありながら、鋭敏に反応しているという事実自体には自分で気付いている点である。このため妄信的あるいは盲目的といったキーワードは当てはまらない。街角ウォッチで何かの題材を見つけて「こんなしょーもないネタをわざわざ撮影するってのもなー」と自覚しながらカメラを構えている。

HSPは病気や障害ではないのは先述の通りだが、個人的には特性あるいは個性と呼ぶべき気質の一つと認識している。HSPが反社会的行動や反人道的思考形式に向かうのでなければ、それは「近年になって新たに認識され始めたヒトを個性付ける特性の一つ」として容認される。そしてしばしば言われているように、感受の鋭敏性故に普通なら看過されてしまう事象や将来起こる現象を想起し、あるいは細かな観察から法則性を見出すことによって有益な方向にアウトプットできることが多い。[3]

HSPは未だ確立された日本語としての熟語が存在しない。概念として一括りにされている点は、近年認知が進んできた LGBT と同じである。ただし HSP は個々の人々に対する特性を指す語であるのに対し、LGBT は全く異なる特性を持つ人々のカテゴリを指す頭文字を並べたに過ぎない略語である。

私見だが、表面的な概念のみを捉えた上で「あの人はHSPだから…」の如く他人に対して結びつけて語るのは注意深く避けるべきである。新しい造語は、過去にはマスコミに取り上げられた後、しばしば無理解と共に当該カテゴリに入るかどうか分からない人々にさえレッテル貼りのように用いられてきた。このような行動を看過すれば潜在的ないじめに繋がる。現代人はそれよりも賢明に振る舞わなければならない。

自己分析に使い、当てはまるかも知れない概念として「我が身を指す語」として使うのは構わない。しかし HSP であるらしいことを自己の不都合や何かが出来ない免罪符として使うのもあたらない。HSP は病状や障害ではなく個性であり、天から与えられた(gifted)特性と考えそれを最大限活かすのが良いと考える。

-- 以下の項目は未整理です。 --

HSPというキーワードを知るよりも前にそのことを特に意識した事例があった。2019年秋に叔父さんにあたる方が亡くなったときのことである。学童期には善和へよく遊びに行き世話してもらったことは忘れていない。葬儀にはもちろん参列したのだが、最後の別れでお棺に花を入れはしたもののお顔を長く眺めることなくサッとその場を離れた。また、身の回りの親族殆どすべてが火葬場まで同行したのだが、自分は車で来ていることもあり、親父に「申し訳ないけどお骨上げには行かない」と言った。もし自分が大学生の頃あたりだったらそんな非常識なことなど受け容れられないと言っていただろうが、親父は思うところをそのまま尊重してくれた。これはお骨上げまで参列するのが見送るせめてもの気持ちと言うことは理解しつつも、変わり果てた形で灰燼となり引き出されてきた炉を見るのが精神的にとても耐えられるものではなく、むしろ現在の自分の精神的活動が蝕まれてしまうことが明らかと感じたからである。実際、学童期に祖父のお骨上げに参列したとき周囲のこともあり無邪気に振る舞っていたが、お骨上げのときの炉に立ち会ったことはその後の何十年となく鮮明な映像として焼き付いてしまいトラウマとなっていた。暫くの間、自分は死んでしまっても火葬にされたくない、どうして人間は焼かれなければならないのかと考えていた。現在では衛生上などの理由により火葬は義務づけられているが、野蛮な風習であり別の方法が許容されるべきではないかとも思っている。HSPというキーワードを知ったのはその後のことだった。(2020/1/25)

学生時代には音楽に関してHSPであることに起因すると思われる現象を体験している。いつの時代にもそのとき頻繁に聴いているアーティストの曲があった。やがてそれらを聴かなくなり充分に長い年月が経った後、ふとした弾みでその曲に接したとき、頻繁に聴いていた頃の自分の周りや繋がっていた人などが怒濤のように押し寄せるのである。高校生から大学生にかけて強く感じていたようで、そのことを「何年も昔に聴いていた好みの曲というものは、その当時の自分や周辺の想い出を吸収している。そして久し振りに聴くことでその曲の持つイメージとはまったく無関係な事象を再生させる」のようなことを述べている。(2020/5/11)

喜怒哀楽を一般的な人よりも長く引きずるのは HSP の特性かも知れない。一部上記項目と重複するが、人の死や別れといった負の強い感情やそれにまつわる出来事を数十年レベルで鮮烈に記憶している。あるいは普通の人なら四捨五入して忘れてしまうのが当たり前のようなイベントでさえ長く記憶し、何年も前に起きた出来事なのに恰も昨日起きたかのような時間軸で語ることが多い。このことから「割り切って考えることの出来ない(厄介な)人」というマイナスのイメージを持たれやすい。この特性にもし後天的要素があるとすれば、日記をつけるとか写真を撮るといった過去の時間軸を切り取り記録する習慣が影響しているのかも知れない。もしそうなら HSP の傾向がある人は客観的資料を元に時系列記録をまとめるのが得意と言えるだろう。しかしそういった習慣を持たない HSP の人も多く存在しており、HSP の一形態かあるいはその素養を後押しする要因の可能性もある。(2020/8/8)
出典および編集追記:

1.「Wikipedia - HSP

2.「HSPセルフチェックや「5人に1人いるHSPなのかがわかるテストなど。

3.「FBタイムライン|HSPについて
《 jiraful 》
愚痴や文句の多い状態、あるいは物事や人を指す形容詞。「ジラフル」と読む。「じら」とは県西部の方言で聞き分けのない文句や不機嫌を指す方言である。前項と同様、方言プラス英語接尾辞による造語。方言の「じら」を参照。地域SNS時代、個人的に使っていた語であり、現在では方言の「じら」自体を理解する人が稀なこともあってまったく使われなくなった。
《 KMC 》
毛虫のこと。音読のアルファベット表記。棘をまとった毛虫すべてが含まれ、稀に毛が無く糸を吐いて木の枝から垂れ下がるものも指す。一般名または大量に居る場合は複数形の KMCs または KMC's と表記され「ケムシーズ」と読まれる。いずれも常に大文字で表記している。

アメリカシロヒトリの幼虫のように棘が鋭く少しでも触れれば痛みを感じる種のものがあり、それらは特に県西部方言でイラと呼ばれる。イラとは刺草(いらくさ)やイライラなど痛みを伴う刺激物を意味する語である。春先の気温が急上昇したときなどには葉の緑色が見えなくなるほど裏側にびっしり貼り付いていることがあり、近くを通るとき肌や衣服に触れるとほいとのように持ち帰られてしまう。藪漕ぎで服に付着したまま持ち帰っているのを知らず、部屋で服を脱いだとき発覚しあわや刺される寸前という事態があった。

ケムシが付きやすい樹木はよく調べられている。柿の木、サザンカ、桜の新緑の葉は柔らかいためイラの食害を受けやすい。年を越した葉には普通つかないが、気温の上昇で大発生したときには笹の葉や椎などにも留まっていることがある。2018年頃から温暖化の影響なのか、春先のケムシや羽虫の大発生がみられている。

藪漕ぎや管理されない山道を歩く際の指針を設け、最初の一匹を見つけたときに以後の行動に注意し、別の場所で二匹目を見つけた場合はその日をもって当該シーズンの山歩きを終了するというルールになっている。[1]もっとも登山会メンバーにより管理された登山道を歩く場合や充分に幅の広い山道の場合はこの限りではない。
出典および編集追記:

1.「FBページ|2019/3/31の投稿
《 KYシステム 》
項目記述日:2019/2/28
最終編集日:2019/5/27
当サイトの管理人における屋号である。ここでは半角で書いているが、KYと全角表記することもあった。現在ではほぼ仮想的な存在であり、屋号として機能していない。しかし、かつてはこの屋号で営業活動もしていた。

現在ではKYと言えば「空気を読め」の略語として認識されるが、そのような用法が存在する前からの屋号である。およそ想像されるように、当サイトの管理人のイニシャルを並べただけの何の捻りもない屋号である。前職の会社を退職し脱サラとなることで、自営業者としての屋号が必要だった。ばにらの項目でも書いたように、当初は「すた・ばにら」のような屋号を考えていた。当時からそのような遊び心があった所以だが、真面目に屋号を考えるならもう少し自営業者らしいものにしなければ仕事を取って行けなくなるとの忠告があり、一つの案としてイニシャルとシステムを組み合わせた語として提起された。

屋号に「〜システム」を含むのは、コンピュータ関連の業務を軸に据えていたのが理由である。また、当時は法改正で以前よりもはるかに低コストで一個人が株式会社を設立できるようになり、雨後の竹の子のようにこのようなタイプの会社が誕生した。それらはコンピュータ関連の業務なら「〜システム」が多く、他に技術力を誇示する「〜テック」や顧客中心のスタンスを強調する「〜サポート」といった社名が目立っていた。最初期はKYシステム名義の通帳を作り、固定電話とFAX番号も取得し、会社のゴム印も作っていた。

世はIT化が進む時期であり、国策として失業保険加入者を対象としたIT関連のスキルアップソフト販売の代理店を務めたことがある。新規受講者を自ら開拓していく苦労があったが、利益率が高く、一時期は自分の配下で新規受講者を獲得した協力者に奨励金を出していたこともあった。期間限定の事業だったので終焉してからはNB(ネットワークビジネス)への参入を誘われた。当時はまだNBに対する批判は(一部で既に出てはいたものの)自治体レベルでも導入する事例があり、倫理面での問題意識はなかった。しかしこれで顧客を獲得することは殆ど不可能に近く、殆ど利益を出せないままに自然消滅的な撤退をみている。この件もあって後に「NBはネズミ講である」という認識を持つに至った。

並行して行っていた巡回家庭教師の仕事はまったく私個人のものという位置づけであったため、KYシステムの名を出すことはなかった。派遣協会からの依頼を受けた仕事でも個人名を書いている。後に教育方針の変遷から意に反する教育をお金のために行うことに対して疑念を抱くようになり、生徒の自然減に任せる形でこの種の事業からも撤収した。指定管理者の仕事を始めるようになってからは殆ど表に出て来ない存在となった。PCメンテナンスや技術指導自体が時代遅れのものとなり、巡回家庭教師業も教育に関する理念が昔と変化したことから新規の生徒獲得も行わなくなっている。それでも毎年かならず提出する確定申告の書類には、屋号の欄に現在もKYシステムと記載している。

仕事を「ごっこ遊び」のレベルまで下げられるなら、宇部マニアックス(株)なんてのを設立することは物理的には可能だろう。しかし百歩譲って組織化をはかるにしても株式会社にすべき理由は当面何もない。出資を頂いて次々と多くのものを世に送り出し、得られた収益を株主に分配するほどの経営体系を思い付かないからである。踏査活動をマニュアル化し、全国各地に各自治体ごとのマニアックス支部を作って上納金を頂くシステムを作り上げれば可能と言えなくはない。アウトプットするのが私一人である限りは、そもそもそのような組織自体必要ない。
《 LF 》
項目記述日:2020/12/7
最終編集日:2021/3/29
ルパンファミリーの略称。一般にはこのように呼ばれることはまずないが、校区イベントである「小羽山もの知り博士づくり計画」およびその後続の「小羽山ふるさとまつりDX計画」において、運営および企画に携わるメンバーは「ルパンファミリー」ないしは「一族」と呼ばれている。LFという略称は局長により示された。

局長と私は一味である。他に小羽山校区に係るかなりの人々が含まれているが、詳細をここに明かすことはできない。様々な年齢や職種、興味、技能、専門的知識、嗜好、性癖を持つメンバーが関与している。最近、一味のある人物がコードネームYとして小羽山だより3月号に活動状況を報告している。

LFは秘密結社的位置づけとなっている。企画を練るために集合する場所は「アジト」と呼ばれる。しかし当サイトではこのホームページを世に送り出す発信拠点を慣習的にアジトと呼んでいるので、LFのアジトという意味で先々でLFAという略記が現れるかも知れない。
《 LFDXアテンダント 》
項目記述日:2022/5/23
最終編集日:2023/7/25
デジタルデバイドの解消やネットリテラシーの普及を進める目的で立ち上げられた社団。高齢化の進む小羽山地区を中心とした活動が計画されており、2022年5月16日に山口きらめき財団による自立支援「ゆめ」プログラムの採択を受けた。代表者は私(宇部マニアックスではない)で、他に構成員が数名ある。社団の設立時期は2022年2月14日。

LFDX の LF とは Life and Friendly の略であり、前項の LF とは異なる。DX は一般に認知されているように Digital Transformation の略である。アテンダントとは飛行機の機内サービスを行うアテンダントと同義であり、情報の橋渡し役を務めることで地区に住む高齢者のサポートを行う。
【 社団名義で口座設定する際の不備 】
今後、社団名義でゆうちょ銀行に口座を作る際の参考にして頂くため、敢えて実態報告する。

8月6日に琴芝にある多世代交流センターできらめき財団による中間報告会に出席した。出席は8団体で殆どが市内在住者だった。各団体が活動状況を報告したが、この席で私は情報提供として(後述するように)社団名義の通帳の新規作成が酷く手間取っている現状を報告した。マネーロンダリング防止が表向きの理由だが、この酷い遅延は新規に社団を立ち上げたい向きには障壁になると意見した。会合の後にきらめき財団の担当者から、うちのホームページを面白く拝読していますと伝えられた。恐らくLFDXとは何だろうと調べられたのだろう。
読めば読むほどに面白いでしょ?どうぞリンクを辿りまくってゆっくりしていってね♪

7月20日までに求められていた中間報告書の提出を行い、並行して社団名義の通帳作成の申請を行っていた。ゆうちょ銀行で通帳を作成しようとしたところ、提出資料に不備があり手続きした山門郵便局を2度訪れることとなった。もっとも山門郵便局での審査自体に不備はなく、偽名を用いた口座を作成することによるマネーロンダリングを警戒して手続きが厳格化していたためだった。その後一連の申請書類は神奈川のゆうちょ本拠地へ送付されたが、そこでまた意味の分からない指摘事項によって申請書類の一部が送り返された。

指摘事項には議事録が添付されていない点と、構成員の内訳について詳細な情報提供を求める部分があった。このうち議事録は提出済みで控えも保持しており、この資料の欠損指摘はまるで意味が分からなかった。


取りあえず追加の資料に状況説明を添付して再度送付した。その後、神奈川のゆうちょ本拠地より担当者から直接電話があった。このとき議事録の欠損の指摘は当方の見落としでしたと謝罪された。一体これほど時間をかけて何処をチェックしていたのだろうか。お役所的も同然の怠慢な事務処理のせいで2ヶ月以上も通帳が作成されない異常事態に、温厚な野ウサギもさすがにこんなことでは活動に支障が出て困ると抗議した。それから一週間くらいして通帳とカードが簡易書留で小羽山ふれあいセンターに郵送された。結局、この間に通帳を作成できない原因となるような書類の不備や情報の欠損は何もなかった。

郵便局が株式会社化して久しいが、そのときから以前よりも業務が等閑になった感じがあった。今回の通帳作成遅延の件は論外な部類であり、covid19 以降に露呈したこの国の組織の質的低下を強く認識している。恐らくマネーロンダリングを警戒するあまり、事務処理手順が厳格過ぎる状態になっている。それを少ない人員で処理しようとしているために、口座申し込み需要に対応が追い付かず時間がかかる原因になっているように思われる。

その後、別の社団代表者から「うちは地銀で通帳を作ったけど手続きに一週間もかからなかった」との報告があった。今回は県のきらめき財団による事例だったが、国や地方自治体などから補助金を受け取り事業を回していくために通帳を作成するとき同様のことが起こり得る。LFDXアテンダントでは企画を練って告知する準備段階が長く、すぐにお金が動く状況ではなかったからあまり問題は起きなかった。しかし手掛ける事業内容によっては、お金のやり取りができなければ活動に支障が現れる。

このことより、任意団体名義でゆうちょ銀行に口座を作ることには注意が必要である。いずれ改善されるという希望的観測を持ちたいが、最寄りの郵便局から申請しても書類を完全に整えるまで相当な時間がかかること、チェックを受けて受理されてもそれから通帳が手許に届くまで1ヶ月以上かかることを念頭に置いて申請すべきである。
【 最近の状況 】
夏場はあまりにも暑く屋外の活動ができなかったので、専ら秋口からの企画を練っていた。小羽山地区在住者を対象にしたデジタル関連のよろず相談会を実施した。また、高齢者の体力造りと地区在住者との交流を目的とした散歩企画(小羽山五七五)が11月中旬に実施された。

実施状況と関連する資料、印刷や機器利用に係る領収書などを添えて、2022年度末の最終日に直接一連の報告書を持参した。
写真は山口市にある山口きらめき財団の建物入口。


2023年度に当該社団を含めたすべての助成金事業の査定が終了し、7月に助成金が社団名義の口座に振り込まれて2022年度事業を終了した。2023年度の事業申請は間に合わなかったものの、2024年度は状況をみて申請を予定している。
《 LGBT 》
項目記述日:2019/12/28
最終編集日:2023/5/23
生物の性的指向においてマイノリティーと考えられている形態を(暫定的に)まとめた略語。それぞれ Lesbian, Gay, Bisexual, Transgender の頭文字を並べた語である。

かつてヒトに限らずおよそ雌雄の別をもつ生物は、かならず異なる性の相手を志向するものと考えられてきた。その志向性によって個体が繁殖し世代が継承されるという大前提があるためである。このため同一および双方の性を志向するのは普通でないと考えられ、異端児扱いされてきた。殊に宗教面においては「産めよ増やせよ」という神の御心に反するという理由から、しばしば断罪や迫害を生んだ。

後年の注意深い観察により、同性志向はヒトだけでなく他の哺乳類にもみられることが判明している。その形態も多岐に亘ることが知られており、かつて障害であるという偏見を持たれていたものが程度の差はあれ多くが知られてきた。現在ではヒトに関しては個性の現出であり、尊重されるべきものという見方が一般的(と言うよりは常識的)である。

前出のように LGBT とは本来異なる性的志向の人々を十把一絡げにした呼称であり、推奨されるべきものではない。この理由により LGBT という包括的な語で呼ばれるのを好まない人もいる。そうではあってもかつては国を問わずこの種の人々が殆ど理解されず、侮蔑的な語で呼ばれる事例が非常に多かった(例えばオカマ)ことに鑑みれば、価値判断を含まない語に置き換わりつつあることは進歩である。
【 自分自身について 】
自身を振り返ってみて LGBT と呼ばれるカテゴリには当てはまらないと思うものの、かなり近いのではと感じる要素もある。顕在化された性は男性だが、思考形式が女性に近いことは昔からしばしば指摘されてきた。粗野な行動や言動が殆どなく、一般的に言って良く言えば誰に対しても優しいとか温和、悪く言えば女々しいとかナヨっちいといった言葉で表現されてきた。親からも女の子であれば違っていたのにと言われたことがある。

女性の身体を得て男性を求めたいという志向形態が知られているが、自分自身について全く当てはまらない。私の場合志向するのは女性という点でシスジェンダーであり、男性を志向したことは殆どない。

現在でも確かに多数派とは言えないのは、女性志向に近いとも言える身なりに現れている。外観的には長髪を好み、パステル調の柔らかな色調を多用し、可愛い人や小物は何でも好む。しかしそれは同年代の男性にありがちな典型的オヤジのステレオタイプに対する強い反感の現れである。実際、他人からおじさんとかオヤジと呼ばれるのは嫌いである。昭和のジジ臭さを云々される位なら、ポニーテイルやラメ入りのネイル、ピンクの服やシュシュを指して可愛いよと言われる方が数倍嬉しい。

したがって LGBT およびその派生形と言うよりは、男らしさという”押しつけられた価値観”に対する強烈な対極的行動の結果がたまたま LGBT の一形態に似通っているだけに過ぎないと思っている。この観念に至った更に源流部分をたどれば、高校生時期に選択の余地なく経験させられた男女分離教育という管理者の都合を優先したが故の誤った教育手法の結果と推測している。

近年、我が国でも漸く LGBT なる語が以前よりも頻繁に登場するようになり、以前の侮蔑的な語から置き換えられ漸く市民権を得たといった感がある。それでも前述のように元々が異なる形態の人々を十把一絡げにした呼称なため、いずれきちんとした個別の語が確立されることを期待する。今までなかった新たな概念を正しく説明するのに適正な語がなければ、新規作成されなければならない。これは当サイトにおける勝手呼称が異様に多いことにも通じる。

ヒトの持つ性的志向を個性として尊重し、価値観の多様化の一つとして完全に受け容れられることを歓迎している。殊に「髪の毛が長いのは許されなかった」時代を知る昭和生まれにとっては、髪を長く伸ばした自分になることで幸福感や精神的安定を得られる環境こそ平和の象徴と言えるのである。
【 市内の状況 】
2020年に市は初めて同性パートナーの婚姻届を正式に受理した。藤山中学校では市内の義務教育の学校では初めて従来の男女限定の制服から、生徒の希望により性別にとらわれないスラックスなどの制服を許容する措置をとった。これらは LGBT を含めて、性別に呼応した従来の多数派のみを根拠とした慣習からの開放を意味する前進である。

他方、教育面では大人や子どもの別なく未だ立ち遅れており今後の取り組みが求められる。子どもが「オカマ」などの差別用語を平気で口にするのは、周囲の大人が過去に放った言葉を子どもが耳にしたからである。誤った教育を行った場合、それを消し去るのは容易ではない。無理解な大人が多いなら、子どもの教育以前にまずそこまで遡った取り組みが必要である。

2023年度から現在住んでいる小羽山地区の人権委員を担当することになった。最初の会合が6月上旬に予定されている。
《 MKD 》
ムカデのこと。踏査行動中に出会うことは稀で、むしろ日常生活の脅威である。野山では普通に台所や居間へ侵入し、忘れた頃に姿を現して居住人を憂鬱にさせる存在である。KMCと同様アルファベット表記されるのは、片仮名でそのまま書かれるのも憚られるほど忌避される存在だからである。真砂土の風化した粘土質の地面や横穴に穴を掘って棲んでおり、昔の防空壕跡などの横穴へ安易に入るのが避けられる最大の理由である。

「ムカデは常につがいで行動するから一匹見つけたらかならずもう一匹近くに居る」は、昔からよく唱えられている俗説である。期間をおかず二匹目を目撃することでつがいという印象が深まることによる。
《 MMZ 》
ミミズを指す。KMCやMKDほど忌避される存在ではなく、土壌を肥沃化するのに貢献する益虫である。積極的に触りたくなる存在ではないが、野ウサギにとっても指でつまむことは可能。

土から這い出たミミズが夏場のこと不用意にコンクリートや焼き付いた石の上へ移動してしまい、身体の水分を吸い取られて身動きもできず弱っているのに遭遇することがある。干涸らびて死んでしまうので、そのようなときは木の枝を箸代わりに使っても良いのでつまんで湿った土へ運んでやるべきである。木の枝で摘ままれること自体が身体の柔らかなミミズにとってダメージになるかも知れないが、日向で焼け付いたコンクリートの上だと生きていける術は無い。

実際にそのような場面に遭遇し、一匹のミミズを日陰の樹の下へ運んだことがある。同じ日の午後、かつて落下させてしまいレンズの沈胴動作がうまく行かず壊れかけていたデジタルカメラが正常に戻る現象を体験している。それ以後カメラはまったく故障することもなく、ズーム動作がたまにおかしくなることを除いて2019年11月の現時点でも正常に動作している。多分駄目だろうと思って新調したカメラの出番がなくなる程である。これを「MMZの恩返し」という。

その他の比喩的な用法として「焼け石にミミズ」や「寝耳にミミズ」などが用いられている。意味は元々の慣用句とほぼ同じと考えて良い。
《 No.xx 》
項目記述日:2019/4/1
何の前置きもなくある物件についての記述でこの表記が現れたなら、厚東川1期工業用水道の点検管理用の桝の位置を示す番号であることが多い。xxには概ね1〜31の数字および子番号が入る。
写真は到達困難な桝の一つである No.10。
道中が極めて危険なため2度目の到達以降一度も訪問されていない


1期水の経路をトレースしたレポートをYahoo!ブログへ公開していた時期に定着した。現在でもごく一般的に使っていて[1]にその用例がみられる。

高圧送電線において、個別の送電鉄塔を指すのにも No.xx 表記が使われる。この場合、経路名(西宇部線や見初線など)が併記される。
出典および編集追記:

1.「FBタイムライン|No.26の衝撃
《 RTバカ 》
項目記述日:2019/12/29
最終編集日:2023/1/26
Twitter において、自分ではまったく発言することなく、他ユーザーの問題発言を晒す目的でRT(リツイート)を反復しているユーザーを指す語。勝手呼称であり、容易に推察できるように強烈な侮蔑的意味合いを含む。RT は Twitter の機能として認められている操作だが、自身で何も意見を言わないくせに他ユーザーの問題点ばかり論っては RT でネット上に再掲し、炎上を誘う態度が非難される。

勝手呼称としての初出は2013年8月の記述[1]であるが、この時には既に Twitter を見限って利用を止めている。理由は RT のみを繰り返している利用者と、RTによる投稿を非表示にはできないという Twitter の仕様不備(と言うよりは設計上の欠陥)によるものだった。

他ユーザーの発言に直接返答するものとして@機能がある。こちらは面識こそないユーザー同士が共通の趣味や話題について意見を述べ合うことができた。たまに批判や非難もあったが、気に入らなければリムーブ(更にはブロック)で個別に対処できた。ところが RT はその投稿のみを非表示にはできない仕様上の問題があった。

RT は任意のユーザーの発言を引用可能なので、フォローしているユーザーが自分とはまるで関係のない利用者の発言を RT すると、そのすべてがタイムラインに列挙される。少なくとも私にとっては相手の発言に関心があるからフォローしているのであって、その相手が私のまるで知らないユーザーの発言を RT でタイムラインに載せられても殆ど内輪ネタでまるでわけが分からない。そして「訳の分からない情報」がタイムラインに載ると、有用な情報が希釈されて読みづらくなる。この問題に対処するには、結局 RT 発言するユーザーのフォローを諦める以外なかった。そして Twitter は私が利用を見限る最後まで RT 非表示の仕様には対応しなかった。

Twitter の中期頃から、若年層の日本語発言能力の著しい欠如を感じ始めていた。犯罪予告に使ったり、果ては職場の鬼畜ないたずらを罪の意識もなく画像と共に発言する行為が相次いだ。それらがマスコミに指摘された後、自然と Twitter に対して「馬鹿発見器」と揶揄されるようになった。冒頭述べたおよそ自分の言葉をもたず、他者の発言を延々と RT し続ける利用者が目立ち始めたのも同じ頃である。当時は地域SNSで活動していたこと、更には FB へ軸足が移りつつあったことで Twitter を使い続けることのメリットがなくなり、最終的に発言をすべて非表示にしてログアウトしている。

ただし RTオンリーな態度が一律に批判されるものでもなく評価する向きもある。自分とは直接繋がっていない利用者の発する意外な発言をキャッチできるので、多くの分野にわたって情報のアンテナを張り巡らせたい人にとっては、RT オンリーなユーザーでも相応の利用価値がある。

他のユーザーの投稿をおうむ返しに取り込んで再びネット上へ提出する機能は、Twitter に限らず FB でもシェア操作で同等のことが実現できる。Twitter と異なり FB では利用者の顔が見えること、同種のシェア投稿をタイムラインに載せない機能が備わっていることからそれほど問題視されてはいない。ただし自分自身の発言がまるでなくシェアのみを繰り返す利用者は、少なくとも個人的にはまったく魅力がない。今や FB は明白な情報交流の場として限定的に利用しているので、シェアするのみで全く自身の言葉によるアウトプットもレスポンスもない利用者と個人的に繋がり続けていられる可能性はゼロだろう。
【 最近の状況 】
以上の情報は初期に作ったアカウントでの活動によるもので、その後暫く利用を見合わせていた。その後宇部マニアックスの新規アカウントを取得し、最終編集日時点で散発的に利用している。つぶやきと言うよりは主に写真の投稿である。

ただし殆ど自分の投稿しか見ていない上に初期と違ってフォローしていない利用者がタイムラインにあがってくること自体が少ないため、RT専門で活動している人やボットがどの程度あるかは分からない。
出典および編集追記:

1.「『RT、シェア、拡散お願いします』もう、うんざり。
《 STA 》
ハンドルネーム「すた」のステートナンバー表記に現れる略記法。詳細はステートナンバーを参照。

工事現場の道路中心に設置された仮設の杭で、たまに STA に続く数字などが書かれているものはステーションナンバー表記である。
《 sv 》
最終編集日:2022/10/3
Google の提供するストリートビューを指す。この意味で表記するときはかならず小文字で書いている。しかし sv だけではさすがに分かりづらいので大抵 Google sv と表記している。カタカナでストビューと書いている部分があるかも知れない。

当サイトでは道路関連の総括記事において、実際に運転シミュレーションを行えるように sv の項目を設置して映像を埋め込み処理している。埋め込みサイズは 640×480 pixel と一般の画像と同じにしている。
sv は Google map や航空映像と連携していて、拡大表示されることで画面が切り替わる。新しいデータが採取された場合は古い映像データに上書きされる。上書きされる前の任意のバージョンまで遡って表示することができるかは分かっていない。

知らない場所だが公道に面していて sv がデータ採取している場合は、実際に操作して現地までのランドマークを確認したり車を停める場所があるかを事前確認するのは最近の手法である。ただしデータ採取から数年経っている場合は、車を停めることにしていた余剰地が駐車場になっていたりして予定が狂うこともある。
【 他の意味としての sv 】
Microsoft Outlook ではメールの送信者を判別するために、タイトルの前に色彩別の円が表示される。ハンドルネームを未設定にしている場合、メールアドレスの冒頭の半角文字が表示される。当サイトの管理者のメールアドレスに含まれるアカウントは sta_vanilla なので、色彩別の円の中に sv と表示されるだろう。
《 WS 》
最終編集日:2020/1/3
当サイトで用いられている分には、殆どの場合行政が主催となるワークショップを指す。ある特定のテーマが設定され、関心があり意見を述べたい人々が事前に申し込むことによって議論に加わることができる参加型会合である。複数人が関与していても壇上であらかじめ招待された有識者や専門家などが聴衆を相手に情報伝達するシンポジウム、特定のテーマを題材に壇上で複数人が意見を述べ合う状況を聴衆に伝えるパネルディスカッションとは異なる。

当サイトの管理人は、街造りや公共施設に関するワークショップにはかならず参加する方針を採っている。意見を自由に述べられる場が提供されていながらそこでは何も言わず、ワークショップにおける決定事項を見て後から異を唱えるのは義ではないという判断からである。代わりに提起した意見は(すべてを採択することは無理としても)かならず汲み上げて頂くことを念頭に置いており、夢物語を語らせたり不平不満のガス抜きも同然な趣旨のワークショップには参加しないし、その様相が垣間見えたなら以降は参加しない。

遙か以前から開催されていたが、当サイトの管理人が初めて参加したのは、常盤公園のいこいの家再生計画に関するワークショップであった。近年では、2018年に画策された恩田スポーツパークに関するワークショップがある。更にドキュメント化はされていないが、宇部新川駅の駅前広場をデザインするワークショップにも参加した。宇部市役所新庁舎建設にあたってもワークショップが開催されていたが、第一回目の会合がアナウンスされず、議論の対象となる範囲も2期棟に限定されるなど不完全なものであった。

市政施行100周年に向けての取り組みを提言の形でまとめあげる市民委員会、宇部市立図書館の80周年を期に図書館の在り方と街造りを統合的に考えるUBE読書のまちづくりネットワーク会議も参加者による考えを盛り込み提出できる点でワークショップに近い形態であった。

市役所新庁舎建設や図書館リニューアルなど、公共性が強く大きな変化が起こり得るものを一度市民に情報提供しワークショップという形で意見を募ることは、少なくとも昭和期や平成初期には殆どみられなかった。近年の好ましい傾向であり、更にこれを推進して市民側から問題提起して有志による会合を起こし、その成果を行政へ提示して反映を求める流れになって良いと考える。

これとは別に、意見提言を元にするのではなく誰でもその場で自由参加できて何かの作業を行う小さなイベントをワークショップと呼ぶこともある。絵を描くとか色紙を切るなど材料費があまりかからないものは概ね無料で、一定の集客があるイベント会場で付随的に開催されることが多い。
《 X十 》
項目記述日:2019/5/28
概ね20〜50までの幅を持たせた数値の表現。一般的に言われる「何十」「数十」に相当する。勝手呼称と言うか勝手作出された表記で、音読されることはない。FBタイムラインなどメンバー内限定の書き言葉のみで日常の会話で使われることはない。X(エックス)は一ケタの数字を意味しており、十は漢字の10である。全角統一してX十と表記することもある。

年齢やそれに伴う人生の経過年数を表現する過程での使用が多い。例えば永らく生きてきて初めて知ったときなど「X十年生きてきたけどその表現は初めて知った」の如く使われる。ここで30年や40年などと数字を具体的に書くと話者(言うまでもなく私)の年齢がモロ分かりになってしまうので、それを避けるために考案された表現である。別にエックスの具体的数値が分かったところで読者を驚愕も失望もさせたりはしないのだが、一般に現代人は想像しているよりも若い年齢にみられることを好むが故の策である。
項目記述日:2019/7/14
そのまんまハート印である。典型的にはトランプに使われる4つのスートのうちの一つで、ダイヤが宝物や富と関連づけられるように、ハートは愛情や好意に関連づけられている。中を塗りつぶさないも用いられる。後述するように当サイトの管理人はハートの形とその彩色に特別な関心を抱き、偶像崇拝の如く扱っている。

ホームページでハート印を記述するには、♥ のように実体参照形式にする以外ない(そのままハートのキャラクタを埋め込んでもテキスト形式では保持されない)ので記述例はあまり見られない。初期には使用頻度の高いハート印を容易に表示するために、標準的な文字サイズに合わせて作成したを用いていた。トランプの他3スートもかつては作成されていたが、現在は画像データを削除している。過去に作成されたドキュメントの互換性維持のためだけには残されている。

近年のSNSではそんなに苦労しなくてもハートのような典型的なキャラクタが備わっていてボタン一つで選択できる。どうかすれば多彩な色調での表現やキャラクタにハート印を添えたアイコンも利用可能である。代わりに実体参照形式にしなくても直接♥を入力して受け付けられることが多いので、これらのアイコンはすぐ使えるように辞書登録されている。

色彩については古くから採用していたすたカラーの他にピンク系を好み、身の回りのアクセサリー類は可能な限りその色のものを選ぶ。同様に商品のデザインについても♥を沢山採用しているものを選んでいる。トランプのスートでは4つある一つに過ぎないが、単独でハート印を描けばしばしばそれは「かわいい」「好き」「セクシー」を象徴するアイコンとして使われている。したがって上記の持ち色をしていて♥が沢山描かれているデザインを最優先に選んでいる。


デザイン面での好感度の高さから、ハート印をモチーフにした屋外の構造物などは無数に観察される。それらを含めて身の回りのハート型をしたものを撮影してはFBタイムラインにアップロードしている。擁壁のデザインの一部、屋外を囲障する鉄柵、偶然に二またに分かれて育ってハート形に似てしまった根菜類などが掲載された。

FBでは「イイネ!」を示すアイコンにサムアップの画像が使われる。「超イイネ!」に対してはアイコンが用いられている。ちなみにFBで超イイネ!を表明することは少ないが、可愛いと思ったおんにゃの子のプロフィール写真などでは閾値が下がる。プロフィール写真や記事などで超イイネ!された女性は愛されていると思ってほぼ間違いない。
但しコメントに超イイネ!されたときリコメントに同じアクションを返すのは法則である
項目記述日:2019/7/14
星印であるが、当サイトに限定すると既に存在しないものに対して与える接頭記号として用いられる。存在はしているが位置や内容などが当初のものと変わっているものには☆を接頭記号として用いている。一般の記述に用いられることはなく、専らカテゴリ毎の物件のインデックスページにおいて使われている。

一部で★はお亡くなりになった方の存在を示唆する記号として機能する。市営住宅の定期募集では、募集対象としている部屋で過去に亡くなった方がある場合に(重要説明事項の一つとして)募集枠に★を付して案内している。記号の形状により「お星様」と呼ばれることがある。これはあの世に召された人間は昇天して夜空に輝く星の一つになるという伝承による。
sweat
項目記述日:2022/10/3
いわゆる汗マークである。暑くてかく普通の汗、冷や汗、躊躇や当惑といった感情を表すとき代用される。全角テキストでは(汗)のように書かれることが多い。半角キャラクタを組み合わせた ^_^; や -_-; もよく使われる。

平成中期頃までは文通相手への手紙やふざけた手書きメモで女の子がよく使っていた。男性が使う例は殆どないのだが、ホームページで感情を表現するためにわざわざ汗アイコンを作成して日記に埋め込んでいた。実体参照で似たキャラクタが存在しないので、sweatの画像データは共通して参照しやすくするためにルートディレクトリに置かれている。現在のホームページを作るとき最初期のものをコピーして作ったため、sweatは今も同じ位置に残っている。

手描きされることは滅多にないものの、ふざけて使ったり語調を和らげるために稀に使われる。
これはセッテン!!のアンケートで実際に手描きされた例。
大きさが異なるのにほぼ相似形なのはそれほど描き慣れている証拠


手描きでは雨だれや涙のように、上部を尖らせ下側を丸く描いて表現する。凾フ下側を丸くしたようなイメージである。今では女性でも恐らく使わないのに、野ウサギはふざけたいときは今でも必要に応じて使っている。数年前なら書いている自分に危険な匂いを感じていただろうが、今は文字で感情表現すると複雑になるこんな簡単で便利なキャラクタは他にないと思う。

現在は手書きする場面自体が少ないため、汗マークを見ることは殆どない。SNSでは感情を表す多彩な顔アイコンが用意されている。今の若い世代がこのキャラクタを見せても汗と気付かないかも知れない。
項目記述日:2020/8/23
文字とも記号とも言えないように見えるだろうが、「より」と読まれる。即ち平かなの「よ」と「り」の合字であり、合略仮名の一つである。
写真は防長風土注進案の編集校訂にみられる当該合略仮名。


現在ではまず見ることがないが、地下上申のような古文書には頻繁に現れる。「夫ゟ」は「それより」となる。
〆(しめ)は合略仮名ではなく漢字ないしは記号と認識される。昔はよく見られた「お豆腐あり〼 」の〼も記号の形態とされる。

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