岩質の主観的な分類

素材インデックスに戻る

記事作成日:2026/1/5
最終編集日:2026/1/6
ここでは岩質の主観的な分類と題して、市内および近隣地区にみられる特徴的な岩質について恣意的に分類している。

およそ岩石学の知識を殆ど持ち合わせていないので、分類は質感、色調、硬さなどまったくの素人判断である。命名はその石や岩が多く見つかる場所による勝手呼称である。

類似する質感の岩が何処に分布するかを調べることが目的の分類で、作成した後で別の場所に見つかることで項目の統廃合を行うかも知れない。従来は用語集に作成していたが、項目が多く雑多になってきたので素材カテゴリに移動した。
《 維新山系 》
宇部護国神社周辺の維新山にみられる白い斑点が目立つ岩質。
画像は市道維新山西山線の車両通行不能区間付近にみられる石積み。


石積みに使われている石材の接写。
全体にやや黒っぽく白い斑点が散らばっているのが特徴である。


岩は緻密で硬い。現在観察されるのはすべて石積みの素材となっているもので、露岩の状態では知られていない。今のところ維新山以外には見つかっていない。維新山周辺の石垣の殆どがこの岩質であること、維新山という地名の由来からして現地にあった岩を砕いたものと推測される。それでも岩が破砕されてから数百年が経過しても断面の白い斑入り模様は変化していない。

維新山という地名は明治維新以前から存在し、石の山からの転訛であろう。隣接して山を切り崩したことに依る崩(くずし)という小字名がある。(→維新山という地名の成り立ち
《 岩瀬戸系 》
項目記述日:2021/5/15
市内の東小羽山町より更に北側の一部にみられる御影石に近い外観を呈する岩質。
写真はハバック敷地内にみられる露岩。


近接画像。
霜降山系とほぼ同じだが、それよりも白っぽくて硬い。


名称の岩瀬戸(いわせど)は、この近辺にある小字である。この小字名自体が岩がちな地が張り出した地勢に由来している。

墓石や道標に使われる石柱は白を基調として黒い斑点がごま塩のように入っている外観で、しばしば御影石と呼ばれる。岩瀬戸系は市内で産出する岩としては御影石に最も似ている。

この系列の岩質は耐久性が求められる石材に適しており、近くの蛇瀬池にあった石樋は岩瀬戸から切り出した石材を使用している。[2]この石樋はコンクリート管に置き換えられたとき一部が溜め池改修記念碑に流用されていてる。

外観の白っぽさは、含まれている石英に由来する。硬くて破砕が困難なため、昭和50年初頭にテクノロードを建設するとき岩瀬戸付近で工事が難航している。ハバックの敷地には除去しきれなかった岩が多数存在している。
《 亀浦系 》
項目記述日:2021/4/25
市内の亀浦付近の海岸に見られるような石質を表現した語。地質学的にみた厳密な分類ではなく素人判断による勝手呼称である。
写真は亀浦海岸の岩場。


近接画像。


色調は灰緑色から黒で、ミルフィーユのように薄い層が重なったような特徴的な外観をもつ。脆くて層に沿ってぽろぽろと剥がれ落ちる。割れた断面には金属的光沢がみられる。

亀浦から常盤の海岸にかけて極めて目立ち、海岸の写真を見せるだけでこの辺りの海岸と特定できる人は多い。同種の岩質は黒崎より東側では殆どみられない半面、亀浦や常盤の内陸部にかけての岩場にも部分的に観察される。
《 霜降山系 》
情報この記事は記述内容が多くなってきたので独立記事への分離を予定しています。
項目記述日:2019/10/17
最終編集日:2021/4/25
市内の霜降山近辺に見られるような岩の質感を表現した語。地質学的にみた厳密な分類ではなく素人判断による勝手呼称で、しばしば「霜降山系の岩」という語で用いている。
写真は国道490号の上大谷付近の道路工事で削り出された岩。


地質学的には石英・雲母・長石から成る花崗岩の一形態である。市内では非常にありふれていてごく一般的に見られる岩質である。岩としては黄土色であるが、露岩の状態で長く晒されたものは表面が濃い茶色になっているものが多い。
【 一般的な花崗岩との違い 】
一般に花崗岩として想起されるのは、墓石にみられるような灰色でごま塩状に黒い部分が分布している石質である。そのような石材は特に御影石と呼ばれる。霜降山系と勝手呼称される花崗岩は、これに紅色の要素が加わる。白は石英、黒は雲母、そして紅色の要素は長石に依るもので、一般にはこれらがさまざまな比率で混成して花崗岩となっている。構成要素となる石英や雲母や長石は色調だけの違いではなく硬度も異なるので、霜降山系の花崗岩は御影石とはかなり異なった性質を帯びる。

田畑や道路など人為的作用が加わった場所を除けば、霜降山周辺は殆どが同種の岩やそれが風化した礫石、砂礫で占められる。砂礫まで進んだものが堆積して押し固められ層をなしたものや粘土まで細粒化したものも多い。それらは岩から細粒までサイズがまちまちだが色調はどれも黄土色系である。
【 分布 】
勝手呼称の通り霜降山系の岩は、霜降山をはじめとした裾野に普通にみられる。そもそも霜降山という山岳名の「霜降」とは、通常みられる岩に白みが差し込んで霜が降りたような外観を呈していたことに依る。非・霜降山系の岩としては鍋倉山などにみられる蛇紋岩系や硬くて緻密な黒い外観を呈する黒岩山系のものがある。上中山にある白岩公園は霜降山から極めて近いため殆どすべて霜降山系の岩である。公園の名称である白岩は、黒岩山にみられる石質と対照的であったことに由来する。

東岐波の日ノ山も同様な花崗岩だが、紅色や赤系の色調がやや強い。日ノ山の下にある若宮海水浴場の近くにある岩はピンクを帯びているものがあり、日ノ山系として細分される。逆に紅色成分が少なくごま塩状態の御影石に近いものは岩瀬戸系と細分している。

霜降山系の岩は内陸部、即ち北へ進むにしたがって稀になる。高嶺あたりでは部分的に黒岩系が優勢である。霜降山の外周も厚東川より北側になると岩質が変化する。現在の厚東川ダムのある辺りから両岸が嶮岨となるのは、風化で削られ難い岩質によるものである。実際、ダムより北側にはかつて採石場が数ヶ所稼働していた。
【 形状 】
異なる石の混合体なので、含まれる比率や生成過程によりかなり差がでてくる。一般には不定形をしていて膨張比率の違いにより硬くて脆く、侵食されるとぽろぽろと崩れやすくなる。

霜降山系の一部に結晶性を帯びたものが知られており、同じような色調をしていながら緻密で平面的な割れ方をするものがある。
写真は城生原川の河床にみられる特徴的な色調と形状をした岩。


他種の岩との中間的な性質をもつ岩でも同様な割れ方をするものがある。それらは自然界で侵食される過程で自然と平行六面体のような形状となる。昔はこのような石をなめらと呼んでいた。[1]小字名で「なめら」や「滑」の読みや表記を含むものは、特異的に産出していたことが想像される。なめらは硬く加工が難しいが、平面を作るように割れるため石積みの石材や砥石として利用されてきた。
【 利用 】
昔からのもっとも素朴な利用法は、適当に打ち欠いて石材にするものである。霜降山系の岩が産出する付近の集落では、昔ながらの敷地の外周にこの石材が頻繁にみられる。充分に緻密な岩では自然の風雨浸食作用にも比較的耐えるので、間知石として加工された石材が石積みの形で永く遺っている場所は多い。これらの石よりも例えば石灰石が優勢な秋吉台に近い地域では、集落で敷地の外囲いに使われている石材は殆ど石灰石である。

現代では硬い岩となっているものをわざわざ破砕して石材に利用する例は少ないが、近年の代表的な事例では真締川ダムの施工例が著名である。ダムのある男山地区は霜降山の南側裾野にあたり、殆ど何処を掘削しても霜降山系の岩である。ダムサイト近辺でこれらの岩が豊富に得られることから、風化の進んだ粘土部分をコア部分に、補強部分を霜降山系の岩とするフィルダム形式が採用された。更に破砕することで間知石の製造も可能だが、現在では微妙にサイズの異なる間知石を巧妙に接ぎ合わせる石工が殆ど居ないことから、同種の施工を必要とする間知石積み部分でも中国より一定の誤差内に加工された石材を輸入している。

充分に緻密で硬いものは、石碑としての使用にも耐える。ただし表面に文字などを刻むとそこから欠けて読みづらくなることが早くから知られていたからか、霜降山系の岩をそのまま用いた道標や石碑は少ない。境界石として打ち込まれるものも長石成分が少ないごま塩風の花崗岩が目立つ。殊に石灯籠のように中空部分を含むものは破損させずに削り出すことが困難であり、稀にしかみられない。ごく少数確認されている事例では、風雨に晒されたことによる変形や欠けで表面に刻まれた文字が読み取れなくなっているものもある。

風化の過程としては、最初岩山であったものが地殻変動で割れて個々の岩となり、更に表面が割れたり削れることで砂礫が生じる。この段階ではやや鮮やかな粒をしていることが多く、一般に真砂土(まさつち)と呼ばれる。それらが厚く堆積している場所が霜降山の裾野に多く、このため昔から採土場が多かった。採取された土は黄土色で粒子が均一であり、適度に水分を含んだものは締固めが効くため、運動場の下地均しや道路工事においても路床材料として使われている。

風化がある程度進んだものでつなぎとなる微粒子が洗い流されたものは、やや大きな粒子でも脆くぽろぽろと壊れる。時には拾い上げると拳大のサイズがありながら握り締めるだけでグズグズと崩れて粗い粒子となるものもある。そのような真砂土は締固めに向かないが、水はけが良く外観が美しいため、踏み固められる機会の少ない庭園の素材として使われ、鬼真砂とも呼ばれる。細流化が最大限にまで進んだものは粘土となる。構成要素の違いによってはクレンザーのような色調の粒子になることもあり、荒削り状態にはなるが実際に金属の研磨に使うことができる。
【 防災 】
花崗岩と言えば硬い石という印象があるかも知れないが、代表的な御影石と比べて石英の含有量が相対的に低い霜降山系の岩は脆い。硬度や膨張率の異なる岩であるため、風化し崩れやすい。このことは地理院地図で霜降山の近辺を眺めることからも理解される。高嶺や川上辺りではみられないのに、善和地区あたりから井手ヶ原、持世寺にかけて雨裂を示す記号が大量に書き込まれているのが分かる。


雨裂の描かれている周辺は特に目立つ場所で、実際は山全体が霜降山系であるから不用意に山を削りそのままにしておくと、そこは絶えず雨に削られるために植物が居着くことができずいつまでも土肌が目立った状態になる。昭和40年代のモータリゼーション黎明期には男山へ車で登れるように四輪向けの登山道を整備したが、切り通し部の養生は特に行われなかったため路上へ酷い雨裂が生じていた。また、削られた土が善和交差点まで流れ込む状況だった。このルートは後年持世寺へ抜けるまで整備された後に舗装され県道西岐波吉見線へ昇格した。

河川による侵食も対処が必要である。厚東地区にある持世寺川は市の準用河川[2]だが、土砂流出が酷いため持世寺川流域自体が県の砂防対策地域となっている。昭和中期には持世寺川砂防堰堤が建設され、その上流や下流、支流にも新たに砂防堰堤が造られている。

真砂土から更に微粒子化が進んで最終的には粘土状になる。粘土となれば遮水性があるが、未舗装路では何度も踏み付けられることで粘土化した場合、降雨で表面が捏ね回され始末に負えなくなることがある。
《 常盤台系 》
項目記述日:2021/4/24
市内の常盤台などで見られるような石質を表現した語。地質学的にみた厳密な分類ではなく素人判断による勝手呼称である。常盤系の岩とも表現している。
写真は工学部付近の石積みにみられる常盤台系の間知石。


色調は暗いながら青みがかった緑が多い。緻密で硬く表面はガラス光沢がある。身の回りではあまり見かけないが、恐らく昔ながらの採石場で大量に産出していた。市内にある昭和中期頃の公園の周囲は、この系統の石を集めて間にモルタルを詰めたタイプが多い。


ある程度小さく砕いたものは路盤材として使われている。常盤通りや栄町通りの道路工事でコンクリート舗装面を剥ぎ取った下にこの種の砕石が現れた。


このことより昭和中期は緻密で硬いこの種の岩を適宜砕いて路盤材に使っていたことが分かる。
《 鍋島系 》
項目記述日:2021/1/18
最終編集日:2021/4/24
市内の黒崎から草江の海岸にかけて見られるような石質を表現した語。地質学的にみた厳密な分類ではなく素人判断による勝手呼称である。
写真は黒崎の東側にみられる特徴的な露岩。


極めて強いガラス光沢があり、脆く不定形に割れる。黒から緑色にかかる色調をしていて、部分的に茶色くなることがある。
茶色が混じらないものでは全体が濃緑から黒く見え、この色調は青のりを思わせる。


子どもの頃から鍋島の岩として認識されていた。実際の鍋島がこのような岩質だったか正確には覚えていない。ガラス光沢があることから小割りにした石は美しい。膨らんだ層を成すような割れ方をするため石磨きには不向きである。割れた部分は鋭利であり、不用意に触れていると指先を怪我する。露岩から小割りにして採取するには軍手の着用が奨められる。

鍋島系の岩は海岸線や精々常盤池の本土手付近にみられる程度で、内陸部では同種の岩は見つからない。鍋島という語から鍋倉を想像するかも知れないが、鍋倉山の岩質は同じ蛇紋岩でもまったく異なる不定形で濃茶色から黒に近い。
《 日ノ山系 》
項目記述日:2021/4/25
東岐波地区にある日ノ山やその近くの海岸で見られる岩の質感を表現した語。
写真は若宮海水浴場の東側にみられる特徴的な色調の岩。


接写画像。


霜降山系と称しているものと同種の花崗岩で、それよりもピンクや赤の要素が多い。ぽろぽろと崩れやすく砂防対策を要する地質など色調以外では霜降山系と同一である。日ノ山やきららビーチから阿知須にかけて部分的にみられる。これほど赤の色調が目立つ花崗岩は今のところ他の場所では知られていない。
出典および編集追記:

1.「小羽山小学校十周年記念誌」p.12

2. 滑石のことを「なめら」と呼んでいる人もある。滑石は霜降山系にある花崗岩とは真逆なほどに軟らかい石材であることに注意を要する。

3.「河川の種類|宇部市

ホームに戻る