常盤池・荒手

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記事編集日:2016/7/1
荒手(あらて)とは一般には溜め池に付随する余水吐や余剰水を流す排水路を表す古い語[1]で、常盤池にあって本土手に存在する灌漑用水の取り出し口と余剰水を排出するための人工的な水路を指す。
写真は若干の余剰水を流している状態の荒手。


下の地図は余水吐を出て市道の下をくぐる荒手の最上流端をポイントしている。


常盤溜井之略図に描かれた下小場付近は、灌漑用水の取り出しと余剰水の排出水路の双方に赤字で荒手と書き込まれている。
上小場の切貫では荒手という文字は見えない


現在では灌漑用水として使われている水路は常盤用水(西幹線)などと呼ばれ、余水吐を介して溜まりすぎた水を流す水路部分は悪水路ないしは悪水溝と呼ばれている。当サイトでは(流儀に沿っているとは言えないが)常盤池において後者の意味での余剰水排出水路を限定して荒手と記述している。[2]
《 歴史 》
荒手の歴史は古く、その完成は元禄十年(1697年)にまで遡り、本土手より草江方面に灌漑用水を導く水路の築造時期にあわせて掘られている。この後に切貫の樋門建設に取り掛かったとされる。[3]

上記の絵図を見ても分かるように灌漑用水として利用する水路は本土手の所に造り付けているが、余剰水の排出路は本土手から離した場所に造られている。これは余剰水が流れ込む荒手を本土手付近に造ると、排水量が大きくなったとき周辺の本土手まで水圧がかかり破堤する危機に晒されるためと考えられる。

地図では分かりづらいので荒手周辺のマップを作成した。


地図中の赤と緑色の矢印はそれぞれ登り坂・下り坂を示す。
当サイトにおける地区道の勾配表記手法に準じている

荒手は本土手を大きく迂回した経路を通っている。園路は市道から入ったとき一旦少しばかり登りとなり、その後下り坂となる。他方、荒手は排水路であるため若干の下り勾配である。この付近は蛇紋岩に富む岩場で、水が自然流下するように岩場を最大4m近く切り下げている。荒手を岩場に通す構造は蛇瀬池にもみられ、常盤池の余剰水処理は蛇瀬池で得た知見を踏襲したものとみられる。更に同様の造りが後年の大正期に築堤された夫婦池の荒手にも共通している。
特に常盤池では貯留水の膨大さを認識していたからか、荒手の底面と側面は鑿と鏨で削ったにしては極めて精密な平面を有していて目立った凹凸が少ない。このことも余剰水の流速を極力妨げないようにするための工夫とみられる。現在は側面の風化した岩のが崩壊して形状が崩れている部分もあるが、最初期は極めて精密な排水路だったと思われる。
荒手を余水吐から末端部まで辿ったときの概要を記述する。
《 概要 》
常盤池の余水吐から溢れ出た池の水は、市道の下をくぐる。この交差部分はコンクリート製のボックスカルバートに置換されている。この部分は恐らく市道を拡幅した昭和40年代の施工であろう。
それ以前はどのような構造だったのかは分からない


ボックスカルバートの先は、それより若干幅の広い水路となる。この近辺は水路の両側が岩場で、最大高さが4mを超える切り通し部分として存在する。即ちわざわざ岩場を選んで排水経路を選定し、円滑に水が流れるように水路状に岩を削り取っている。
削られた荒手の側面および底面は極めて精密で、離れて眺めると現代版のコンクリート水路と見紛う程である。
実際初期に藪越しで眺めたときにはコンクリート水路に改変されたものと断定して踏査していなかった

平坦な荒手は直線的に数十メートル続き、岩肌に放出される。加工された水路部分はここまでで、その先は自然の露岩である。したがって余剰水が荒手を流下するときは、石橋を過ぎた先で豪快な荒滝になる。この滝のすぐ上流側を古道が石橋で通過している。
総括記事: 常盤堤東荒手石橋
余水吐の天端よりも水位が下がっているときは荒手に流水はなく、溜まり水状態になっている。それでも灌漑用水需要期で常盤池が満水位近いとき連続した雨に見舞われると、現代でも江戸期と同じく排水路として機能する。半壊の石橋も過去に短時間の洪水に見舞われ、大量の余剰水によって破壊されたものと考えられる。
滝の落差は概ね5〜6m程度で、水量が多かったときに生じた滝壺が現在も遺っている。かつては現在よりも頻繁に余剰水が流れ出ていたようで、滝の下は夏場には子どもたちの格好の水遊び場となっていた。[4]水があまり流れない時期では岩の表面に苔が沸着するため滝付近の昇降は危険である。

滝壺を経た余剰水はそのまま夫婦池の入江の一つに流れ込む。このため常盤池と夫婦池の水位は最低でも滝の落差以上(5m程度)の高低差が生じている。
《 アクセス 》
上記の地図でポイントした地点から市道を離れて南へ向かう細い道が見えている。この道は常盤公園の臨時駐車場や常盤ふれあいセンター付近の造成に伴い整備された園路である。荒手はこの園路からやや離れた位置を並行に通じている。
市道常盤公園江頭線の本土手から近いが、周辺には長時間車を置ける場所がない。常盤ふれあいセンターの駐車場へ停めて関係者に声を掛けて歩いて行くと良い。
徒歩または自転車であれば、余水吐から市道の横断部分を経てときわふれあいセンターに向かう園路に沿って荒手を観察することができる。ただし木々が葉を落とす時期でなければ上部からでもあまり明瞭には見えない。

市道に面した園路の入口部分を撮影している。
バリカーが設置されていて車は入れない。


常盤池の余剰水が荒手を経て夫婦池へ流れ出るらしいことは早くから分かっていた。初めて余水吐を訪れたときもこの流下水路を辿ろうと考えたのだが、時期柄藪が酷く全く接近できなかったことと、鬱蒼としていて常に暗い周囲の雰囲気に呑まれて断念していた。上の入口の写真を見てもちょっと躊躇してしまうだろう。
もっとも散歩コースとして意外に通行されているようである

荒手はこの園路に沿って流れているのだが、若干離れており夏場は藪に覆われるため存在すら気付かない。岩を削って造られた水路なので、園路よりかなり低く転落すると危険である。不用意な接近は勧められない。近くで見るには常盤堤東荒手石橋を介する古道を経由するのが良い。水が流れていなければ荒手の底を歩いて当時の岩肌に遺る鑿の跡も観察できる。
《 関連記事リンク 》
初めて荒手を見つけて内部へ降りたときの踏査記録。全3巻。
時系列記事: 常盤池・荒手【1】

高水位で余水吐から流れ落ちた余剰水が荒手を流れたときの観察記録。時期を違えた記事を2巻収録している。
時系列記事: 常盤池・荒手【4】
出典および編集追記:

1.「荒手とは - kotobank.jp

2. この理由は、常盤堤東荒手石橋に近年設置された説明板の情報を知る前に記事を作成したためである。当時は殆ど知見がなく後述する書籍に「あらて」として記述されているのを見てそのまま援用した。テキスト全検索・置換のみならずファイル名やリンクの変更も必要となるので荒手のままとしている。なお、悪水溝という語における「悪」は必要以上に溜まった水という意味であり、汚れた水という意味の悪ではないことに注意を要する。

3.「ときわ公園物語」p.231

4. 亀浦地区住民の談話による。

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