宇部坂下池【1】

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現地踏査日:2014/8/17
記事公開日:2014/8/24
宇部坂下池などと題して記事を書き進めようとしているものの、実のところ溜め池へ行く積もりは殆どなかった。これからお話しするように、当初はこの近くにある別の物件を撮影しようと踏み込んだのだった。予備知識も心構えもできていないまま踏み込んだので、大変な目に遭ってしまった。
先に総括をあらかた作成してあるので、本編からは時系列に沿って気ままに書いてみる。その方が自分としては構成を気にせず話を進めやすいので。

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今年のお盆は全般的に夏らしくもない天気が続いた。暑さは変わらないとして8月上旬に台風が去った後、恰も低気圧向けの溝を造ってしまったかのようだった。溝に沿って次から次へと雨をもたらす低気圧が連続し週間予報はまるっきり晴れマークなしで、県内レベルでみても24時間のうち雨の降らなかった地域がない梅雨紛いの天気が続いた。

盆明け最初の日曜日となった17日、この日は夕方までならどうにか持ち堪えそうな予報だった。アジトに籠もりっきりの記事書きもそろそろ飽きて外に出たくて疼いていた。特に目的とする物件を念頭においておらず何処でも出かけたい気分だった。たまたま鍋倉方面に用事があったので、ネタに困ったら末信を目指すのセオリー通り、市道沖ノ旦末信持世寺線を走った。
特に目的地なく自転車を走らせていたが何か形になる成果は欲しいと思っていた。そして山陽自動車道の広瀬高架橋を前にしたとき、前々から頭にあった一つの課題を思い出した。
霜降山トンネルの西側坑口付近に接近できないだろうか…
棚井方面から広瀬高架橋を渡ってきた山陽自動車道はそのまま霜降山トンネルで山の中腹をくぐり抜けている。回数は少ないが車やバスで通ったことがあるし下の市道からも坑口が見える。トンネル下の斜面から少しばかり見える場所も知っていた。

山陽自動車道は当然ながら歩行者や自転車での通行はできない。しかしあんな場所に坑口があるなら工事用道路がある筈ということは感じていた。何度も通る市道なので枝道が何処にあるかは大方頭に入っていた。

まだ仕事らしいことをしていないので通り過ぎたものの取り組んでみるか…とばかりに自転車を転回し戻って来たのがこの場所であった。


地図ではこの分岐点である。


地図では斜面を登って溜池付近から折り返すようにトンネル坑口へ向かう道が見える。地図上でのこの道の存在だけが頭に入っていて、そのときは溜め池のことは頭になかった。
入口にステンレスポストがあったが自転車は通せるようになっていたので、深く考えず自転車を降りて押し歩きした。

道幅は普通車でも通れる程度あってコンクリート舗装されていた。
ただし勾配がとてもきつい。一番軽いギアで立ち漕ぎしても多分上がれないだろう。


ステンレスポストが立っていたので車が入ることは殆どないらしい。落ち葉が溜まっていて山からの湧き水で濡れていた。コンクリート路を横切るグレーチング蓋付き側溝が目立ち、坂がきつために不用意に踏み締めると足を滑らせそうだった。

ほどなくして右側に石積みの敷地が見えてきた。


その反対側には藪に包まれた随分と古そうな廃屋があった。


当然知っているかの如く書いたが、実際この場所まで訪れたのは初めてではない。4年前にこの道へ立ち入って石積みや廃屋の写真を撮っていた。当時は厚東川1期工業用水道の経路トレースを行っていた。導水路は市道の山側中腹を通っているので、点検用の桝がないか分岐路をしらみ潰しに調査したのである。
そのときはこの石積みや廃屋のところで引き返していた。進入路がどんどん高度を上げているので、この近くに導水路向けの桝はなく、隧道で下を通っていると判断したからである。

坂は一向に勾配が緩まない。そろそろ左へ向かう道があっても良さそうなものだが…と思いつつ無意味に自転車を押し歩きしていた。

振り返って撮影。
日陰だから直射日光は避けられるものの湧水が至る所で路面を濡らしているため湿度が高い。そして撮影している間にも栄養源を分けてくれーとばかりにヤブ蚊がまとわり着いてくる。きつい…sweat


進行方向左側は沢地らしかった。
この場所で何か沢の向こうに白っぽいものが見えた。
コンクリート擁壁のような人工物に思えたのでカメラを向けたが雑木林に阻まれ像を結ばなかった。


路面に溜まった落ち葉が掘り起こされたような跡が見えた。たまに入ってきた軽トラのタイヤで巻き上げたのだろうか。
周囲は雑木で薄暗くなってきた。コンクリート路は一向にトンネル坑口へ向かいそうな気配がない。蒸し暑いしジメジメしててヤブ蚊は多いし…何となく雰囲気的に嫌なものを感じた。


その感覚はもしかして野ウサギ固有(?)の野生動物的勘なのだろうか…ここへ到達したときのことだった。
写真は一連の出来事が過ぎ去った後で写している


うわあっ!! イノシシが!!
一瞬のことだった。野ウサギどころではない図体のデカさ。そいつは上の写真で土留めがしてある左側の水色シートの横から出てきて目の前を斜め奥の斜面に向かって走り去っていった。体長は40cmくらいあっただろうか。
身の危険を感じて凍り付いてしまった。直後はカメラを構えるなとと悠長なことはしていられなかった。まだ藪の中に立ち止まっていたりしたら、向きを変えてこっちに突進してくるかも知れない…
あまりに危険だ。もう引き返そうかなぁ…
自転車を保持したまま思案しているそのとき再び同じ場所から後を追うように別のイノシシが出てきて先方に走り去っていった。先ほどのイノシシのつがいだろうか。
私が接近するのをある程度離れた場所で気付いたからイノシシは逃げていったのだろう。しかし運悪く巣穴がコンクリート路のすぐ近くだったら絶対、攻撃される。
もしここで突進して来たら自分はどうするだろうか…普通に走っても追いつかれる。ジグザグに走っても無駄だ。[1]
多分危険を承知で自転車に跨り坂を転がり降りるだろう。だけどこれほど急な坂だから自転車に跨ったが最後、途中で停まりきれず間違いなく投げ出される。悪くすればイノシシに襲撃される以上の怪我を負いかねない。特に自分は右膝をやっちまっているから次に同じところにダメージを受けたら松葉杖生活になってしまうかも知れない。

思うに今回の踏査において自転車が役立ったのは、緊急脱出する手段が有り得たという安心感だけだった。それ以外はまったくのお荷物でしかなかったのだが、ここまで連れて来たのだから…とそのまま押し歩きした。
あと少しで上方に垂れ込める鬱陶しい雑木が退きそうだ。
最後の暗いトンネル状態の藪でかなり怖かった


それまでとは打って変わって開放的な眺めが見えてきた。
前方の堰堤と左に見えるコンクリート構造物から溜め池だと理解できた。


軽トラが通れる幅の道はそこで終わりになっていた。そこから先は道幅が半分くらいになっていて、ここにもステンレスポストが設置されていた。


おかしい。
地図によれば霜降山トンネル坑口まで行ける道がある筈だ。こんな狭い幅だと工事用車両が通れないから、工事用道路への分岐はもっと手前の左側にあったことになる。しかし今までかなり注意しながら押し歩きする過程でも見つからなかった。あれでも途中のイノシシ出没事件に気を取られて周囲を確認できていなかったかも知れない。

それにしてもいい加減長いこと厳しい登り坂を押し歩きしていながら、堰堤を前にして最後に現れたこの登り坂が異常にきつかった。
自転車は…ほら、間違いなく連れて来ているよ(笑)


結果論になるが、堰堤に至る最後の坂の押し歩きは殆ど軍事鍛錬の演習みたいなものだった。あれでも堰堤から工事用道路が分岐しているのでは…と思ったものの結局自転車に乗って進める場所がなかったからだ。

晴れた空。緑の息吹。
写真を眺めるだけならピクニック日和の天候だが身体的疲労は一気に限界レベルへ到達してしまった。あと少し…もう汗びっしょりだ。


やっと堰堤に到着した。
自転車のスタンドを立てて固定しやっと重労働から解放された。まったく酷い坂道だ。[2]暫くは溜め池を眺めるどころではなく、ポケットから取り出したミニタオルで噴き出す汗を拭った。あまりの厳しい道中に間上発電所の水圧鉄管を究めたときと同じあの台詞が口を突いて出てきてしまった:「もう絶対ここ来ないっ」

最後の斜路を登り切ったところが余水吐だった。
コンクリート床版が架かっていて転落柵もあり割と最近造ったもののようだ。


その先は…
いくら何でもこれが工事道路とは思えない。伸びていく方向が違うし第一、こんな幅では工事用車両が全然通れない。


先には有刺鉄線付きフェンスが伸びていて山道は確かにあった。しかし写真で見ても分かるように草ぼうぼうである。踏み込む気がしないばかりか、このコンクリート床版から写真を撮るのも憚られた。サクラの木の葉にKMC'sがくっついているような気がしたのである。
今の時期はよほど垂涎的物件が目の前にぶら下がっていない限り藪漕ぎはもちろん草むらにも入らない。それでなくてもつい先ほどイノシシを目撃し怖じ気づいているところなのだ。したがってこの時点で霜降山トンネル西側坑口の接近計画は完全に諦めたこととなり、脇役的存在だった溜め池の写真に注力することとした。こんなに疲れながら到達したんだから、何か成果を持ち帰らなければならない。

サクラの葉を避けて余水吐から下流側を撮影。
かなり急な勾配で捻り込むようなカーブを描いていた。構造としては門前池で見たのと同等である。


溜め池側の構造。
小さな堰堤を造ってそれを越える水位になれば自由流下するようになっている。水位はほぼ満杯だった。


余水吐から池側は緩やかな平ブロックのようである。
透明度は低くどの位の深さか分からなかった。


さて、堰堤部分だが…
綺麗に草刈りされていた。先の方はどうなっているか分からないが管理する人が訪れることもあるようだ。


元は「溜め池で遊んではいけません」だったと思われる市設置の立て札が残っていた。表面は半分以上剥げていて恐らくフェンス設置以前からあったのだろう。

せっかくここまで来たのだからせめて溜め池の秀麗な写真を持ち帰らないと…自転車はそのままにして堰堤を歩いた。

(「宇部坂下池【2】」へ続く)
出典および編集追記:

1. イノシシは身体能力が非常に高く、成獣の場合もし追いかけられたら走った程度では逃げ切れない。イノシシの身体能力を参照。

2. このコンクリート路が昔からの道で、あまりに急だから宇部坂という地名が生じたという考え方は一応できる。例えばここから急坂を越えて門前などへ至る古道があったなら、急坂が地名由来ということも有り得ると思う。

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