居能駅

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現地撮影日:2014/3/18
記事編集日:2014/7/6
居能(いのう)駅はJR宇部線の駅の一つで、居能町2丁目にある。
写真は正面から見た駅舎。


駅舎は市道助田平原線に接しているので、道路の反対側から撮影しても写真に収まりきらなかった。
ホームが道路よりも高くなっているので両側からのスロープで出入りするようになっている。

位置図を示す。


居能駅の一般的項目は脚注[1]を参照されたい。
ここでは上記の一般事項を除いた個別情報を記述する。

自転車置き場はスロープを上がった右側にある。
お手洗いが見えているが改札を通らなければ利用できない。


駅自体に駐車場はもちろん車の待機スペースはない。このためしばしば駅前の路肩にタクシーなどが停まっている。

駅とは殆ど無関係だが、自転車置き場側のスロープのすぐ隣りに饋電区分所がある。
まあ、ここまでしげしげ観察する人は居そうにない…
もっと規模が大きければ宇部岬変電所のように電気カテゴリに掲載するのだが…


後述するように私と居能駅との接点は今までの人生においてまったくない。初回の市道レポートで駅にカメラを向けたことはあっても、待合室まで入ったことすら一度もなかった。

何か興味深いものはないか…という好奇心と記事化を意図し、自転車を置き場に停めて偵察に来ている。
待合室は無人で切符は券売機で買い求めるようになっている。窓口は閉鎖されていて、他の無人駅と同様だ。


ホーム側から眺めたところ。
居能駅は小野田線との分岐駅になるので、次の駅に岩鼻駅妻崎駅が案内されている。


近い時間に到着する列車がないせいか、待合室やホームは誰も居なかった。まあ、その方が気兼ねなく撮影できて好適なのだが…

宇部新川駅側を撮影。
上下線が行き違い可能な駅なので陸橋が設置されている。


岩鼻駅側を撮影。小野田線と分岐するので複線状態が先の方まで続いている。
個人的関わりが何もない駅ながら、このとき既に興味深いあるモノに目が向いていた。


そのターゲットにズーム撮影している。
下り線ホーム側の端に何やら奇妙なコンクリートのオブジェがある。安全第一を思わせる緑色の十字マークも見えている。


オブジェは如何にも古めかしいコンクリート製で、上部には鋼製パイプの残骸らしきものが見えていた。
居能駅は自分にとって通過駅の一つでしかなかったものの、そう言われてみれば列車の中からこのようなものが見えていた気もする。上部に安全太郎みたいな人形やスローガンが書かれた幟が設置されていたのだろうか…

これが何であるか気にはなった。しかし短時間でササッと撮影する積もりでホームへ出ていたので自転車は施錠していなかった。敢えて陸橋を渡って下り線側ホームまで行く本気度も持ち合わせておらず、この日はそのまま退散した。

その数日後、平原方面へ向かう用事があったのでわざわざ駅前の市道を経由して立ち寄ってみた。
今度は陸橋を渡って確かめて来ることに。


乗客でもないのに駅ホームへ入り込む行為は褒めたものではないだろうが、昔から無人駅ではしばしば行われてきた。現に居能駅も無人であり、待合室やホームには相変わらず人影はなかった。そうでなければ撮影目的だけで入ることもないだろう。

本来なら駅の概要だけ書いて写真撮って市道助田平原線の派生的記事で終わっていたところだが…敢えてここまで撮影に訪れたことで、当初のターゲット以外の2つほど語る価値ある物件を見つけた。

最初の一つは陸橋上からの景色を撮影しようとする過程で見つかった。
壮大な廃線跡である。


陸橋を渡る人が手を伸ばして架線に接触する事故を避けるために側壁は随分と高く設置されていた。そのため陸橋の中央からの眺めを撮影できなかった。高い視座からの撮影を望んでいたので、側壁が切れる陸橋階段の近くで宇部新川駅側を眺めたことで気が付いた。
これが何であるかはすぐに理解できた。この近くの玉川踏切栄川第2踏切でも関連する遺構に気付いていたからだ。

これに関係するもう一つの興味深いネタを見つけた。それは陸橋階段を下るときに初めて気づかされた。
1番線乗り場が存在しない。


乗降番号の割り当ては、駅の改札口から近い順に4番、3番…となっていた。中央の島状ホームは2・3番の共用となっている。1番に相当する線路はあるものの乗降用にはなっていない。
このことから最近FBで書き散らしたある小ネタが頭に浮かんできたのだった。[2]
少年は、居能駅の近くに住むある女の子をデートに誘い、小倉方面へ買い物に連れ出す約束を取り付けることができた。
彼女は言った。
「じゃあ、明日正午に居能駅の1番線ホームで待っているからね♪」
それは少年にとって哀しい結末を暗示していた…
↑哀しいって言うかそれって酷だろ^^;

1番線のホームが存在しないのは、先に見た廃線跡の遺構そのものである。貨物輸送専用に使われていて、今や宇部港なる駅は存在せず至る所でレールなども除去されている。

実は2番線もイレギュラーな状態になっている。ホームはあっても現在は使われておらず、ネットフェンスで仕切られ入れなくなっていた。


フェンスからカメラを差し出して撮影。これだとよく分かるだろう。
点字ブロックがあるからかつては使われていたことは理解される。しかしレールは赤錆状態だし何よりも架線が存在しない。


このような乗り場番号の飛びや欠けは珍しいことではないらしい。昭和期だったか、東京駅でもある特定の番号が欠けていて何かのネタとして使われていたような気がする。[3]

さて、副次的に2点のネタを見つけたのだが…
本論のあのオブジェに接近を試みた。それはホームの端っこにあった。


ホームの端はフェンスで仕切られていた。恐らくここから先は乗務員など関係者以外用事がない場所なので仕切っているのだろう。利用者には立ち入って欲しくない場所なのだろうが、特に立入禁止にはなっていない。あまり行儀が良くない行為だが、悪いことを真似してしまいそうな子どもが近くに居ない(と言うか誰も周囲に居ない…そうでなければ試みない)ので…

古い時代のホームだろうか。剥げだらけのペイントに白線がみられる。かつて「白線の後ろにお下がりください」とアナウンスされたあの白線だ。
今ではホームのここまで及ぶほど長編成の列車は運行されないということだろうか。


さてこれは一体何?


両手を前に差し出しているロボットをモデルにしたようにも思える。しかしそうなら余りにもデフォルメされ過ぎている。恐らく何かを模したというのではなく単なるデザインだろう。
コンクリートはいい具合に日焼けしており、間違いなく昭和の産物だ。昭和後期にこのようなオブジェなど造ることは殆どないので、中期あたりのものだろう。

安全第一の象徴である緑十字が象られている。後から緑色で染めたようだ。
上部には確かに鋼管を埋め込んだ形跡があった。ここにスローガンを描いた幟などを立てたのだろうか…


背面から撮影。
周囲は草まみれで、無人駅となっている宿命からか殆ど顧みられていないようだった。


オブジェの側面も調べたものの文字などは描かれておらず、いつ何のために造られたのかの手がかりは得られなかった。下草を押しのけて調べれば何かあるのかも知れないが、元から乗客でもない来訪者が入って良いのかどうかも分からない場所でゴソゴソするのは気が引けた。
駅には誰も居ないにしても周囲が開けていて人目に付きやすい場所だったので

列車の中から見えていたかと問われれば、そのような気もすると答える塩梅な程度に記憶は曖昧だ。居能駅を経常的に利用していた乗客ならこれが何を意味するか知っているだろう。
今まで調べた限り、これと同様のオブジェが設置されている駅は宇部線内にはない。何故居能駅だけに存在するのかは興味の対象である。[4]

ホームの末端部から岩鼻方面を撮影している。
2番線はまだその気になれば列車が乗り入れられそうな程度にレールや枕木はしっかりしている。1番線はほぼ完全に雑草に覆われていて状態が分からなかった。


両線の延長先には、碍子や架線がない門型架線柱が建っている。現在の宇部線はその右側を通っているから、貨物輸送時代のものと言える。手前側には架線柱自体が無いから、2番線側の分は後から撤去されたようだ。
1番線側はディーゼル機関だったので元から架線柱は存在しなかった

2番線は近年まで小野田線への振り替え用に使われていたようである。
もう一つ、奇妙なものがあった。

宇部駅方面のレールで、どう考えても意味を成さないような転轍機が置かれている。
ここで左へ分岐させたところでコンクリート製の車止めまで車輌一両分も退避できないと思うのだが…


コンクリートブロックへ激突(?)する方向へのレールは錆び付いていて車輪が踏んだ形跡がない。しかし転轍機自体は注油されているようにも見える。
方向から言って、協和発酵向けの分岐だったようにも見える。コンクリートブロックは後から設置されたのかも知れないが、市道逸脱などの暴走防止だろうか…
誤ってこちら側に進入すれば逆に大事故になりそうな気もする

ここまでを撮影して陸橋を戻った。
駅舎近くの水道場に古めかしいものを見つけたが、特に記事化するほどでもないので割愛しよう。
最後に居能駅と自分との個人的関わりを記述する。
《 個人的関わり 》
居能駅で乗り降りした経験は一度もない。電車に乗ったまま車内から眺めるだけの駅であった。駅構内へ入ったのもこの記事向けの写真を撮ったのが初めてである。幼少期から居能方面に知り合いが誰も居らず、電車はもちろん親父の運転する車でもこの近くを通った記憶がない。

居能駅付近の車窓からの眺めとして幼少期から特に印象的だったのは、駅を出て岩鼻駅に向かう途中の沼地前に見える奇妙なパイプである。子どもの頃それが何だったかもちろん分からなかった。
近隣地域に住まう方々には申し訳ないが、当時は沼地付近に投棄されたプラスチックなどが目立ち、大変にごみごみした汚い場所という印象を受けた。奇妙なパイプも車窓から眺めたときはポリバケツのお化けのようなプラスチック製の管に見えた。当時はパイプの背面は広い沼地だった。
宇部興産の工業用水管と知ったのは精々5年程度前のことだった


回数は少ないが小野田線で南中川までなら中学1〜2年生のとき行ったことがある。小野田市体育館での近郷バスケット大会の応援のためだった。このときは奇妙なパイプがより近くに見えた筈だが、車窓から観察した記憶はない。

居能駅に限らず今や自転車で厚南方面まで行くこともそう珍しくはないため、お金を払ってこれらの駅から電車に乗り降りする可能性は今後も殆どないだろう。極めて低コストで利用できて接続の便もよく、自転車の持ち込みも可能であるとか、あるいは車内からでなければ見られない特殊なアングルからの眺めを撮影する目的で利用することがあるかも知れない。

当サイトでも鉄道関連のカテゴリを設置したのがつい最近であり、カメラで遺構を追うようになったのも歴史はまだ浅い。しかし貨物輸送の重要な拠点駅であったために他の駅よりも興味深い遺構が多く、今後新たな記事が書かれる可能性はあるだろう。

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宇部新川駅岩鼻駅

出典および編集追記:

1.「Wikipedia - 居能駅

2.「FB|3月18日投稿分

3. 現在は番線の割り振りが改訂され乗り場ホームの存在しない番線自体が存在しないようである。

4. このオブジェに関してFBページで読者に情報を求めてみたところJR山陽本線富海駅に同様のものがあり、それは安全表彰を受けた記念に駅長が設置したものであるという情報が得られた。形状は異なるが居能駅のオブジェにも緑十字があり、同様の理由で造ったと考えられそうだ。上部には竿を挿すための穴のようなものがあり、かつて駅裏に住んでいて緑十字の旗が見えたという情報も寄せられている。以上の情報源は「宇部マニアックス|7月5日投稿分」を参照。

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