市道恩田小学校線・横話

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《 恩田小学校南門付近の文房具店跡地 》
市道恩田小学校線の終点近く、南門が見える位置に売土地の立て札のみが遺る小さな空き地がある。
かつてここに個人営業の文房具店があった。
店の名前は覚えていない


元文房具店の横からはシングルトラックの踏み跡がある。この道は昔から変わっておらず、学校のグランド外周を伝って西通用門の方へ伸びる地図には現れない小道だ。
旧西門は私たちが在学する間から閉鎖されていた


この広さの空き地に平屋が建っていた。当時は郊外にある文房具店と言えばどれも個人経営のお店だった。
小学校には購買部が存在し、新校舎のすぐ裏側にあった木造校舎の1階、階段の横だった。購買部では授業に必要なノートや鉛筆など純粋な文房具しか扱わなかったが、学校外にあるこのお店は子どもが喜びそうな小さなおもちゃなども売っていた。

もっとも私は小学校の登下校は常に正門(東門)を利用していたので、南門を出てこのお店で何かを買った記憶がない。この文房具店がいつなくなったのかも不明だ。
学校への行き帰りに違う登下校路を通ってはいけないことになっていた
ただ、友だちが笹山や恩田に居たので、休日など友だちと学校へ遊びに行ったときは大抵南門から帰っていた。
お店の前は子どもたちの溜まり場になっていて、買い物を終えてもすぐには帰らず学校やこの周辺で遊ぶ子どもが目立った。学校帰りに寄る子どもも居たかも知れない。

南門に至る市道恩田小学校線の始点側と終点側が下り坂になっているので、勾配を利用してローラースケートで遊ぶ子も見かけた。公道での遊びは危険なのだが、元から車通りは少ないし、小さな子どもは年長組が面倒を見る自然の教育システムが出来ていた。子どもたち自身にも「自分の身は自分で守る」という意識が今よりあったせいか、昔はおおらかな感じだった。

文具店の前にはガチャガチャ(こう言えば分かるよね)が置いてあって、子どもたちが10円玉を投入しては玩具を買い求めていた。しかし買った後でおもちゃが入っていたプラスチックのカプセルを路上に捨てて車が踏みつぶすのが結構問題になっていた。
私は一度も買ったことがない…幼少期からおもちゃに興味を示さない変な子どもだった

学校の門のすぐ外、子どもたちの登下校路に店を構えるのは極めて合理的と言えるだろう。恩田小学校の他に東岐波小学校にも同様の個人文房具店があった。

《 恩田小学校の平屋木造倉庫 》
恩田小学校グラウンドの南端に昔からの古い木造平屋の倉庫がある。南門前から西通用口に向かうシングルトラックの小道からも見える。


市道恩田小学校線を走破後、昔の面影が殆どない今でも何か遺っているものはないだろうかと周囲を観察していてまだ当時のままの姿を保っていることに気づいた。

最初に気づいたのは去年5月のことで、この日グラウンドでは子どもたちが野球の練習をしていて、指導している保護者も数人いた。南門は開放されていてカメラを持って構造物の写真を撮っている私が不審者とみなされる可能性は薄いと思ったので、開いている南門から堂々とグラウンドに入った。
子ども目当ての変質者と間違われないように極力人物が写り込まないようアングルに配慮している

まだ健在だった。

体育で用いられる器具の倉庫である。


鉄棒や砂場と共に、この木造倉庫は私たちが在学する以前からあった。拡大対象画像です。
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倉庫に何が格納されているかは開けてみなくても分かる。運動会のとき使われる玉入れの籠やテントの支柱などの大物だ。普段の体育の授業ではあまり使われないものや嵩張るものが仕舞い込まれている。

運動会が近づくと、練習のために器具庫から道具が取り出される。設営や片付けで何度も中に入ったことがある。

正面出入口に取り付けられた大きなスピーカー。
これも運動会のときなどのために設置されたものだろう。現在も使われているかどうかは分からない。


側面から撮影。
器具庫にしては立派な造りだ。学校から木造校舎が殆ど消えた今、このような木造平屋の器具庫も絶滅危惧種である。
手前の差し掛け部分にはライン引き用の消石灰の袋が入っているようだ


裏側に回り込んだ。
一部の壁板が破損している。もっとも修繕される以前に解体されてしまうのではないか心配だ。


体育館を背にして遠くから撮影している。
器具庫もだが、運動場の端に埋め込まれた廃タイヤ、その手前の灌木などいずれも昔のままだ。


最初に一連の写真を撮った去年(2011年)5月の段階では、この器具庫の他にカマボコ屋根の体育館やプール、更衣室も私の幼少期から同じ形で存在していた。
しかし体育館は老朽化が酷いせいか、部分的な耐震補強工事では対処しきれず取り壊され、新しく造られることで昔の姿を消した。
中庭にあった虹の池、夢の砂山、角柱・角錐などの学習用オブジェ、カブドガニの池、アヒル小屋、ごみ焼却炉などは撤去されてかなりの年月が経っている

昔の体育館がなくなったことでこの木造平屋の器具倉庫も取り壊しが心配されたが、この4月に再訪したところ破損していた壁板が補修されているのを確認できた。


割れかけていた波板も新しいものに交換されていた。


一連の修繕から、この器具庫はまだまだこれから先も現役で使われ続けてくれそうである。古きを今に伝える一つの財産とも言えるだろう。

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