起点をポイントした地図を示す。
起点は交通量の極めて多い市道真締川西通り2号線にあり、やはり同様に交通量の多い市道西の宮野中線(通称工学部通り)の一つ北側に位置する。
起点位置から伸びる道は真締川を渡る一本しかないので、この路線がどういう経路をたどるかはすぐ想像がつくだろう。
起点の写真を示す。
対面交通で行き交う車が相応なスピードを出しているメインの真締川西通り2号線に対し、この路線は酷く貧弱に見える。
いきなり橋を渡る場面から始まるのだが…
恐ろしく狭い…
普通車がやっと通れる幅しかない。しかもメインの市道部分には隅切りがされていないので、よっぽど通り慣れなければ出入りが困難そうだ。
(2つ上流側に架かる鎌田橋には隅切りが追加設置されている)
私自身、仕事でメインの市道は週に数回は通っている。しかし自転車ならまだしもここを車で通ったことは一度もない。どうしても用事があるならまだしも、少なくともショートカット志向のドライバーですら出来れば敬遠したいような道である。利用頻度が少ないので特に改良もされず昔のままの橋になっているのだろうか…
驚くべきことは橋の狭さだけではなかった。つい最近ここを自転車で通ることで得られた発見があった。
派生記事にまとめておいた。
派生記事: 新橋
この狭さでは車同士はもちろん橋を歩行者が渡っているうちは車ですら離合ができない。その狭さ故に平日の7:30から8:30は歩行者専用に指定されている。子どもたちの登校道にもなっているのだろう。
この標識には「この先126m」の表示が出ている。標示板自体は橋のガードレール2スパン分進んだところに設置されているので、路線の延長が130mというところまで判明する。
橋を渡った後に振り返って撮影。
時間帯による通行制限の標識があるだけで、大型車両不可などの標示板はない。いわゆる「見りゃわかるだろ」規制だ…^^;
橋を渡ると市道は軽い登りになる。
幅員はやや拡がるが、それでも対向車とガッチンしたら離合場所を探すのに苦労しそうだ。
道路センターにグレーチング付きの雨水桝が見えている。道路側溝を設置する余裕スペースもないためにヒューム管を埋設しているようだ。
沿線は畑や余剰地が多く民家はそれほど詰まっていない。
(逆向きの撮影が多いのは橋のある方が終点と勘違いしていたため)
ゆるやかな坂を登ってすぐに別の道へ到達する。
終点到着。
T字路として交わるのは市道西の宮鎌田線である。
西の宮鎌田線側から終点を撮影。
同等の標示板が設置されているだけで、それ以外に案内は何も出ていない。
この市道へ乗り換えるには以下のリンクから。
派生記事: 市道西の宮鎌田線
終点から撮影。あらかじめ知っていなければ何処かの住宅地に入り込んで行き止まりでは…と感じられるかも知れない。
この市道の路線を書き込んだ。あまりに短い路線なので拡大表示にしないと記入できない。
認定市道である限り、標識による制限を除いて外部からの車でも自由に通ることができる。しかし起点側の橋があのような状況ということもあって通行する車はとても少ない。
(それでも橋上で写真を撮影しているときに地元住民とみられる車が一台通過した)
離合困難ということでショートカットとしての利用価値も殆どなく、実質的に地元住民の生活道路のように機能している。そして自転車で訪れた私自身ですらこの市道を近道として利用するあてはない。端的に言って、冒頭の謎めいた名称の橋を紹介するために市道レポートとして登場したとも言えるのであった。
【路線データ】
(延長など各データの正確性は保証できません。参考資料とお考えください)
---名称 | 市道西の宮線 |
---|---|
路線番号 | 567 |
起点 | 市道真締川西通り2号線・新橋 |
終点 | 市道西の宮鎌田線・交点 |
延長 | 約130m |
通行制限 | 平日7:30-8:30は車両通行不可 |
備考 |
(延長など各データの正確性は保証できません。参考資料とお考えください)
記述量が少ないので、横話相当の記事を本編に組み込んでいる。
《 西の宮について 》
西の宮(にしのみや)は、この表記の他に西ノ宮、西宮とも書かれる。市道西の宮野中線の起点で真締川を渡る橋は新西ノ宮橋と表記されている。(架け替えられる以前の橋は西宮橋だった模様)
西の宮は現在の宮地町に相当する。宮地という字は古い地図にもみえているが西の宮という小字はこの近辺には存在しないので、意外に新しい地名なのかも知れない。更にかつて宮原(みやのはら)という小字が存在していたようである。
西の宮という名称の由来は未だ詳しくは調べていない。恐らく市道西の宮鎌田線の起点から入ったところにある出雲大社宇部支社を指すものと思われる。琴崎八幡宮が2度目に遷された地として知られる。最初期は現在の市保健センターのある辺り(字今堀)とされる。
かつての西宮橋付近には昭和中期頃まで「えびす岩」という巨岩が存在し、岩の上に蛭子様が祀られていた。えびす岩に西日が当たり金色に輝くさまは宇部の中でも屈指の秀麗な風景だったとされる。[1]現在その岩がどうなったかは伝えられていないが、新西ノ宮橋の東岸側には今も道路に蛇紋岩の露頭が見られる場所がある。
出典および編集追記:
1.「ふるさと歴史散歩」p.11
1.「ふるさと歴史散歩」p.11