市道居能駅厚東川線・横話

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ここでは、市道居能駅厚東川線の派生的記事をまとめて収録している。
《 玉川踏切 》
現地撮影日:2014/1/28
記事作成日:2015/5/23
玉川(たまがわ)踏切は本路線が起点を出たすぐ先でJR宇部線を横断する踏切の名称である。
写真は起点側からの撮影。


位置図を下に示す。


居能駅がすぐ近くに見える位置にある。
近接画像はこちら


踏切の西側から撮影。
左側に居能郵便局の局舎が見えている。


岩鼻方面を向いて撮影。この先で小野田線と分岐するのでレールは2条になっている。
この他に現在は使われない貨物輸送分のレールがまだ残っている。


居能駅側を撮影。
貨物輸送向けの入れ替え用レールも含めてそのまま路上に遺されている。


踏切に特有な木製の渡り板は撤去され隙間にアスファルトが充填されている。それにしてもアスファルト舗装部分が下がりレールが突出しているため車や自転車で渡るには甚だ乗り心地を損ねる踏切である。用途廃止されているレールが復活するあてはないので、先々で撤去されるかも知れない。

居能郵便局がコーナーにある十字路の起点から踏切までの距離が短いので、遮断機が降りたとき市道助田平原線から右左折して本路線へ入ろうとする車が数台現れると、周囲は大混雑状態になってしまう。この現象は十字路と踏切が近い場所なら何処でも起きている。
例えば平原踏切付近など
【 緊急に対策の検討が必要な宇部市内の踏切(その2) 】
項目記述日:2018/6/11
この踏切は、国土交通省が公表している「踏切安全カルテ」によって「緊急に対策の検討が必要な宇部市内の踏切」とされている。指摘理由は歩行者の通行区間の未整備による。[a1]宇部市内には同様の指摘事項を受けた踏切が他に3箇所存在する。[a2]

玉川踏切の交通量は相応に多い。踏切以西には民家が少ないため通学生の通行はそれほどないと思われるが、市内で4箇所あるうちでもっとも多くの軌道敷(使用していない分も含めて)を横断しており、整備の遅れが目立つ。
本路線は元々厚東川東岸に到達してからは川岸を南下する以外なく、一般の交通も関連企業の従業員が多かった。しかし湾岸道路の完成とその下を通る厚東川新橋により厚南地区と繋がってからは相互の車の流れが増えた。それにも関わらず踏切は当時のままのため、いずれ整備が必要となる。
出典および編集追記:

a1.「踏切安全カルテ|玉川踏切

a2.「国土交通省中国運輸局|踏切安全カルテの公表について
《 カメの楽園 》
現地撮影日:2015/5/20
記事作成日:2015/5/24
本路線が玉川を渡る場所はクサガメの楽園となっている。


ここは玉川が1番唐樋を経て本路線の下をくぐる場所であり、下流はすぐ海に近いながら土手部分は昔ながらの石積みになっている。草木が生い茂って容易に人が近づけないだけに水生生物の楽園のようになっている。

この日は水の動きが少なかったせいか透明度があってカメたちの動きがよく見えた。
濁っていて水上に顔を出したカメしか見えないことが多い。


ズーム撮影。
どのカメもかなり大きい。体長20cmくらいある。


最初、この場所に近づくと足音に反応して一斉に水の中へ逃げる。しかし暫くすると観察している人の居る方へ大挙して押し寄せてくる。
この場所にカメが集まることは周囲を散歩する人たちに結構知られているようで、しばしば足を停めて覗き込んでいる人を見かける。餌を与える人が居て足音が条件反射になっているのかも知れない。
クサガメと思われる亀の姿もありながら、ここでも外来種のミドリガメが優勢なようである。[1]他にもカメの集まる場所はいくつか知っているが、この場所ほど数が多い場所は他に知らない。よほど環境が適しているのだろう。

河川には古タイヤなどのゴミが不法投棄されており、景観的には汚いのだがそれらが水上に出ている場所は格好の甲羅干しの特等席となっている。


捨てられたテレビの上で甲羅干しする個体。
首の横の模様からしてこれはアカミミガメだろうか。


現地では野生化した鯉も泳いでいる。これほど体格の良いカメを見てお持ち帰りしペットとして飼おうと考える人があるかも知れない。

アカミミガメが日本において侵略的な外来種とみなされ、個体の安易な移動やリリースが警戒されている[2]という問題があるが、この場所でカメを採取しようと考える人は誰でももっと現実的な危険を頭に入れておく必要がある。それはカメたちの集う水面まで接近する方法が皆無であること、現地は大量の緩い泥濘が堆積していて底なし沼のような状態になっていることである。長いたも網で離れた場所から掬うならまだしも、水辺へ近づき過ぎて誤って転落したならかなり悲惨なことになる。もはや人間界へ戻ることもできず、そのまま玉川でカメと一緒に暮らさなければならなくなるかも知れない?
《 協和発酵キリン宇部工場 》
記事作成日:2015/5/30
本路線の南側は昭和開作であり、その殆どは現在協和発酵キリン宇部工場ないしは関連する会社の敷地となっている。
写真は宇部工場の入口にある看板。


この派生記事は現在の協和発酵キリン宇部工場そのものに関する言及ではなく、協和発酵時代以前に存在した建物や場所の記録を主な目的として作成している。そのため派生記事の項目名は記載しているが元記事の道路レポート以外のインデックスにはリンク掲載されていない。協和発酵キリンに関する一般的事項については上記のテキストリンクを参照されたい。
【 帝国燃料爆撃痕 】
昭和開作へ協和発酵の工場が誘致されたのは本路線の整備とほぼ同じ昭和中期である。それ以前の昭和開作完成後には帝国燃料の工場群が展開されていた。そして一般には殆ど知ることはできないが、工場敷地内には現在も戦時中における災害の爪痕を間接的に見ることができる。

現地の広域地図を挿入しておこう。


地図では工場敷地内に不定形をした2つの遊水池が見えている。これは帝国燃料時代にあった可燃物貯蔵庫が戦時中に爆弾投下を受けて大爆発を起こし出来た窪地とされている。[要出典]
昭和20年7月1日から2日にかけて宇部地方に飛来した米国機が市街中心部と工場群へ焼夷弾を投下し、このときの罹災者は2万人超で人的被害としては最大規模だった。[3]更に同月中旬から8月にかけて帝国燃料興業の第一事業所であった宇部油化工場は3度にわたって爆弾投下攻撃を受けている。[4]

工場の敷地内なので遺憾ながら現地を直接見ることは不可能[5]であり、航空映像で眺めて頂く以外ない。窪地には水が溜まっており、中央を通る社内管理道路により東西に分断されている。東側の遊水池部は部分的に埋め立てられその周辺はゴルフコースのような芝生になっている。西側の遊水池部は昭和後期以降殆ど変化がない。一部に天の橋立状の細い陸地部分が見えているがこの地形の成立由来は分かっていない。
【 個人的関わり 】
キリンの連結子会社になる以前は市民はそのまま協和発酵と呼んでいた。多くの従業員を要する大企業なので地元の雇用下支えに貢献している。まったくの個人的所感だが宇部興産は男子、協和発酵は女子の就職比率が大きいように感じる。現在まで遊びで知り合った人において概ねそのようになっている。

注意以下には長文に及ぶ個人的関わりが記述されています。レイアウト保持のため既定で非表示にしています。お読みいただくには「閲覧する」ボタンを押してください。

この他にはこの会社関係で個人的接点があった方は誰もいない。
《 協和アパート前の御旅所 》
協和アパートの前にはソテツの植樹帯があって同じ場所に石棺のように見えるものが据えられている。


台座の全体像。
コンクリートの土台に平板の石材が載せられている。側面に文字などはなかった。


まさか石のベンチではないだろう。こんな場所に座るものを設置する理由がない。そうなると神社に関する例の構造物だろうかという想像がはたらく。

この正体はよく分かっていないが、藤山校区の子どもたちが祭りで神輿を担いでここに立ち寄っていた場所という話を得ている。[6]このことから人が座るためのものではなく神様がお休みになる場所、即ち御旅所ではないかと思われる。前述項目にある地図を拡大表示させると、協和アパートの南側、玉川沿いに稲成神社という表示がみられるので、この神社に関するものだろう。

なお、稲成神社は工場の敷地内にあるので地図では表示されていながら一般人が立ち入ることは不可能である。
玉川を挟んだ対岸から存在の確認ができるかは調査していない
《 美化ピカロード標識 》
現地撮影日:2014/1/28
記事作成日:2015/5/29
本路線は市道の里親制度の対象路線となっている。
自然なことだが里親は昭和開作に展開する協和発酵関連会社となっている。


終点まで走るうちにこの標識を3ヶ所に見つけた。


終点に近い側に設置されている標識板。
このオフィスは随分と前から閉鎖されている。
車が侵入しないようポストコーンが設置されている


管理番号の1番は市役所のお膝元となる市道常盤町寿町2号線に設置されている。
《 西部浄化センター 》
記事作成日:2015/5/31
西部浄化センターは市の管理する汚水最終処理施設である。
写真は本路線に面する入口部分。


新しい門柱や建物とは裏腹に西部浄化センターの設立はそう最近のことではなく、本路線の拡張から数年後となる昭和36年のことである。処理場建設以前は開作地の灌漑用水を海へ出す前に一旦貯留する遊水池(小林ダブ)が存在していたようである。[3]

本路線の終点付近の屈曲点には裏門があるが、こちら側は常時立入禁止となっている。


正門側は立入禁止の文言はないが、一般的に考えて部外者が訪れる理由がないので、興味はあるものの中へ入ったことはない。他方、市道芝中通り線の終点より先にある東部浄化センターには見学を兼ねて入ったことがある。
この施設の見学が行えたとして記述に値する情報が得られたなら記事化することがあるかも知れない。
出典および編集追記:

1.「FB|2015/5/20のタイムライン(要ログイン)

2.「Wikipedia - アカミミガメ|人間との関係

3.「なつかしい藤山」p.49, 53

4.「宇部市における戦災の状況(山口県)|総務省
宇部油化化学工場(昭和戦前期)|宇部市の歴史を物語る写真
なお、一連の社名では株式会社を省略して記述している。

5. 数年前に門衛の方と話をしたことがある。現地の見学は個別の要請には応じておらず団体による見学は協議の余地はあるもののその場合でも工場内のカメラ撮影はいっさい認めていないという回答だった。
なお、工場の南側を通る湾岸道路からは一瞬だがこの遊水池を見ることができる。
湾岸道路は駐停車禁止なので撮影するには助手席のアシスタントを要するだろう

なお、Google Earth の詳細映像を利用すれば上記の航空映像よりも更に精密な様子を上空から観察できる。(2016/716)


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6. 藤山校区在住民からの聞き取りによる。

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