黒岩観音東古道【2】

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(「黒岩観音東古道【1】」の続き)

「この先がけあり」の案内板から大した起伏もなく真っ直ぐ伸びる踏み跡は静かに藪の中へ消えていた。ほぼ同時にいきなり地面が存在を失うような場所へやって来た。
これが案内板にあったあの崖なのか…[14:36]


およそ人が接近することなど想定されていない場所柄か、崖の上部にはフェンスはもちろん注意喚起の立て札もなかった。いきなりバッサリと大地を引き裂かれたようなイメージである。
ただ、崖の稜線にあたる部分は何処も周辺より少し高くなっていた。雨が降ったとき崖側に水が流れるとどんどん削れてしまうので縁を少し高く残しているようにも思えた。

崖の縁は何処も同程度に草木が生い茂っていた。
そのうちから少しでも藪が薄く崖下の様子を偵察しやすそうな場所に接近してみた。
この大きな蛇紋岩は場所の目印になるかも知れない


木々の間から見えるものは…ひたすら雑木林と僅かばかりの家のみである。
下の方は…あまりにも高低差が大きく怖くてカメラを下向きに構えられない。


本当にいきなり道を失い崖っぷちに立たされるといった状況だ。日のあるうちは迷い込んでも転落することはないだろうが、夜などサーチライトも持たされないままいきなりこの辺りへほっぽり出されたなら、無闇に歩き回っていて転落する危険は充分にある場所だ。

カメラを水平に構えるとこういう映像になる。
対面する尾根よりも現在位置の方が若干低いだろうか。やや右の方には高い位置に民家が見えたがどの場所なのかは見当がつかなかった。[1]


今や崖は明らかなのだが、その下がどうなっているかを撮影するのが困難だった。崖の上部が崩れかかった斜面になっていてそこに低木が生えて視界を狭めていたからだ。
少しずつにじり寄ってカメラを差し出す。道のない山歩きや藪漕ぎは平気な野ウサギも高所にはからきし弱い。目測で現在位置から沢下までの高低差は10m以上。崖は荒く削られた露岩でほぼ垂直に切り立っており転落すれば間違いなく一番下まで落ちる。

これでどうだろうか…崖下の沢地に石が転がっているのが見えるだろう。それでもまだ現在位置から斜めに見下ろしているのであり、崖の真下を眺めるには更にカメラを差し出さなければならない。


崖と周辺の状況も合わせて動画撮影を試みた。

[再生時間: 17秒]


最後に真下へカメラを向けることができていない。崖は殆どすべてが削り取られた結果生じた露岩なのだが、何とか肉眼で視認できるだけでカメラでは到底危なくてできなかった。映像を見る限りではもう少し前方へにじり寄れそうなものだが、崖の縁は枯れ草の載った斜面になっているのだ。不用意に足を踏み出せば絶対に滑る。そんな分かりきった危険なことなどできない。

そうは言ってもここまで来た以上、明確な形で記録に遺したい気持ちがあった。露岩の崖と分かる映像が欲しい。安全にその撮影を行うなら、少しばかり本気モードになる必要があった。

肩に掛けていたバッグを地面に置き帽子も脱いだ。身体をしっかり支える体勢が必須だ。周囲は灌木だらけなので枝に引っ掛かる可能性のあるものを身に着けていると何が起きるか分からない。


カメラのストラップを左手の手首に通して指先をシャッターボタンの上に添えた。いつでも操作できる状態にスタンバイした状態で崖の縁へ更ににじり寄った。
あと少し身を乗り出せればカメラを先へ差し出す形で露岩を写せる…


上の写真には写っていないが、右側にはよく根を張っている灌木があり、太めの枝が伸びていた。空いた右手で枝の太い部分を保持して身を乗り出す積もりだった。
そのとき…
あっ!!


鈍い音を立てて枝が折れた。丈夫そうに見えたのが実は枯れ枝だったのだ。まだ体重移動しようとする前だったので慌ててサッと後ろへ身を引いて事なきを得た。かなり背筋に冷たいものが走った。
些かやらせっぽく見えるが上のショットは再現映像である。即ちまさに枝が折れた瞬間のショットではない(そんな悠長に撮っていられる筈もない)のだが、折れたのと同じ枝を左に持って近づけた状態で撮影している。

ダメだ…こんな危ない場所でゴソゴソしていたら最後には失敗する。
もうちょっと安全に撮影できる場所を探そう。

位置の記録用として初めに崖下を覗こうとしたこの場所から見える民家をズームで撮っておいた。
電信柱も見えている。しかしここから見えるアングルに民家などあっただろうか…調べることにしよう。[1][14:39]


そこで安全に撮影できそうな場所を求めて崖に沿って平行移動することにした。どのみち崖沿いを含めて既に踏み跡はないし、崖で分断されている以上迷う余地はないだろう…

崖の縁はどこも笹や竹が生い茂っていた。接近自体は可能だが、露岩部分が撮影できるかはいちいち顔を覗けだしてみなければ分からない。


崖は延々続いていたし、辿って行けば最初に到達した場所からどんどん離れていく。そこで妥協して適当な場所を選定した。

ここなど少しは分かりやすい。
露岩がやや張り出しているので真下に向けてカメラを差し出せば映像を捉えられた。


足元をしっかり固定した上で最大限カメラを差しだしての撮影。
なんかもう高さのイメージが失われているのだが崖の感じが伝わるだろうか…


木々が生い茂り土を被っているから分からないだけであって、今いる足元の地面は殆どすべてが岩らしかった。採石の過程で人工的に削り取られ今も部分的に残っていた。
やはり予想していた通り採石による崖だった…
もっともそのことは地理院地図に崖の記号がないこと以外にも有力な手がかりは既にあった。

これは昭和40年代後半の地理院地図による航空映像である。現在位置を十字カーソルの中心に設定している。
サーバ負荷が高いときは正常に表示されるまで時間がかかる場合があります


現在の航空映像よりもずっと明瞭に崖部分が沢地に影を落としているのが分かる。東側にあるもう一段低い沢地は田だったらしい。崖下は影になっていて分かりづらいが、進入路らしきものも見えている。このことから昭和40年代には採石されていたと推測したわけだ。

沢地の様子。若干ズームで撮影している。
道の存在などまるでわからない。ただもじゃもじゃと雑木が入り乱れているだけで、採石所としての稼働を停止して相当の長期間にわたり誰も足を踏み入れることのない空間になっているらしかった。[14:41]


余談になるが、過去に採石所だった場所を訪れた経験はこれまでに数回ある。[2]当サイトでも厚東採石所の跡地を尋ねたときのことを時系列記事にしている。採石所跡地について概して言えることは、興味を呼ぶような遺構が少ない点だ。ただっ広い荒野になっているだけで、当時の詰め所や産業移行が遺っていることは稀である。自然に還る過程から当時の進入路すら分からなくなっていることも多い。

崖の上から眺めた限りでは雑木に覆われて地形すら不明瞭となっていた。恐らく市道黒岩片倉線の起点付近に採石所の進入路があったのだろうが、近年有料老人ホームなどが建ち始めるなど現地改変が始まっており既に失われているかも知れない。
ここへ至る道についても途中には採石所を匂わせる案内はもちろん関連する設備や詰め所なども見当たらなかった。どうやら採石所とはまったく無関係に昔からあった道のように思われた。この点については一連の記事の最後に考察するとして…

鮮明な崖の映像が得られる見込みはなく、崖下へ降りる道もまったくないので正体を確認できただけで良しとして撤収にかかっていた。ところが現地での私は少しばかり混乱に陥っていた。崖下を眺められる場所を探すことに執心して平行移動してきたあまりに、最初に道を辿って崖に行き着いた場所がどこだったか分からなくなってしまっていたのだ。

とりあえず今まで歩いてきた分だけ崖に沿って引き返した。このとき最初に覗き込んだ場所にあった蛇紋岩を探して、そこまでキッチリ戻っておくべきだった。現地の私は蛇紋岩のことがさっぱり頭になく、闇雲に来るとき歩いた踏み跡を求めて崖に沿って右往左往していた。
もういいや…崖から直角に離れれば戻れるだろう…
埒が明かないので、恐らくこの辺りだろうという場所で崖に背を向けて歩きだした。来るときは踏み跡を辿って正面に崖が見えたので、同じ方向へ離れていけば少なくとも出発点のあの案内板まで戻れる筈という判断だった。

ところが事態はそう甘くはなかった。
何処かで来るとき辿った踏み跡へ出て来ると楽観視していたものの、一向にそれは目の前に現れなかった。延々と続く竹藪は歩くのにそう困難はなかったが、場所によっては視界を著しく遮り進行不能なまでに濃くなった。そして我ながらもはや殆ど否定できないことなのだが、
道に迷ってしまった。
[14:42]


深く考えず真っ直ぐ歩くことを考えたかったが、密集している竹藪に出会えばそれもできずしばしば迂回を迫られた。脳内地図では、自分は来るときの踏み跡よりも東側寄りに居ると判断していたので、迂回の都度西へシフトすればいつかは来たときの踏み跡を横切るだろうと思った。ところがいつまで経っても踏み跡に出会わなかった。

またしても進行不能だ。
再び若干西へ迂回して踏み跡を探した。


太陽の光は届いているので同じ場所をグルグル彷徨い続ける心配はない。それにしても経路探しを困難にしているのは地勢が読めないことと延々続く竹藪に要因があった。
この辺りはかなり広い範囲にフラットらしかった。そのことは来るとき歩いた踏み跡の起伏のなさと直線的経路から実感できていた。今は歩き続けているし太陽も見えるから安泰なだけで、もし目隠しをされてこの場でグルグル数回転させられたなら、地勢だけでは黒岩山がどの方向かさえ読み取れない場所だった。平坦な中で延々と原生林が続いているのである。現在位置と黒岩観音はほぼ同じ高さと思われるので、安易に沢地を下れば何処かへ出られるだろうという問題でもなかった。

竹藪の中に目立った倒木を見つけた。
これを見つけたことで自分は漸く来たときの踏み跡へ出て来られたと思ってかなり安堵した。[14:46]


しかし…それは騙しだった。来るとき見たのとは別物だったのである。踏み跡を見つけられない現実よりも自分の判断を覆されたショックの方が大きかった。

前編から何気なくタイムスタンプを挿入していた意図がここにある。何を撮っても殆ど竹藪しか写らないこの場所では、画像はほぼ無意味で時間の経過しか伝えるべき要素がない。往路では案内板を撮影し踏み跡を辿り始めてからものの3分で崖に到達している。うち棄てられた自転車や山手に伸びるネットフェンスの撮影や観察を含めてもだ。方やタイムスタンプからも分かるように、撤収を開始してから既に5分が経過していながら自分は未だ来たとき辿った踏み跡を見つけることができない状況だった。

進行方向の高度が若干下がり始めたので、採石所入口にあたる沢地へシフトしているのではという気がして更に進路を西寄りにとった。他方、気づかないうちに自分は既に来たときの踏み跡を横切っていて、全く見当違いな方向へ進んでいるのではという不安が過ぎった。

足元の悪い竹藪では進行速度は著しく落ちた。尚も来たときの踏み跡を見つけることができず、竹藪の中を黙々と彷徨い続けていた。

(「黒岩観音東古道【3】」へ続く)
出典および編集追記:

1. 恐らくこの辺りを眺めていたものと思われる。


写真で2つの丘陵部が重なっている中央部分の真下に新しい道(市道黒岩片倉線)が堀割で通っているのだが道は見えていない。もう少し視座を右へ移動できれば黒岩橋が見える筈である。

2. 市外の事例だが厚狭の松ヶ瀬付近にかつて存在していた採石所跡を訪れたときの時系列記事がある。この場所は採石業務に関する遺構がよく遺されていた。時期を違えて訪れた記事(いずれも上下巻)が2本ある。採石所跡の遺構などに興味ある読者は参照されたい。
外部ブログ記事: 廃された採石場(2010/11/2)
外部ブログ記事: 続・廃された採石場(2011/10/15)
最近はこの方面を訪れることがなく現在どうなっているかは分からない。

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