ここから先は黒岩観音との直接の関連性はない。御堂ではなく道のありように関する記事になるので、道路カテゴリのその他の道セクションとして記事を作成している。名称の黒岩観音東古道は記事制作上つけた仮称で正式名称ではない。
(道としての名称があるのかさえも分からない)
黒岩観音の御堂を左側にみた小道を進んでいる。
昔は割とよく通行されていたようで、自然の踏み跡ではなく下地はコンクリートだ。
御堂との位置関係はこんな塩梅だ。
野焼き規制で使われなくなった焼却炉が草地に埋もれていた。御堂の向こうには旧厚生年金センターの煙突が見えている。[14:29]
申し訳ないけど黒岩観音へ参拝に来たのではない。この先にあるものを確かめるのが目的でここまで自転車を押し歩きしている。自転車を連れて行ったところで乗れる道はないから停めておけばいいようなものだが、自分の足跡を辿られるのも憚られ人目に付かない場所へ置きたい気持ちがあった。
黒岩観音の総括記事でも述べた通り、入口にバリカーがあって車は入れないので、参拝者は少なくとも市道から歩かなければならない。そうまでして訪れる人は僅少だろうと思っていたのだが、自転車を押し歩きする間も参拝に訪れる人の姿が見えた。
(人物は特定できないだろうからズームでちょっと撮影してみた)
随分昔に突き固めたと思われるコンクリート路はそのまま藪の中まで伸びていた。
その先に以前訪れたときの見覚えあるものがあった。
分岐点に立つ木製の案内板と行き先の道標である。
前回訪れたときと全然変わっていない。
よし、ここら辺で良いだろう…自転車を藪の中へ寄せて停め置いた。コンクリート路なら帰りは跨がったまま一気に下れる。ここからは歩きだ。
さて、この記事から読み始めた読者を含めて「一体何が始まろうとしているのか?」と訝った方が殆どだろう。そろそろミッションの概要を話さねばなるまい。まあそう大した題材でもないから脱力しないで欲しいのだが…
道標があることから分かるようにここは山道の分岐点かあるいは経路が大きく変わる場所である。
恐らく関連事項を掲示したと思われる案内板は今も遺っているのだが…表面には文字の痕跡さえもみられない。
(裏側も同様だった…直接描くのではなく掲示物を画鋲などで貼り付けて使っていたのかも)
この案内板が出ている場所を国土地理院の地図で示す。
(Yahoo!地図では拡大してもこの経路は現れない)
市道から黒岩観音へ至るまでの道のみならず、今自転車を押し歩きしてきた経路も細い線で描かれている。それはかつて黒岩山への登山道だったらしく、山頂まで経路が続いている。しかしその経路は如何にも不自然だ。黒岩観音の御堂から一旦離れる形で東へ進み、そこで鋭角に進路を北西に変更し山頂に向かっている。私は現在この鋭角な折り返し点に立っている。
鋭角に折り返し黒岩山の方へ登っていく道がこれだ。
初めて黒岩観音を訪れたときは自転車を担ぎ歩きして厚生年金センターの敷地へ向かったのだった。今は新たな倒木もあり通る人は皆無のようだ。
道標には厚生年金センター行きの案内はない。今しがた訪れた黒岩観音への案内のみである。
このことから旧厚生年金センター時代に設置されたのではないかと推察される。[14:31]
即ち黒岩観音までが近いので、宿泊した客が参拝できるように厚生年金センターが独自に案内板を整備したのだろう。道自体は黒岩観音から直接黒岩山へ登れる昔からのものと思われる。
現在のココランドも宿泊は可能だが、現状からして黒岩観音への積極的な案内はしていないらしい。
さて、今回の主役はこれだ。
黒岩観音から90度東側へ振った方向に同様の矢印が出ている。しかしながら何故か「この先行き止まり」が書かれているのである。
初めて見つけたときにはおかしな標示板だと思いつつもそれ以上追及はしなかった。厚生年金センターから山道を歩いて降りて黒岩観音へ参拝する人が間違って踏み込まないようにと書いたと思われるからだ。
しかし…今思えばやっぱり不自然だ。
(1) 行き止まりならわざわざ案内しなくても良いのでは?
(2) 何故に行き止まりと分かっている道に踏み跡があるのだろう?
実際、この行き止まり方向を示す部分には確かに獣道よりも明瞭な踏み跡が確認できたからだ。(2) 何故に行き止まりと分かっている道に踏み跡があるのだろう?
まして「行き止まり」とだけ書かれているなら敢えて踏み込まないにしても、殊更に「がけあり注意」なんて書かれれば、好奇心の塊みたいな野ウサギならどれほどの崖があるのだろう…と感じて余計に見たくなってしまう。少しばかり踏み跡が見えるのも、現在でもそういった気持ちからフラッと途中まで足を運ぶ数奇な人によるものではないだろうか。
ここで少し時系列を離れて今回のミッションに至った背景を説明しておこう。
今回の調査の発端は、黒岩山周辺の地図に記載されている正体不明なものに関する読者からの指摘によるものである。ある種の詳細地図には、ここから若干離れた黒岩山と旧厚生年金センターとの間に何かの存在を示唆する記載があり、何か知見はないか読者から尋ねられたのである。
最初、それは黒岩山の頂上付近にある昔の設備ではないかと思ったのだが、山頂からは離れていた。意見の応酬の過程で黒岩観音の周辺を含めた道や遺構まで話が及び、そこで黒岩観音の奥にあるこの「行き止まり(崖あり危険)」の話題になった。[1]
この崖については私自身も訪れる前からその正体の予測をたてていた。崖があるらしいことは確実にせよ、それは自然由来ではなく採石などで削られた跡ではないかと予想して[1]のスレッドにも書き込んだ。この根拠は次の通りである。
(1) 等高線が極端に狭まっていながら地図には崖の表示がない。
(2) 航空映像で崖の存在を思わせる長い影が見えている。
先ほど掲示した地理院地図では案内板で指示される方向には異常に等高線の詰まっている区間がある。自然発生的な崖なら、ステゴサウルスの背中みたいな五角形の記号で崖表示する筈である。それがないということは垂直に削り取るなどして出来た人工的な地勢と考えられる。[2]黒岩山のすぐ南側にも同様に等高線の詰まった場所があり、ここはゴルフの打ちっ放しヤードのために山を削ったラインである。(2) 航空映像で崖の存在を思わせる長い影が見えている。
航空映像では曲線を描いて崖の稜線部分が見えており、低い沢地に影を落としている。この影部分の長さから、現地は相当な高低差を持つ崖になっているのではという意見もあった。
何故ここだけこんな崖になっているのか…それも採石に依るものではという予想があった。自然に削られてできるにはあまりにも不自然だ。確かに沢地ではあるものの、そこから100mも上流へ進まないうちに分水界となっている。沢地を流れる水でここまで削られるはずがない。
さて、そろそろ時系列に戻すとすると…これらの予想が正しいものか、そして何故に行き止まりである筈の崖へ向かう道がそのまま存在するのかについて実地に検証しようというのが今回のミッションなのであった。
「がけあり危険」と案内されているだけで別に立入禁止にはなっていない。
先へ進めなくなるのが明白なのに何故か踏み跡は明瞭なのだ。[14:32]
このことから別の可能性も頭に浮かんでいた。もしかすると崖へ出会うまでに何か重要な遺構などが眠っているのかも知れないなどと。
案内板から数メートルのところまではかなり明瞭だったものの踏み跡は次第に淡くなっていった。
しかし道を喪うほどではない。この写真だけを見てもどの方向へ道が伸びているかは明白だろう。
地理院地図でも提示される通り、この部分には山道すら記載されていない。しかし周囲が雑木林に包まれ自分の居場所が分からないことを除けば、道自体は素直に続いていた。目立った屈曲はないし実際歩いた感じも殆どレベルである。もっとも春夏などは雑草に覆われて道筋が分からなくなりそうだ。
藪にうち捨てられた自転車を見つけた。
こんな場所で自転車を見つけようとは…といった気分である。
前にカゴが着くいわゆるママチャリだ。リム部分はあまり錆びておらずそれほど時間が経っていないように思えた。この先何処へも行き先が無いのだから、壊れた自転車を棄てに来たのだろうか…あるいは…崖とは別にこの先に畑など人が往来する私有地があるのかもと感じた。
うち棄てられたものを見つけると心が暗くなりがちだが、現地の私はそれほどでもなくむしろワクワクしていた。
前回の黒岩開古道を進攻したときと同様、目立つ色の手袋を装着している。余裕綽々だ。[14:33]
行く手の左側に緑色のネットフェンスを見つける。
何だこれは…どうしてこんな場所に…
(その反対側にある樹木に結びつけられたビニル袋も気になる)
道はネットフェンスで塞がれているのではなく、道と認識できる端の部分から始まっていた。
それはずっと山の方まで続いていた。
黄緑色のビニル被覆がついた菱形のネットフェンスは昭和中後期においてごく普通にみられる囲障である。しかし駐車場や公園などに建築ブロックを数段据えてその上に設置するのが一般的である。隣接する敷地との恣意的な往来を防ぐ目的のものであって、溜め池の囲障を除いてこのように山野へ設置される例は現在では少なくなっている。
上の写真ではフェンスの始まり部分に厚生省のコンクリート杭があるので、厚生年金センターを造るにあたって買収した土地の境界を明瞭にする目的で設置したものと思われる。
フェンスはまったく脈絡もない山の中を縫うように伸びていた。その両側から樹木が枝垂れかかり曲がっている場所もある。何処まで続いているか少しばかり興味を抱いたが、道でもない藪の中を辿るのは大変だし今回のミッションでもないので見送った。
フェンスで仕切られているということは、ここから先はもしかすると私有地になるかも知れない。
仮にそうだとしてもこんな場所で土地所有者と鉢合わせなんてまずあり得ないだろう…そう言い切れるほど道の先行きは怪しくなっていた。
段々と自然消滅的に踏み跡が淡くなっていくのが実感される。
枯れ木が倒れ込み朽ちた竹が足元を埋めている。しかし相応な日照があるためそれほどの陰鬱感はない。
ここまで殆ど曲がることなくアップダウンの行程もなく歩いてきた。
竹藪の前方が明るくなっていて明白な「地平線」が見えてきた。
きっとここだろう…
その先で突然に地面が失われているらしく地平線の先に青空が見えている。[14:35]
案内板で崖があるから注意せよという警告を承服しつつここまで歩いて来たのだ。決して不用意な行動は取らない。代わりに何があるのかはこの目とカメラに焼き付けて持ち帰らなければなるまい。
容易に観察できそうな場所を見極めつつそろそろと「地平線」に接近した。
(「黒岩観音東古道【2】」へ続く)
出典および編集追記:
1.「FBページ|2016/1/3のタイムライン」参照。(要ログイン)
投稿の題材は小路ヶ池だが古い地図では黒岩山の南斜面に正体不明のものが記載されていてそれが何であるかについての情報交換が発端であった。
2. この逆は必ずしも成り立たない。例えば地理院地図の制作時より相当前から稼働している砕石所の地勢改変や鉄道による深い堀割区間は人工的なものながら連続する崖のような記号で描写される場合がある。
1.「FBページ|2016/1/3のタイムライン」参照。(要ログイン)
投稿の題材は小路ヶ池だが古い地図では黒岩山の南斜面に正体不明のものが記載されていてそれが何であるかについての情報交換が発端であった。
2. この逆は必ずしも成り立たない。例えば地理院地図の制作時より相当前から稼働している砕石所の地勢改変や鉄道による深い堀割区間は人工的なものながら連続する崖のような記号で描写される場合がある。