わざわざ項目を作って記述しているということは個人的に記録しておきたい内容があるからで、年齢に伴う変化の記録も兼ねている。なお、記事作成時では「耳に関する疾病」としていたが、病気とは限らないものまで拡大したのでタイトルを書き換えた。
《 耳垢 》
個人的な特性として、耳垢が湿潤している。遺伝的なものであり優性・劣性の比が日本人では2:8か1:9と聞いたことがある。劣性が多数派で、この場合耳垢は雲脂のような乾いたものとなるので、皮膚のように剥がれ落ちることが多い。優性で湿った耳垢となる。現在では耳垢を自分で取り除くのは危険と認識されているのであまりやらないが、うちには耳かき棒がある。
少しほじって取り出したところ。
水分が多いので、紙に塗りつけるとこのように付着する。
耳垢が粘り着くため掃除がしづらく、しばしば耳介に付着して汚らしくなる。毎日鏡で点検しない限り自分で気付くことは難しく、このため耳の汚れを指摘されるだけでなく恰好なイジメの材料にされていた。
【 耳垢に由来する事件 】
ヒトと違う汚い身なりをしていれば、現在とて指摘こそしないものの眉をひそめられる。これが昭和期のしかも学童となれば、多数派と異なるわけだから恰好のからかいの対象となった。湿性の耳垢は茶色く粘り着き、外観から糞便を連想する。そのことから小学5〜6年生のとき「お前の耳はウンコだらけだ」と言われた。更に「汚らしい。あっちへ行け」なども普通であった。現在なら学校問題に発展しかねない事象でも昭和期は「ヒトと違うのは悪いこと」という考えが一般的であり、そもそもいじめとして全く認識されていなかった。[1]体質的なものなので当然ながら自然治癒などしない。高校生のときに極端に耳垢が溜まったことで閉塞し、まったく耳が聞こえない事態が生じたことがある。当時のことは日記にも書いている。上町通りにある野中耳鼻科へ行って除去してもらった。施術のとき器具で除去されたとき鼓膜が破れるんじゃないかと思うほど痛くてたまらなかった。しかし耳垢に由来する閉塞はこの一度限りである。
【 腋臭との関係 】
よく知られているように、あめ耳は腋臭と遺伝子的に連動している。あめ耳は学童期から認識していたが、腋臭が気になり始めたのは恐らく成人になってからである。今まで調べた限りでは、うちの家族であめ耳は私だけである。【 耳毛について 】
年を取ると誰でも耳毛が目立つようになると言われる。実際、40代を過ぎる頃までまったく気にしていなかったのに50代あたりから気になり始めた。鏡に向かうと耳毛がはみ出ているのが目立つ。気付いたときに鏡に向かいながらハサミで切っているが、耳の穴に少し入れて手探りでカットするので非効率的である。下手にハサミを動かしていると耳たぶを切りそうだ。何故耳毛が生えてくるのか分からないが、恐らく脇毛と同じ理由だろう。いずれの場所も常在菌の効果で汗が特異な匂いを発するようになる。毛があることで表面積が広がり匂いが拡散されやすくなる。匂いに対して寛容でない現代社会では困りものだが、古代ではヒト特有な匂いを拡散させることで他の個体にアピールしやすくなる効果があったのだろう。言うまでもなく異性を惹き付けるための目的である。少なくとも腋臭は、古代では異性を惹き付け自分の遺伝子を伝播する機会が多かったための適応と思われる。
《 音響に対する感応 》
幼少期から大きな音に対する反応が鋭敏だった。このことは現在でもあまり変わらない。最近、その理由について一つの答えに行き着きつつある。【 大音響への畏怖 】
現在の年齢からでも自覚されるように、幼少期は大きな音を立てるすべてのものが嫌いで極端に怖がった。幼稚園児は汽車の汽笛が殊の外嫌いで、突然鳴り響く汽笛の音に泣き出してしまったことがあるかも知れない。花火は親に連れられよく観に行っていた。花火そのものは好きだったけれども打ち上がる際の大音響が嫌だった。小学校に入ってからもこの傾向は続いた。特に思い出されるのが小学2年生の頃教室で体験した雷である。教室の殆どの子どもたちが雷の音など気にせず平然と給食を食べていたのに、自分は怖くてたまらず周囲の友達に大丈夫などと話しかけている。それを見て先生が「みんな怖くないのだからあなた一人だけが怖がってはいけません」と叱られたのを覚えている。
中学生頃になると、登下校時の途中にある田んぼの爆音器が嫌で仕方なかった。現在は使われることが殆どないばかりか田そのものが極端に減っている。当時は稲穂に群がるスズメは害鳥であり、爆音器を仕掛けて音で追い払うのが常だった。写真はかなり昔に撮影された爆音器。
写真のようにT字型をしていて、稲穂が垂れ始める頃に田の畔に設置される。不用意に人が近づくと危険なため大抵赤く塗られていて、中央の筒には白抜きで「危険」とペイントされているものもある。付随してプロパンガスのボンベを置き、管の中にガスを吹き込みタイマーによって爆発させる。スズメだけでなく人も驚くものだが、農家の人が苦労して作るコメであり、収穫までの期間限定なため爆音器による騒音は大目に見られていた。いつ爆音を立てるか分からないため、下校時は爆音器が近い場所では耳を塞いで歩いていた。
大きな音に対する嫌悪は、高校生に入る頃には緩和されていた。当時は音楽に夢中になっており、近所迷惑にならないようにヘッドフォンをして大音響で聴いていたからである。このせいで大学に入るまでの間は慢性的な弱い難聴にすらなっていた。
【 無頓着な生活音に対する嫌悪 】
自分が騒音に対して極度に神経質と気付いたのは、大学時代に初めて下宿したときまで遡る。それまでは家族3人で永らく暮らしていて騒音を出さない生活に慣れていたため気付かれなかった。両親ともども音を出すことが嫌いであり、特にドアなどは音をたてず静かに閉めるのが常識な部類だった。それが下宿することによって隣近所が音に対して殆ど頓着しなかったため、住み始めてすぐに苦痛に感じ始めた。大学時代の木造平屋は防音対策などなく、隣の部屋の音は筒抜けだった。木製のドアでも投げるように閉めるとかなり大きな音を立てる。それどころか隣りの住民は喉が弱いらしく、のべつ幕無しで咳払いをしていた。それがモロに部屋まで聞こえてきてノイローゼになりそうだった。やがて高校生時代にしていたようにヘッドフォンを装着して常に音楽を聴き続けることで回避している。
2度目の下宿では隣接する部屋の住民は常識的だったが、あるとき住民が友達を数人連れてきて部屋で酒盛りをやって騒ぎまくったことがあった。折悪しく翌日が受講している科目の中間試験ということもあり、安眠妨害されたことに腹を立てて怒鳴りつけたことがあった。もっともその時だけであり、退居するまで下宿の人間関係が悪くなることはなかった。
大学を卒業し再び宇部に戻って両親と暮らしている間は何の問題も起きなかったが、恩田の家を後にして野山で同居を始めた頃から再び騒音問題が頭をもたげた。大勢が暮らすと騒音は必然的にたつし、風呂などで集うことの気兼ねがあった。知り合いの一人はそもそも私がそこへ住み続けることが間違いであり、家を出るべきだと主張した。私自身一人で好きなようにやりたい気持ちがあり、特にインターネット回線の問題を理由に野山を後にして西梶返のアパートで独り暮らしを始めた。
アパート暮らしを始めた直後、天井から突発的に大きな音がする現象に悩まされた。窓に向けて机を据えている殆ど真上で音がなり、飛び上がるほど驚く大きさの音だった。大家さんに報告したところ、上の階の住民が杖を落としたとき出る音で、足が不自由で杖が手放せないとのことだった。そのことは致し方ないとして、突然バタンッ!と鳴る音にビクッとするほど飛び上がる状況で、障害者だからと言って階下の住民の迷惑も考えず平気で杖を落とす態度が気に入らなかった。上の階の住民に床へクロスを張ってもらうようお願いできないか大家さんに相談したが、聞き入れてもらえなかった。
その後も杖を落とす現象がたびたび続き、こんな騒音と折り合って暮らすなど私にとって苦痛でしかなく部屋を替わりたいと申し出た。結局、真下となるその部屋を出て一つ隣りの部屋に住み替えることで解決した。この住み替えの費用は大家さんが負担した。私はせっかく運び入れた諸々のベッドや冷蔵庫などを全部一人で隣の部屋へ運び直した。これは史上もっとも短期間での引っ越しである。
暫く安泰だったが、アパートのオーナーが変わりリフォーム会社を入れて学生の入居率を増やす方針に変わった。それまでは高齢者がやや多い環境だったので夜は概して静かだったが、学生が増えることで遺憾ながら居住環境が一気に悪化した。まず隣りの部屋に学生が入居したが、彼は鋼製のドアを何の躊躇いもなく投げるように閉め、両隣の部屋が地響きするほどの轟音を立てた。非常識の極みで、このとき即座に隣の住民にドアは鋼製で響くから静かに閉めるよう忠告した。話せば分かる住民で、その後は静かに閉めるようになった。
後に上の階に別の大学生が入り、大家さんの耳からすぐに問題を起こしていることを聞いた。夜中でもギターを引きならし、部屋の壁に向かって飲み終えたビール缶を投げつけることで隣部屋の住民から苦情が入り警告されていた。下の階への騒音は杖の障害者のときほどではなかったが、友達を連れて深夜までおしゃべりするのが日常的で、人数が増えるとどうしても騒音が酷くなった。何度かメッセージを書いた紙をポストに入れたが、本人は生活音だから仕方ないと言い張った。
結局、アパートに居る間は常時耳栓をする生活になった。
写真は2011年11月にドラッグストアで購入した最初に買った耳栓。
この耳栓は柔らかなウレタンで出来ていて、指先で丸めて細くして耳の穴に挿入すると復元して膨らんでぴったり塞がれる。それほど安くなかったが本当に周囲が無音になるほど遮音性が高かった。しかし何度か使っているうちに汚れがたまるばかりでなく復元しなくなり使い出が悪くなった。しかし耳栓をしても足音や床にモノを落とした音には殆ど効果がなく、何でこの年になって自分が大学生だった頃悩まされたのと同じ騒音を我慢しなければならないのかと情けなくなった。
この頃から守られないゴミ捨て問題や不法投棄などで風紀どころか治安が悪く鳴り始めた。さすがに生活環境を変えるべきと考え始め、静かな場所がないか探しておいて欲しいと知人に話していた。更に後半部分で起きたインターネット光回線の接続障害事件に解決のメドがまったく立たないことを嫌気し、転居先が見つかったことを契機に退居した。
【 現在のアジトで感じる騒音 】
現在の環境は、以前のアパート時代に比べて雲泥の差である。特に引っ越した初期は、通常ならまったく当たり前のことである「耳栓をせずに寝られる」のが夢のようだった。自分には集合住宅での暮らしが向いていないことを自覚したし、仮に再び集合住宅暮らしをすることになっても階下の騒音に悩まされない上層階を選ぼうと思っている。それでも気になる騒音が皆無なわけではない。現在の居住地は山大病院の Doctor-Heli の飛行ルート真下になることが多く、曇りがちな日ではかなりやかましく感じる。近くの幹線道路は、夜8時半頃に空ぶかししながら騒音を撒き散らしているバイク野郎が一定ルートを周回している。不定期にカラスの集団が近所の田畑で騒ぎ立てることがあり、追い払うためにカラス集団を感知して鉄砲の音を発する小型爆音器を設置している畑が近所にある。直接話すと角が立つので、あまりに酷ければ自治会長や市に苦情を言おうと思っている。
音に関しては、静かすぎて寂しいなどと思ったことは一度もない。特に執筆などクリエイティブな活動をしているとき、人工的な音は気を散らせるまったくの邪魔者である。誰かと関わるときだけ外出したりSNSで交流し、それ以外の一人のときはいっさいの人工的な音がしない深山に引き籠もりたい位である。
【 騒音を極端に嫌悪する理由 】
常々、現代人は身の回りにある不要な騒音に無頓着過ぎると感じている。選挙カーでの呼びかけや消防車による異常乾燥注意報の呼びかけ、パトカーのサイレン音など関係者にとっては必要なものでも無関係な者にとっては忌々しい雑音でしかない。飼い犬の吠え声は飼い主にとっては日常だが、周囲に住んだり近くを歩く人にとっては不快な騒音である。個人的にイヌを吠えるに任せて番犬代わりにしている飼い方に強く反対する理由である。最近、比較的大きな地震が起きて手持ちのケータイに緊急災害情報のベルが鳴った。ケータイを買い換えて設定が既定値のままだったからで、以前はすべての警報音やメールを遮断する設定にしていた。知らせてくれて有り難いとは全然思わない。特に夜寝ているとき不必要な騒音で起こされると、以後眠りに就きづらくなる。自分にとって睡眠は健康を維持するためのもっとも大事な仕事なので、この腹立たしさったらなかった。
今でも就寝前に豪雨が酷くて屋根を打つ雨だれの音が酷かったり、単発的に雷が鳴っているときは耳栓をして寝ている。
現在も使っているのは写真の右側のスパイラルタイプである。
雷をカメラで撮影するのは好きだが、あの轟音が余計である。このタイプの耳栓は完璧な遮音はしないが、落雷のような大音響をかなり和らげてくれる。飛び上がるほどの突発的な音が削減されて眠りが保てれば足りるので、個人的には台風や雷などの荒天時に安眠するための必須アイテムである。耳栓をして寝ると万が一の事態が起きたとき気付くのが遅れるが、それで被害を被っても仕方ないと考えている。
何の音もしないのが一番快適なので、執筆活動中はもちろん普段でもデスクに向かっているときBGMは鳴らさない。これは音楽が嫌いだからではなく、音が邪魔して思考に集中できないからである。2022年の夏場は冷房費節約の意図もあり、局長宅をコワーキングスペースとしてノートPCを持ち込み作業させてもらったことがあったが、翌年には止めている。局長が忙しくなったことの他に、BGMが鳴っている環境では集中して作業できないのが理由だった。局長は自宅での作業中は普段からBGMをかけているようである。
ネットでニュースや天気予報を視るときも大抵が動画仕立てであり、記事を読もうとリンクをクリックするだけで勝手に再生が始まる。記事を目で追えば済むのでスピーカーのスイッチを切っている。Windows の警告音などは既定値のままだが当然音は鳴らない。野山では特に視聴する気もなしにテレビが点いているが、まとまった話をするときは邪魔だから切らせてもらっている。
これほど音に関して極度な神経体質になってしまった理由は二つ考えられる。一つは元からの HSP気質に依るもので、恐らく最大の理由だろう。もう一つは普通の人よりも本当に物音が大きく聞こえてしまっているのではないかという疑念である。味覚に関しては、一般的な人よりも感度が高く強く感じるスーパーテイスターという存在がある。普通の人なら素材の持ち味として受け入れるようなある種の野菜の苦味が気になり、受け付けないということが起こる。スーパーテイスターは味蕾の絶対数が普通の人よりも多いことが知られている。
私は子どもの頃嫌いだった野菜は、今も引き続き嫌いで積極的に食べようとはしない。味覚と同様に聴覚に関しても似たようなことが起きているのではないかという想像である。換言すれば「耳が不必要に音を拾い上げ過ぎている」のかも知れない。これは後述する耳鳴りの一因の可能性もある。
《 耳鳴り 》
この総括記事を作成する時点で慢性的な耳鳴りを患っている。数年前から単発的に強くなって気になっていた。現在は意識をそこへ持っていけば常に耳の中でキーンという音が鳴っている。現在の医療技術では完治どころか寛解もまずあり得ないので、できるだけ気にしないようにしている。明白に強くなって気になり始めたのは2018年のことである。机に向かっていてキーンという音が妙に強くなっていたので、蛍光灯の電器音かと思った。しかし蛍光灯を消しても鳴り続けていることで耳鳴りと分かった。
ある日の夕方を境に強くなったので、かなり気になって翌日耳鼻科に行っている。
このときの写真があるので耳鳴りが始まった時期を特定できた。
聴力の検査を受けたものの異常がなかったことから、生理的な耳鳴りと診断された。加齢に伴って気になり始めることが多いという。ある程度抑える薬はあるが、薬を飲み続けて耳鳴りを抑えるメリットよりも副作用のリスクのデメリットが大きいと判断されたため薬は出されなかった。
極端に静かな場所へ行くと、健常者でもある程度の耳鳴りを感知する。不快な耳鳴りとして意識するのは、何かが耳の中で鳴っていると捉える閾値が低いからだろう。重大な病気が隠れているわけではないと診断されてからは放置している。耳鳴りの大きさは体調により変動する。動き回って疲れているとかなりやかましいと思えるほど増大する。歯を食いしばると耳に近い血管が圧迫されるので、耳鳴りが酷くなる。これは恐らく誰でも再現可能な現象だろう。
親父も割と若い頃から「自分の耳の中でいつもセミが鳴いている」と表現していたので、遺伝的要素があるのかも知れない。近年、耳鳴りを治す可能性がある療法がいくつか紹介されている。舌に軽微な電流を流したり、うつ病の治療薬を服用する方法が提示され一定の効果を上げている。しかし治療法として確立するのはまだ当分先のことだろう。
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出典および編集追記:
1. からかっていた級友が当時を回顧して話す磁気テープが遺っている。言われて快いとは思わなかったものの当時の自分としても仕方ないことと諦めていた。からかった本人にそれほどの悪気はなく、むしろ中学校時代は一緒にプールへ泳ぎに行くほど仲は良かった。
1. からかっていた級友が当時を回顧して話す磁気テープが遺っている。言われて快いとは思わなかったものの当時の自分としても仕方ないことと諦めていた。からかった本人にそれほどの悪気はなく、むしろ中学校時代は一緒にプールへ泳ぎに行くほど仲は良かった。