峠について

峠インデックスに戻る

記事作成日:2020/1/27
最終編集日:2020/2/3
ここでは、についての一般的事項を記述している。
写真は国道2号の旧厚東村と旧船木町の間にある吉見峠の表示板。


峠に関する一般事項は[1]を参照。峠という漢字は国字であり、そのまま山の上り下りを伴う地を表している。
なお、当サイトの扱う範囲上、特段の断りがない限り宇部市内および隣接自治体に接する峠に限定している。
《 呼称の形態 》
明確な名前が与えられた峠の絶対数はそれほど多くない。現地に峠名の表示があるものと地図に記載があるもの、郷土資料に記述があるもの分かれる。局所的に明瞭なアップダウンがある場所でも郷土資料や勝手呼称では坂として命名されることが多い。
【 公称された峠 】
現在のところ峠の名称を銘板として表示しているのは、国や県管理の道路に存在する峠に限定される。冒頭の吉見峠や西見峠は最高地点付近に漢字表記とローマ字表記された峠名と標高が記載されている。ただし国道2号の宇部市割木松と山口市今坂の間にある峠は、地図や国土交通省のデータでは今坂峠が公称されていながら[2]現地に同種の銘板はない。


相応な往来のある峠は車社会の養成にしたがい道幅が拡げられ、周辺に店舗や事業所を伴うことが多い。かつてはこのような峠はランドマークと位置づけられドライブインが造られたが、現在は殆どの店が閉店し衰退している。用地の確保や線形改良の影響で、峠の物理的な最高地点が峠名表示板や市境標識のある位置とは異なる場合もある。
【 地図に記載された峠 】
同様に銘板を欠いていながら殆どの地図で名称が記載される峠がある。
県道231号美祢小郡線の国木峠を始めとして、四輪の通過できるものではこのタイプの峠が最も多い。


絶対高度が高く歴史的に古くから通行されてきた塩見峠や羽根越は古道の部類であり、地理院地図にも名称が記載されている。
【 郷土資料に現れる峠 】
地図に記載がなく現地にも峠名を表すものが何もないものの、郷土資料に現れたり地元在住者によって一定の知名度をもつ峠が存在する。

平原より浜田に抜ける道は智光院油利野山の下を通り、油利野峠と呼ばれている。
写真は智光院へ上がるスロープ途中からの撮影。


峠では浜田方面と中山方面への道が分岐しており、周辺も地形が大きく変わり住宅地となっているため峠としての実感は薄い。しかし昭和50年代後半まで峠に名称を記載した標識柱が存在していた。
上の写真で右側に写っているカーブミラーの立っている場所
《 道路交通としての峠 》
四輪が頻繁に往来する近代的な道の峠から殆ど人の往来さえなくなった山奥深い古道の峠まで、名称が与えられているものはいずれも古くから自然発生的に人が往来していた場所に限られる。現代の技術は、まったく人の往来がなかった場所を切り拓いて山越えの道を造ることを可能にしているが、そこに物理的な峠があったとしても新たに名前が与えられることはない。自治体の境界なら精々市境標識が置かれる程度である。

それでも峠は双方から往来する際の坂道の終了地点であり、昔からランドマークとして意識されてきた。峠の茶屋は長い峠の坂道を登り終えて一息つくスペースを提供してきたし、後年車社会に入ってからはドライブインや家庭的なレストランに姿を変えてきた。幹線道路沿いにコンビニエンスストアが造られる時代になると、家族連れでのドライブや運送を生業とする人々もそこを中継地として休息したり簡素な食料品を調達するようになってきた。この裏で峠にかつて存在した多くのドライブインが営業を取りやめている。

他方、長距離トラックの運転手が休憩できる駐車スペースの提供に早くから対応したり、提供メニューに特化することで現在もなお繁盛している峠の食事処もある。今坂峠がその例で、人の流れが集まり一定時間滞留することから店舗や事業所が造られることもある。
【 峠越えに起因する問題点 】
峠の前後は大抵が坂道の連続となるため、交通のボトルネックとなる問題は単純な坂道以上に大きい。しかしながら本州の西の端にあたり際だって高い峠越えがないせいか、標高の低い峠でも悪線形が改良されないまま放置されている場所がある。

殊に国道2号の吉見峠は標高こそ100m以下であるが、峠前後の縦断勾配がきつい上にカーブの連続という悪線形で昔から交通事故の頻発地点となっている。


この区間は過去に少なくとも2度の道路改良工事が行われており、最初の対面交通の道を整備した後に線形改良した痕跡がみられる。平成期には下岡側において両側に屹立する斜面を大きく削って道路幅を拡げると共にカーブを緩やかに変更されたが、峠自体を切り下げたわけではないので現在でも長距離を走る大型トラックにとっては交通の難所となっている。

吉見峠前後の線形の悪さは早くから認識されていた。過去には瓜生野交差点より北側を通るバイパス建設計画が持ち上がったことがある。しかし現在において公表されている道路改良情報は何もなく、国道2号は(他市他県では4車線で自歩道つきが殆ど標準となっていながら)宇部市内通過エリアにおいてのみ未だ対面交通仕様で歩道を欠く危険な状態が放置されている。この中でも吉見峠越えは現在でも歩行者や自転車が安全に通れる状態になっておらず、整備の立ち後れが著しい。[3]

吉見峠に限定して言えば、船木側で山陽街道や宇部美祢高速道路との3重立体交差という道路改良上における難所があること、4車線化のために更に山腹を削ってカーブを緩やかにしても峠の高度を引き下げる効果がないことより、この区間の道路改良については現在の吉見峠越えを諦めて別ルートのバイパス建設が必要である。
以上の記述は吉見峠の総括記事を作成した折りには移動する

吉見峠に限らず今後も車社会が永く続く前提の元では、交通量の多い幹線道路は峠越えをなるべく回避した道造りが必要である。自然発生由来の道を拡張すると高低差は往来に要するエネルギーのロスを生み、カーブの多い道は事故の元となる。地表部を四輪が走ることで植生が変わり動物の生活線が分断される。トンネルや谷の架橋がそれらの問題の多くを解決する。
《 地名としての峠について 》
坂と同様、峠は地勢を表現する自然な語であるため周辺の地名にも利用されてきた。前述のように市内には相応な標高を持つ峠自体が少ないことに呼応し、身の回りにみられる峠を含む地名は極めて少ない。山陽新幹線は吉見峠の南寄りを峠山トンネルで通過しているが、この峠山は地名と言うよりは山の名称と思われる。県道小野田美東線の万倉と吉部を結ぶ間には峠というバス停がある。県道以前の船木鉄道時代に峠駅があった場所である。

小字レベルにまで拡大すると、小野地区には夥しい数の峠を含んだ小字名が存在する。郷土資料ではそれらの多くが峠ではなく後述する垰(たお)で表現されている。
【 峠の読みと垰 】
郷土史研究者にはよく知られていることであるが、山口県の特に西部地域ではしばしば峠(とうげ)のことを「とう」や「どう」のような揺らいだ読み方をする。著名なところではJR美祢線の湯ノ峠(ゆのとう)駅、JR山陰本線の梅ヶ峠(うめがとう)駅のように現在も公式の駅名としてその読みをとどめている。市内でも東岐波と阿知須の間に古道として存在するサヤノ峠は、郷土資料ではしばしば「さえんとう」の読みで紹介される。

峠を「とう」と読むため、地名などの場合に読みから「堂」や「道」といった別の漢字が当てられる場合がある。国道2号の談合峠より埴生地区へ下っていく旧国道は山陽小野田市道談合道上市線と呼ばれているが、この「談合道」は談合峠の読みの揺らぎであるかも知れない。このような峠(とう)の読みは関門海峡を隔てた九州では恐らくみられない。広域でみれば中国地方に特有とも思われているが、東の境が何処にあるかはまだ調べていない。

古い文献や資料では垰(たお)という別の漢字があてられる。市内北部の小野や吉部地区は峠越えを要する道が多く、その殆どすべての峠名や周辺の小字小名に垰が使われている。地図に記載のある国木峠も最初期の隧道建設工事の資料では国木垰と書かれているし、逢坂と厚狭の間にある西見峠の船木側には西目垰(にしめだお)という字名がみられる。先述の万倉と吉部の間にある船木鉄道の峠駅があった地は、地名明細書では山中小村に峠垰(とうげだお)という小字名として収録されており、峠が地名であったことが窺える。

現行では郷土資料や小字名以外では垰の漢字が使われることがなく、すべて峠に置き換えられる。ただし読みは地元で慣習的に呼ばれてきた「たお」の読みがそのまま採用される場合もある。小野地区にある笹ヶ峠バス停は「ささがたお」の読みが与えられている。


峠名から派生した小字名においても峠名と同様「とう」の読みを持つ別の漢字に変化している可能性がある。例えば六角堂の北側には現在も大塔という字名が存在し、地名明細書では大当(おおとう)として収録されている。この場所が小串村と中山村を往来する峠越え地点に近いこととその読みより、これは大峠の義ではないかと個人的には考えている。同じ読みをする字名が他の場所にも知られている。
出典および編集追記:

1.「Wikipedia - 峠

2. かつて「うべこく」(国土交通省宇部国道維持出張所)のホームページに関連するドキュメントが存在したのだが、現在はトップページのみ残してすべての記事リンクが消失している。

3. 2020年1月にふるさとコンパニオンの会により山陽街道をたどるプログラムの一環として吉見より船木へ峠を越えるてくてく歩きプログラムが実施された。この件に関してFBから案内が行われたとき「吉見峠は近年大型トラックの通行が極めて多いのに歩道がなく歩行者や自転車による通行は接触事故を招いて危険なのでこの区間を歩かないコース設定に見直すべき」と意見している。「宇部市民活動センター青空のFBページ|2020/1/15の投稿
過去の受講の件があるのでふるコンへの直接的な意見や申し入れはしていない。当日の引率者は峠越えのとき参加者の安全に留意しながら歩かなければならず大変な状況だったという。脇見運転の大型トラックと接触すれば間違いなく人命を伴う重大事故になる。この場合、法律上の責任はほぼ100%運転手だが、事故が起きれば「誰が危険な吉見峠を歩いて越えるコースを設定したのか?」という問題となるのは必至であろう。

トップに戻る