市道小羽山中央線【3】

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(「市道小羽山中央線【2】」の続き)

蛇瀬橋を渡り東小羽山地区に入るや、市道は今までの平坦な道から一転して「あり得ない急坂」に変貌する。車がスピードを出しすぎないよう道路幅が狭く見えるラインが路側帯とセンターラインに沿って引かれている。
何という名称なのか分からない


まったく…この坂のきつさはどうしようもない。
大概の坂でもギアチェンジを駆使して登り切る自信があるのだが、今まで数回通っていずれも押し歩きしている。チャレンジしようという気力も起こらない。これほど主要な道路ながら、あまりにも坂が長く単調なのだ。
「初代自転車」は車体が重く今より更に困難だった

要所で停まって撮影しているのだが、上の写真と同じように見える。景色が変わらなさ過ぎて同じ場所をグルグル回っているような感覚だ。


カーブがおさまる頃、漸く縦断勾配も緩んでくる。


反対車線から撮影。
実は帰り際に撮影している
帰りは制動するのも困難な下り坂である。サドルに座っているだけで距離を稼げるのはいいが、この近辺にお住まいで自転車を乗る方はブレーキパッドの摩耗が早いのではなかろうか…



フラットでストレートな線形を取り戻した。
もう大丈夫…再び自転車に跨った。


南小羽山付近では進行方向に対して左側にばかり枝道が目立った。東小羽山地区は市道小羽山中央線が住宅地を貫通しているので、急坂カーブの区間も含めて沢山の十字路が存在する。その殆どすべてが市道で経路や名称も把握はしているのだが、さすがにすべてを紹介しきれない。

しかし北小羽山、南小羽山の市道を紹介していながら東小羽山地区はゼロというのも不公平なので、ある一本の特徴ある路線を代表として走ってきておいた。
小羽山中央線を究めた帰りに撮影してきた
派生記事: 市道東小羽山7号線
おっと…起点は何処かと言うと、先の写真で左側に向かう道だ。
小児科の前を右に向かう道は市道東小羽山10号線である

自転車押し歩きは負荷がかかるし姿勢も制限されるので、普通に歩くより辛い。乗って漕げば風を受けて涼めるから少々の坂でもきつくはない。それほど押し歩きはやりたくないタスクだ。

市道東小羽山7号線、10号線の始まる交差点を過ぎた先に東小羽山バス停がある。
この先バス停がおかしなことになっている。


2区画ほど進んだところでトの字型の分岐がある。
右に見えているのは東小羽山10号線で、先ほどの出発点から東小羽山の端をぐるっと巡ってここへ戻ってくる。この先には東小羽山市営住宅と西山県営住宅があり、出入りする車は結構多い。


分岐路の右側に東小羽山市営住宅が見える。この押しボタン式信号機は去年か一昨年に設置された。そしてその先には…


またバス停がある。
えっ?何で?
さっきのバス停から近すぎないかい?


東小羽山五丁目バス停となっている。ここは先の東小羽山バス停からは2ブロックしか離れていない。しかも最近造られたようで見た目かなり新しい。

反対側にも同じバス停がある。いずれも本当に最近設置されたもので、私はその事情を知っている。


最近のことなのでご存じの方が結構いらっしゃると思うが、かつて東小羽山10号線の終点付近にあったバスの転回場が廃止されたからだ。上の写真でバス停の背後に写っている広い空き地がそうである。

帰り際に反対側から撮影している。歩道を曲げてバス停擦り付けを設置し、転回場との間にあった段差はコンクリート擁壁にしている。いずれも転回場を閉鎖した直後に造られた。
撮影時は意識しなかったのだがコンクリート壁の天端に転がっている松ぼっくりが目立ち過ぎ


押しボタン式信号は、バス停設置より若干遅れて設置された。下り線側のバス停に降りて市住アパートに向かうとき、小羽山中央線を渡りづらいという声があったのだろう。

ターミナルはかなり広く、駐車スペースに困る車が乗り付けて勝手に車を停めていた。それも端の方ならまだしも、バスが転回に用いるループ部分に停車する車もあり、バスの運転手がマイクで警告する場面に遭遇したことがある。
ターミナルが廃止された後は待合室や島状の乗降場は撤去され、アスファルト舗装された一枚の敷地に戻っている。この記事を書く現段階ではまだ遊休地状態で駐車場にすら活用されていない。また、入口部分にはバリカーが設置され車が乗り入れできないようになっている。
この記事を書く現段階ではそのバリカーもなぎ倒されている

ここから市道はやや急な下りになる。設計当初から幅員を確保できなかったのか、全区間で初めて歩道が下り線の片側だけになる。速度を抑制させるための名称が分からない破線ペイントが再び登場する。
元ターミナルの敷地に隣接して高い電波塔らしきものが見える。これはバスターミナル廃止より少し前に建ったと思う。何のためのものかはよく分からない。
携帯会社の電波塔ではなかろうか


緩やかに下っていく市道の途中、右側へ更にきつい下り坂の分岐があることに気付く。
鋼製の門扉が設置され、侵入できないようになっている。


この先は私有地らしいのだが…車でここを通っていて入口から先が気になる方は少なくないだろう。

私有地かも知れないのをさておいて他にちょっと気になる事があったので記事を書いておこう。
…と言っても立入禁止なのでもちろん中には入っていない
派生記事: 東小羽山5丁目の窪地
終点が見えてきた。
先に主要地の案内を行う青看が見えている。


青看のちょっと手前右側に、忘れられかけていたものの存在に気付いた。


美化ピカロード標識である。この路線では初めて見た。
もしかすると他の場所にもあったのを見落としているかも知れない。


楕円形をした独特なこの表示板は、結構多くの認定市道で見かける。一路線に一つと決まっているわけではなく、複数の”里親”が存在する場合もあるようだ。

左折で宇部駅方面、右折で瀬戸原工業団地を案内している。
もう少し近い目標地で言い直せば、左折で1km程度走れば中山観音廣福寺前で県道琴芝際波線と合流し、右折は1.5km程度で国道490号白石交差点に到達する。


市道の終点である。
接続されるのは同じ時期に造られた市道高嶺中山線、通称「テクノロード」である。


テクノロードは市道でありながら今やこの道が通れなくなったら大混乱に陥るに違いないほど重要な路線だ。小羽山中央線との関わりでは、白石交差点方面との相互交通が特に多い。

市道高嶺中山線が左右に横切っているので公道としてはT字路なのだが、市道小羽山中央線の延長上にスポーツクラブ店舗の出入口があるので実質上の十字路を形成している。


交差点の構造上、小羽山中央線を走ってくるドライバーにはどうにも「納得できない」現象が起きる。
スポーツクラブから出てくる直進車が優先
特段の優先規定が明示されない限り、直進車両が優先なのはドライバーの暗黙のルールである。したがって小羽山中央線で右折し白石交差点に向かう流れが殆どメインとも言える位に多いながら、スポーツクラブから出てくる直進車を待ってやらねばならない。
それもこの施設から出てくる車は非常に多く、毎回の信号サイクルで必ず数台ある。小羽山中央線側で信号待ちする車は夕方のラッシュ時など非常に多く、まず一度の信号サイクルでは抜けられない。
この施設に限らず公道に面して直進の出入口を設けたデパートや工場群などは他にも存在するが、交通法規とは言っても公道を走る車が後回しにされる現状にどうも納得いかないものを感じる。

終点より振り返って撮影。
この角地にあるコンビニは2階が建設会社の事務所という変わり種スタイルである。歴史は長く十数年前から今の場所で営業している。


これにて走破。
いやはや…長かった。
実際の自転車走破よりも記事作成の方がはるかに手間がかかった

市道の経路マップは次の通り。


かつてどのような地形であったか想像しつつ経路を分析すると、南小羽山地区では蛇瀬池まで山裾に沿って進んでいる。住宅地は南西に向かって広がっており、この部分を南小羽山線が補完している。丘陵部を削った土を蛇瀬川に押し出す形で造成したのだろう。
起点の小串台が標高30m程度、終点が標高60m程度で、その大部分を蛇瀬橋を渡った先の東小羽山地区で消化している。そこには強引に高低差を解消する道を造るしかない事情があった。

既に沿線には充分に民家や団地が並ぶ現状にあっては、この市道が経路を変えたり拡幅されたりなど手を加えられる余地はまったくない。昭和期の些か強引で地の利を無視した道造りの一例として今後も交通需要をこなし続けることだろう。
ただ、時代は少しずつ車社会から軽車両社会にシフトしつつある。健康作りやレジャーを兼ねた自転車走行や現在検討されている低速走行する超小型自動車が現れたなら、高低差が少なく環境負荷も小さな昔ながらの小道を新規に整備するようなときが来るかも知れない。
東小羽山の急坂を解消するあの黄緑色のルートで自転車道ができないかなぁ…

幼少期には一大居住地域自体が存在せず、高校時代になって遠く離れた山野部に大きな街が形成されたという話を微かに聞くこととなった小羽山。
古くからの友だちや知り合いが皆無なこの地ながら、今では仕事や遊びで週に少なくとも3回はこの道を通る。我ながらここまで関わり合いが深まるとは…という思いもさることながら、事改めて道路やそこに纏わる話題を記事に仕立てるようになるとは、我ながらかつてあった小羽山という地の急変ぶりを上回る大きな変化なのだった。
出典および編集追記:

1.

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