市道岩鼻浜田線・横話【2】

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(「市道岩鼻浜田線・横話【1】」の続き)

《 西宇部線・No.16〜17 》
記事作成日:2014/9/3
本路線の松崎付近で中国電力(株)の送電鉄塔西宇部線が厚東川を横断している。
写真は護岸からNo.16方向の撮影。


送電鉄塔まで物件の対象としていては際限がないとも言えるのだが、西宇部変電所から宇部変電所を連絡する西宇部線は、個人的関わりと独特性がある故に事ある毎にカメラを向けている。一般的事項は総括にまとめて書くとして、この風景は市道を通った回数がそれほど多くない中でも印象に残っているものの一つである。

空中に張られたワイヤの中心真下から撮影している。
一般的にみられる送電鉄塔とは構成が異なっている。


即ち縦3本並びを1セットとして4組張られている。最上部には架空地線2条が設置されている。このタイプは西宇部線の一部区間にしかみられない。
また、写真では分かりづらいが空中に張られたワイヤの高度が通常よりもかなり低い。河川の上で下向きの懸垂線を描いていて、そのもっとも低い部分は護岸の上に立ったときの目線にかなり近く感じられる。

恐らく平成初期あたりまでは西宇部線すべての鉄塔がこのタイプでワイヤの高さもこの程度であった。妻崎開作に建物が多く建つようになると低く垂れ込めるワイヤが高層建築の障害になり、一斉に嵩上げされている。この過程で箱形鉄塔から一般的なジャミラ型に建て直された。
本路線を車で通ることは昔からそう多くはなかったが、他の一般的な送電鉄塔よりも低く設置されたワイヤを見て昔の西宇部線鉄塔を思い起こすのであった。
そんな奇特な記憶を呼び起こせるなんて人は稀だろう…
《 新旧一対の御大典記念碑 》
現地撮影日:2014/1/19
記事作成日:2014/4/3
本路線と市道岩鼻中山線の分岐点付近に一対の御大典記念碑が設置されている。
写真は本路線の山側に設置されている古い石碑を含めた映像。


新しい方の石碑が設置されている場所を示す。


記念碑は本路線を挟んだ両側ほぼ同じ位置に設置されており、起点からみて右側の方が古く、左側は昭和期のものである。

まずは古い方の石碑。
道路面よりかなり山側に設置されている。
この場所の近くには車が停まっていることが多い


御大典記念と刻まれている。
祭りのとき幟を固定するのにも使われているようで側面に2箇所穴が空けられていた。


大正四年十一月十日と読み取れる。
大正天皇即位の礼を記念して建てられたものだろう。
その下の文字は彫りが浅くて読み取れなかった


年号の反対側の面には浜田、松崎と併記してその下に青年會と書かれていた。
地元有志が費用を出し合って設置したのだろう。


反対側、市道岩鼻浜田線の起点側に同様の石碑がある。


同じく御大典記念碑と刻まれているのは同じだが見るからに新しい。
石碑の表面は滑らかで角に欠けがまったくない。


御大典記念碑の文字も明瞭に読み取れる。
L型側溝が石碑を挟むように設置されているので、側溝設置に合わせて若干位置合わせ程度はしているかも知れない。


この御大典記念碑は個人による設置のようである。
裏側には個人名と設置年月が記されていた。


昭和六二年五月吉日となっている。
この年月は今上天皇[1]即位の礼の時期ではないので、石碑の設置年月を現すのだろう。


道を挟んで両側にムラ境を示すような石碑が設置されている事例は広瀬などに見られる。道路の左右に時期の異なる御大典記念碑が存在する事例は今のところ他には知られていない。[2]
《 蛇の道 》
現地撮影日:2014/8/31
記事作成日:2014/9/5
市道岩鼻中山線との分岐点から本路線側の連続カーブ区間は「蛇の道」と勝手呼称されている。
写真は岩鼻中山線の起点にある御大典記念石碑の位置からの撮影。


スタート地点付近を中心にポイントした地図である。
地図ではここから東北東に向かう経路の道だ。


上の地図でも分かるように実際はそれほど酷い「蛇状態」の連続カーブとして表記はされていない。しかし車で通るとき相応なスピードが出ていれば明白なつづら折りカーブとして認識される。センターラインや路側帯は実直にカーブをなぞっているのだが、その通りに運転するドライバーは少ない。対向車さえ居なければ直線的に運転するという人も居る。
自分も何度か経験がある…

分かりやすく撮影するとき被写体に接近するのは基本的な姿勢だ。
しかしこの場合は逆で、蛇カーブに近づくとむしろ分かりづらい。カーブが大人しめになってしまうのである。


蛇状態なカーブを誇張して撮影するためには、運転席から見えるのと同じ条件を作ってやれば良い。ハンドルを握っているときは離れた位置から前方を俯瞰している。したがって被写体に近づくのではなく可能な限り離れた上でズームする。

分岐点付近に立ち、カーブエンドの終点を中心線に見立ててズーム撮影した映像。
かなり分かりやすい蛇である。


屈曲度を誇張するためにわざと視座を下げてズーム撮影している。
実際はそれほどではなくても写真を見れば恰も故意に蛇行させた道のように思える。


この「蛇の道」の存在はかなり以前から知っていた。かつて平原のパルセンターでクラブを運営していた時期、厚南方面へ買い物に行くときこの道を通っていた。数回車で通ればすぐ覚えてしまう印象的な線形だった。
遊び半分で蛇状態が誇張される写真を撮ってFBページへ公開したところ意外な反響があった。この道知ってるという方がかなり見られ、車で通ったことがあるだけではなく私と同じようにセンターラインを跨いで直線的に走ってしまったという読者も散見された。手元に時期の異なる何枚かの写真があるのも、どのような条件で撮影すれば良いか調べるためでもあった。

どうしてこのような奇妙な線形になってしまったかをいろいろ推測することができる。その一つの理由として、かつての海岸線を辿る道だったからではないかとも思える。
本路線は松崎付近では厚東川と岬部分に挟まれた狭い領域を通っており、市道岩鼻中山線との分岐点からは厚東川から離れる。ここから本路線の終点までと市道岩鼻中山線に挟まれた田園地帯は浜田開作として後年整備された部分で、開作以前は満潮時には海水が押し寄せていたと思われる。[3]海水に浸らない程度に汀から離れた場所をなぞって自然発生した道が整備され今の姿になったのだろう。

わざわざここまで足を運んで蛇の道を撮影する奇特な読者が現れるとも思えないのだが…題材としては面白いので撮影するためのチェックポイントをいくつか掲げておこう。
(1) 一にも二にも辛抱と根気が必要。
これは写真だけ見ていても分からないだろう。


本編で書いているかも知れないがこの路線は郊外でありながら交通量がかなり多い。マル一分間でも車や人の往来がまったく無くなるときの方が稀だ。安全な撮影を行うなら車が接近していてはならないし、車が走り去っていく場合でも視界から消えるまで待つ必要がある。
それほど多くはないがカーブの線形内に車が路駐していることがある。その日は撮影を諦めるか時間を変えて出直すしかない。
(2) 撮影は秋口以降の午後が望ましい。
夏場でも撮れないことはないのだが、写真のように路傍に雑草が伸びているので蛇状態の線形が隠されてしまって面白くない。


分岐点に立って蛇の道を眺めた場合、方角としては東になるので西日を背負って撮影することになる午後の方が鮮明に撮れる。
これは反対側からの撮影で、蛇の線形は撮影できるにしても午後からだと逆光になりがちだ。


その他には、
(3) 適度に離れてズーム撮影する。視座も工夫する。
(4) 開始地点と終了地点を結ぶ中央付近に立って撮影する。
などがあるが、実際現地でやってみるとガードレールや電柱が視界に入って立つ位置が制限されることに気付くだろう。

もし「市内の面白い道路の写真を募集しています」のような応募ものがあったら、この場所は活用できそうなポイントである。気付いていないだけで同様の「蛇の道」は他にもいくつかあるだろう。市外では新山口変電所近くを通る県道にも”蛇区間”があることを知っている。逆にくねくね曲がっている道を潔きとせず直線的な道が欲しいなら、ここから自転車一漕ぎで行ける市道沖ノ旦串線がお勧めだろう。

(「市道岩鼻浜田線・横話【3】」へ続く)
出典および編集追記:

1. この記事を執筆・公開している現時点においての表現なので、将来的には変わるときが来る。詳しくは「Wikipedia - 今上天皇」を参照。

2. 同時期に設置された例としては床波に存在する。

3. 開作された田園地帯の標高は現在も厚東川河川敷とあまり変わらない。このため市道岩鼻中山線との分岐点付近に潮止め用の樋門が存在する。

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