市道岩鼻中山線

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現地踏査日:2014/1/19
記事公開日:2014/4/5
市道岩鼻中山線は、主要な道となる市道岩鼻浜田線の途中から分岐して厚東川左岸に沿って沖ノ旦付近に至る市道である。

起点を地図で示す。


この場所から分岐する道は一つなので経路はほぼ理解できるだろう。車で岩鼻と沖ノ旦を往来したことのあるドライバーなら通ったこともある道だろう。

厚東川の土手に沿うこの道は以前からあったと思う。整理番号が894番なので市道としての認定時期は割と最近のようである。そして車の通行もここ最近になって急増した。その理由は私の知る限り、
つい最近になって全線が舗装された
からと思われる。
残念ながら未舗装路状態の写真は撮っていない。しかしどの区間がそうだったかは覚えている。新興住宅地向けの工事が行われている場所から終点付近までがそうだった。
岩鼻から沖ノ旦方面へ向かう車は、以前は市道岩鼻浜田線と市道平原浜田線を経由し浜田橋のところから県道に合流していた。しかし近年はかなりの車が本路線を選択している。地図で見ても明らかなショートカットになっているし、浜田橋までの道が狭く県道合流点の信号待ちが長いからである。

起点の様子。
センターラインがなく軽四同士でも充分に減速してどうにか可能という幅だ。


メインの道である市道岩鼻浜田線からは斜めに分岐している。
この分岐点に割と新しい石碑が据えられている。


石碑は市道岩鼻浜田線に対して両側にあり、設置時期が異なる。詳しくは以下の派生記事を参照。
派生記事: 新旧一対の御大典記念碑
スタート直後、路面は厚東川護岸の高さまで少し上昇する。土手を通る道なので見晴らしは極めて良い。
右側に見える樋門は浜田開作の潮留めの設備だ。
写真には撮ったが派生記事にするほどでもないだろう…説明は割愛する


土手上の道なので特に語るべきことは何もない。
後で述べるように通るタイミングによっては秀逸な景色が観られるのだが…


ここらで振り返った映像も載せておこう。


西宇部線の鉄塔が松崎の丘を越えて伸びている。
この景色は昭和30年代半ばから変わっていない筈だ。


この辺りは浜田開作により陸地化された場所で、江戸期頃までは海水も入り交じる地だったと思われる。現在の土手で仕切って干拓したので、内側の田畑が厚東川の流下面とあまり変わらない高さにある。

本路線とは恐らく関係ないと思われるが、土手の途中に奇妙な台上の土地がある。


少し手前から撮影している。
低い田畑へ降りていく道は出っ張った領域を避けるような形になっている。


道路と敷地の間には縄張りがされているので、恐らく私有地だろう。ここだけ台上になっている理由が分からない。かつては小屋のようなものでもあったのだろうか。

線形はこの先の厚東川を渡った場所にある市道沖ノ旦串線のような真っ直線ではなく、土手の形状に合わせて若干揺らいでいる。


土手の途中には河川敷へ降りる階段が設置され、その場所だけはガードレールが切ってある。
蜆採りする人々はこういった場所から胴長靴装備で川へ降りていく。
現在でも採取している人々の姿をよく見かける


道路の方は変わった景観はないが、厚東川の方で少々言及すべき場所があった。


この辺りで川幅が広くなり、別の水系が注いでいる。
中山川の合流地点である。


中山川が上流から運んでくる土砂が堆積するからか、干潮時には水上に現れる干潟となっている。
羽根を持った生物のみが到達することのできる楽園でもある。

冒頭の国土地理院地図でも示されるように、中山川の接続状況はちょっと奇妙なことになっている。下中山あたりから北へ向かって流れていながら、本路線の終点付近でなぜか直角に向きを変えて厚東川の下流へ向いて接続されているのである。
浜田は開作により生まれた地だから、下中山から下流部分の中山川は人為的に設定された流路だろう。干拓地の南側を通さなかったのは、川の増水によって開作地が影響を受けるのを避けるためではないかと想像される。
この辺りの記述は中山川の項目を作成した折りには移動する

対岸に中山川の造る砂州が見え始める。
この砂州あたりは昔からの地形のようだ。


道路の方は中山川の砂州が見える頃、道幅が倍くらいに拡がる。


近くでは撮影していないが、上の写真でも道路幅が拡がる場所に舗装の継ぎ目がみられるだろう。
以前はこの広くなる区間から先が砂利道状態だった。

この場所は帰りに振り返って撮影している。
終点側から来たときはここで半分くらいに狭まるので転落防止のガードレールが設置されている。
未舗装時代からあったかどうかは分からない


この辺りは市道沿いに住宅が建ち並んでいる。カメラを構えるとどうしても家並みが入ってしまうため写真を撮っていない。

私が初めてこの道を通ったのは、活動拠点を市街地へ移して自転車を乗り回すようになった時期だった。常盤用水路の経路を調べに幾度も沖ノ旦や末信方面に出かけていた頃と思う。近道になりそうだと思って乗り入れたところ未舗装だったのでそれ以後暫く通らなかった記憶がある。砂利道は乗り心地が悪いし、タイヤの空気圧が少ない状態ではパンクしやすいからである。[1]だからいつ舗装されたのか正確な時期は分からない。道路沿いの新興住宅が一通り建ち並んだ後舗装されたように思う。
未舗装部分は県道側からも見えていて、晴れれば埃っぽいし雨だと水溜まりが出来るので車でも通りたくない道だった。今でも快適とは言いづらいがすべて舗装されるとこれほどまでに交通量が変わるのかと思わされるほどだ。

終点を前に宇部高千帆線の送電鉄塔の下をくぐる。
充分な道幅があるためか中山川との間にガードレールは設置されていない。


交通量の多い県道琴芝際波線に出てくる。
その手前で中山川を渡る。


橋と言ってもコンクリート床版のありきたりな形式で特徴はない。むしろ特徴的なのは橋の名称だ。
詳細は派生記事に書いた。
派生記事: 長徳橋
長徳橋を渡って県道に出るまでの短い間に左へ中山川沿いに下る道がある。この道沿いに庚申塚を見つけた。本路線から若干離れているが同時期に見つけたので派生記事を作成した。
派生記事: 長徳橋右岸付近の庚申塚
県道到着にて終点である。
車の出入りが結構多いので、終点から振り返っての写真は撮影していない。
撮影できたなら写真を補充する予定である

仕事でこの区間を通る用事がないので、車でこの道を通ったことは数えるほどしかない。専ら自転車でショートカット目的で利用している。それも終点側から帰り道として利用することが多い。
厚南方面からアジトへ帰るとき、自転車での選択経路は市道上条金山線の小さな峠越えか岩鼻駅前を通るどちらかである。峠越えは距離を切り詰められるが余力が必要だ。かなり疲れているときは、少々距離が伸びても岩鼻駅前経由を通ることが多い。その折りに本路線が選択される。

舗装され近道になった本路線にも自転車で通ると気付く難点がいくつかある。車の交通量が多いのでしばしば背後から追い立てられること、障害物のない土手の道は風向きによってはかなりきついことだ。
見通しの効く道なのでどの車も相応に飛ばしている。土手区間はそれほど幅もないのに自転車一台如きで充分減速する車などそう居ない。
風の問題はまったくの運任せだ。海側から吹き上がってくる風向きのときは漕ぐのに疲れる上に帽子も飛ばされかねず、峠越えを選択すれば良かったと後悔することも多い。

ただ、夕暮れ時に本路線を通れば秀麗な景色に出会えることがある。今までも数回この風景に出会い、自転車を停めて何度も撮影してきた。最後に派生記事としてまとめて載せておこう。
派生記事: 夕暮れ時の厚東川
末信方面の踏査の折りには今後とも自転車でお世話になりそうな路線である。

【路線データ】

名称市道岩鼻中山線
路線番号894
起点市道岩鼻浜田線・分岐点
終点県道琴芝際波線・長徳橋
延長約500m
通行制限特になし。
備考平成24年頃に全線舗装完了

延長など各データの正確性は保証できません。参考資料とお考えください
出典および編集追記:

1. 初代自転車が壊れて2代目(現在使用)のを買った直後、市道沖ノ旦末信持世寺線を走っていて徐々に空気が抜けるパンクに見舞われた。このとき空気が抜けるまで大急ぎで走ったものの沖ノ旦橋付近でフラット状態になり、そこからは本路線を経由して小松原まで押し歩きしている。

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