写真は恩田交差点付近。
現在の経路を地理院地図に重ね描きした画像を示す。●は起点、矢印は終点を表している。
(経路のGeoJSONデータは こちら
)
路線番号が800番台であることから、経路と路線の認定は昭和末期か平成期に入ってからである。しかし道路そのものは恩田を経て八王子方面に向かう道が戦後整備されたときのもので時期としては古い。現在は神原付近より則貞や亀浦など市東部に向かうには一つ東側の市道神原町草江線を通るが、その区間ができたのは昭和後期だった。
このため現在でも恩田交差点と言えば本路線と国道190号の交わる十字路を指す。恩田バス停もこの交差点付近にある。交通量の多い神原町草江線が国道に交わる十字路には公的な交差点名がなく、暫定的に恩田東交差点と呼ばれることが多い。
クルマ社会に向かう初期に整備された道のため、歩行者や自転車の通行が考慮されていない。センターラインはあるが車線幅が狭く、歩道も片側のみで自転車が通行できる自歩道の幅(2.0m以上)を満たしていない。これは終点から先の恩田八王子線も同様である。神原付近から八王子方面に向かうには最短距離となるため交通量は多い。八王子方面へのバス路線があり、国道190号とは別の本路線側に恩田バス停が存在する。
《 個人的関わり 》
草江駅横を通り山口宇部空港に直結する神原町草江線(都市計画道路鍋倉草江線)が整備されるまでは、自宅から車で神原交差点を経由するときかならず通る道だった。昭和後期まで本路線の起点から現在の恩田東交差点を結ぶ区間ができておらず、草江駅に向かうには恩田交差点を経由して左折し、次の枝道から右折するしかなかった。恩田の家は右折後にすぐ分岐する市道長沢源山線沿いだったので、今からすれば遠回りな経路だった。ただし現在の恩田東交差点から野球場の裏手へ直進する細い道(現在は市道神原町草江線の枝線)があったので、高校時代に自転車通学するときは国道を横断して恩田則貞線に出る近道を通っていた。私が大学生の頃か卒業して間もない時期に恩田東交差点までの区間ができたので、後に就職して自分の車を運転して出社するときは本路線を通る必要がなくなっていた。
《 記事公開後の変化 》
《 関連記事リンク 》
初めて本路線を撮影したときの全区間の踏査レポート。単巻。以前の一般記事を時系列記事に降格している。
時系列記事: 市道恩田線【1】(2012/5/5)
出典および編集追記:
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