お知らせの履歴・2019年

トップページに掲載されたお知らせ履歴です。
以前掲載していたものを確認するための自分用データです

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「地旅」秋バージョンに参加しました。
参加者自らの足で対象地区を歩き、観察する宇部市観光コンベンション協会主催の地旅(じたび)第一弾に続き、先月28日に第二弾が開催されました。写真は松巌園で紅葉を愛でる参加者です。


行程は第一弾と同じですが、今回は島地区に遺る桃色レンガの小径を辿る部分が強化され、第一弾より10分ほど多く時間が割り当てられました。第一弾開催時は終日大雨で配布したマップを開いて頂くこともままならない状況でしたが、今回は散策時には雨が降ることもなく予定された通りをすべて案内できました。これに先立ち、前々日までに参加者へ配布するマップを局長宅で作成しました。

散策では第一弾に案内した勝手呼称「庶民の石畳坂」の他に、旧入江家宅にみられる精密な石積みと旧郷土資料館に仮置きされている新川橋の親柱に案内しました。奇跡的な救出劇からもう4年目になり、視界から遠ざかると記憶も色褪せてきます。しかし最近この親柱に関して再度の聞き取り調査し、表舞台に出しても何ら問題ない状況にあることが確認できました。以前は知る人ぞ知る状態で披露していましたが、そろそろ一連の時系列を公開し、今後の”里帰り計画”についてもメンバーの考えを提示しようと思っています。

3時に国際ホテル内のカメリアでパンケーキを頂き、最後に渡邊翁記念会館のバックヤードツアーへ参加者と観てきました。この段階で第一弾と同じくまたしても雨に見舞われ、屋上に出ることができませんでした。担当者の中には晴女(はれじょ)サンがいらっしゃったのに残念なことでありますが…

今回の開催は時間配分の考慮や解説の内容に重みと深みが出て、第一弾よりも更に満足度の高いガイドが出来たものと実感しています。第一弾と共に参加者募集の案内がされるや短時間で定員満杯になったことからも窺えます。現地の写真付き解説は宇部観光コンベンション協会から公開されています。[1] 私もFBページから投稿しましたが、その記事も含めてシェア配信されています。[2]
出典および編集追記:

1.「FBページ|宇部観光コンベンション協会 松巌園
FBページ|宇部観光コンベンション協会 桃色レンガの小径と渡邊翁記念会館
2.「FBページ|宇部観光コンベンション協会 宇部マニアックス シェア記事」」
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どんどん情報が繋がっていきます。
今月の22日、今年限定の即位礼正殿の儀で祝日だったこの日に湖水ホールで石炭記念館開館50周年の記念イベントが開催されました。最初に鹿児島大学の三浦准教授による基調講演が行われ、続いて筑豊炭田と宇部との関連性についてのパネルディスカッションがありました。写真は基調講演の様子です。


三浦教授は私も所属している渡邊塾メンバーの一人で、塾内では「博士」と呼ばれています。この日の講演に先立ち、前日21日には市内のある場所で会合を開き、博士の基調講演と塾長のパネルディスカッションで論じる点に重複が起きないよう事前の確認が行われました。その日が渡邊塾メンバー久し振りの再会となったのですが、記念イベントの最後で4人揃った記念撮影を行いました。

私自身は炭鉱についての詳細は殆ど知識に持ち合わせません。当サイトの記事でも個別の炭鉱について記述した部分が少ないことから窺えると思います。絶対数は少なくなりながらもまだ当時を詳しくする語り部の存在があり、また専門的に研究している人も多いので私が後追いで着手するよりは未だ評価されていない他の分野に注力する方が良いだろうという考えからです。

したがって沖見初炭鉱が宇部市において例外的に地元外資本で経営された特異な炭鉱であったということは、博士の講演によって初めて知るところとなりました。それだけで私にとって一つの進歩的成果と言えるのですが…思いがけないところでの情報連結がありました。

先日、沖見初炭鉱時代を知る方から匿名の情報が寄せられ、当サイトで未解決物件の一つとしていた岬明神川の下流にみられるレンガ巻き隧道が同炭鉱時代に造られたものであることが判明しました。博士の講演で題材になった場所であり、今のタイミングであの未解決物件が沖見初炭鉱関連のものだったという情報が届くのも偶然に過ぎるので、情報提供者は基調講演の聴講に来ていらっしゃった方かも知れないと思いました。

レンガ巻き隧道はトンネルというよりは最初期の汚水管であり、実際現在も大変に汚染された状態です。しかし当時を遺す殆ど唯一の遺構という点で貴重なので大幅な改変がされることなくそのままになっているのでしょう。今月末に Vol.41 として配信されたコラム題材ともあわせて市上下水道局に”今よりは良い状態での保存”を提言したいと思っています。

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やっと気候が良くなりました。
「便りの無いのは良い便り」という些か逆説的な諺が昔からあります。当サイトもマル一ヶ月新着記事を公開しませんでしたが、何もないからとサボってたわけでもなく、むしろ逆に活動しまくっていました。先月21日には渡邊翁記念会館で開催された音楽イベントに出席していましたし、月が変わって10月入りしてからはあちこちに出かけて写真を撮りまくっていました。

最近あったイベントとしては、この5日に真締川ミズベリングを観に行ってそのまま自転車で遠出しています。


ミズベリングで20分くらい過ごし、その後約1時間もかけて弥生道路周辺の写真撮り直しを行ってから山陽小野田市のきらら浜まで行ってきました。さすがにちょっとくたびれてその日の夜は早寝したものの翌日には体力を取り戻し、今度はシンボルロードで行われていたイベントの取材に行っています。このときも自転車でした。

気温が充分に低く風も弱ければ、自転車での移動は題材採取には本当に有益です。暑い時期の題材採取はクルマを使いましたが、そうすると何処へ停めるかといった面倒な問題が常について回ります。キチンと自歩道が確保されているエリアなら、連動しない信号だらけな道路をクルマで実直に走るより自転車の方が断然早く快適です。汗をかいた端から蒸発してくれるので疲れません。

夏場は自転車どころかクルマを含めて外出すること自体が億劫と言うより苦痛でした。短時間の外出でも熱中症対策でお茶入りペットボトルが要るし、数十分外出しただけでもシャツが汗びっしょりで着替えなければならない状況でした。年々、夏の暑さが苦痛になってもこの状況は酷くなる一方でしょうから、来年以降も夏場は出歩かずエアコンを効かせた空間で記事制作、涼しくなったら外で物件探索と写真の再撮影というスケジュールになるでしょう。

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巡回家庭教師を再開しています。
「宇部マニさんって一体何やってる人なの?」って思われてしまいそうですが、表題の通りです。つい最近始めたってのでもなく先月の中旬から始めることとなりました。市内の中学生で、英数の基礎固めと高校の受験対策も含めて取り組んでいます。


きっかけは全く予期しない携帯への電話からでした。遙か昔の昔、まだ社会人になる以前の大学生時代には学校の教諭になる方針でいました。大学の2回生あたりから知り合いの紹介で生徒を教え始め、意外にも口コミでうちも来て欲しいという声が相次いで夕方を中心に生徒宅を訪問して回っていました。もしかすると学生時代ながら収入は現在よりも上だったかも知れません。

生徒が卒業するとそこで訪問は終了します。継続して生徒を教え続けていたいという供給と、個人教育を重視して塾ではなく家に教えに来て欲しいという需要が存在し、それを擦り合わせる家庭教師派遣業というものが現れ始めた頃でした。私も当時まだ市内に支部があったある業者に登録し生徒を回して頂きました。大学生は殆どフリーな身ですから、紹介のあった生徒は断らずすべて引き受けました。一週間に10人くらいの生徒宅を巡回していた時期もあります。その頃から単なる家庭教師ではなく「巡回家庭教師」を自称していました。

さて、先月の上旬に突然、この業者から私の携帯に電話がありました。市内のある地区の中学生で英数を教えて欲しいという依頼があったのです。携帯番号を変えていなかったためまだ登録が残っていたようです。去年を含めて数年前にも電話がかかってきたことはあり、その時も請ける態度は示していましたが、生徒の希望曜日が合わなかったので実現に至っていませんでした。

嫌いでやりたくなかったり、あるいは要望されている以上のサービスを提供できないなら普通は断ります。現在は昔と比べてカリキュラムも価値観も異なっていますが、授業を求められていて自分の方針で進める教育手法を理解して頂けるなら断る理由がありません。求められている労働力を含めた需要は、可能であるならば供給するのが自然です。派遣会社側も私が現役から相当離れていることは理解していて、生徒宅で希望される好きな方針でやって良いという話でした。

中学生の英数を教えるわけですから、当たり前ですが当該科目に関しては教授できるだけの知識だけでなく要領も体得しています。受け身でなく自ら仕事を追い求め、ときに自力で生徒を開拓し、生業に繋げていた私にとって最初の業務とも言えます。そして後年になって気付いたことに、これらはまったく独立した仕事というわけではなく根っこの部分で繋がっています。広義には「何かのスキルや知見を得るために、それまで自分自身が獲得してきた経験を元に、相手が誰であろうが持ち合わせている既存の情報に繋げて理解を深めていくこと」です。この表現で、巡回家庭教師業はもちろんコラム執筆を含めた宇部マニ的活動のすべてが包括されます。

興味や好奇心を刺激することは、新たな知識を獲得する大きな助けとなります。一般に言う「勉強なんてつまらない」「地元には見るべき観光資源なんて何もない」から、如何に知的好奇心を刺激して人々の見方を変えていくことに共通しています。

市の定例業務は年々業務内容が少なくなっており、この方面での収入は将来的にゼロとなるのが予想されます。経済面での生活水準は今や過去最低まで落ち込んでいますが、今すぐ更なる生徒開拓などと鼻息を荒げている状況ではありません。ただ、今回のように業務を求められ、提供されるサービス水準に満足され継続を求められるなら何処にでも出向くことでしょう。

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近年ない程に生産性が低下しています。
このホームページだけの問題ではなく、FBページの投稿から題材採取から写真の撮り直しから…殆どあらゆる活動が極度に落ち込んでいます。FBページの投稿も最近は一日おきでも投稿すればまだ良い方で、数日間放置ということもあります。

デジカメで撮影された画像は、題材・非題材を問わずすべて分類され統計が取られています。撮影された画像のおよそ2〜3割が削除されるのは月単位でみても何処もほぼ同様ですが、撮影枚数が極度に落ちています。収入申告などで忙しかったのか2月は4千枚まで落ち込んでいるものの6月頃までは毎月5〜6千枚もの撮影を行っています。7月度は4千枚キープできているものの、8月は今日でほぼ半月経過しているのに撮影枚数は900枚にも満たない少なさです。

今年は梅雨明けが去年より遅く、それまで比較的低温で推移していました。それが梅雨明け途端に気温が猛烈に上がっています。最近は殆どまったく自転車で外出していません。それどころか車ですら外出を控えています。この間に8月入りしてまったくつまらないことで体調を崩し、一時は机に向かうこともベッドで横になることもできない状況で、もしかするとひとたび寝入ってしまうとこのまま永遠に目が覚めなくなるのかもと思える程に体調に自信を喪失していました。

遺憾ながらやはりこの地の夏場は壮絶です。殊に午後は西日がモロに当たり続けるせいか、対処しなければ室温が40度でも50度でも上昇してしまいそうな塩梅です。外にすだれを降ろし、断熱のシールドを窓の内側に貼り付けて厚手のカーテンを降ろしています。それでも温められた日差しが強烈で、エアコンで対処されていない室内空間は翌朝まで室温が下がりません。窓にシールドをすると部屋が真っ暗になるので、午後からは昼間でも部屋の電気を点けて作業する有様です。

そこへ来て、明日の15日は恐らく日本じゅうの誰もが歓迎していない台風10号の襲撃を受けます。明日は墓参りに行くから午前中に来てくれと言われていて今から憂鬱です。天候次第では家から安全に出られなくなるでしょう。観光地では一番の稼ぎ時に殆どのイベントが中止に追い込まれ、交通機関も早々に欠航アナウンスが続出しています。

2年位前だったでしょうか。渡邊翁記念会館で予定されていた音楽祭のまさにその当日に台風が襲来し、音楽会からその後の茶話会まですべてをぶち壊してくれました。タイムリーに来る台風は涼しさをもたらしたり恵みの雨を呼び寄せてくれますが、日本全国大抵の地域では既に降雨で十分に潤っています。明日は台風の影響で1,000ミリ近い降雨量が予測されている地域もあり、ほぼ間違いなく何処かで土砂災害が起きるレベルです。この極端にヴォラタイルな気象も人間活動が引き起こしたものとすれば、誰しも甘受しなければならないでしょう。この変化に対応できない生命体の先には滅亡あるのみです。

まだもう1ヶ月くらい最高気温が30度を下回らない日々が続くと思うと憂鬱なものがあります。作業が進まずアウトプットが十分できていないのは全面的に私の責任ですが、この忌々しい天気は私の責任ではなく人類の責任であります。地域性はあれど誰しも遍く降りかかる種の災いなので、私は抗うことなく気候が良くなるまで流されるまま怠けていようと思います。あまりにも暑すぎて何もする気が起きません。暑さに起因する例の疾病は、無理やり薬で抑え込んでいます。何もしたくないと思うときは無理せず何もしません。ご了承くださいませ。

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Yahoo!ブログ対策を進めています。
既に数ヶ月前からアナウンスされていたことですが、Yahoo!ブログが今年の12月中旬に終了します。[1]最近はFacebookでの投稿が殆どでYahoo!ブログはコメントのチェックを行わなくなり、Tポイントの付与が終わってからは放置状態になっていました。

投稿や閲覧を行わなくなったことでブログ繋がりの人間関係は消失しましたが、重要な記事の移行は必要です。ブログの可読性が悪いことは早くから認識されていて、ホームページを作成してからはブログ側で記述することがなくなっただけではなく既に作成していたブログ記事もホームページ側へ移動し、ブログ記事を削除しています。それでもなお移行しきれていない記事は膨大です。

一昨日25日より本格的なデータ吸い出し作業を続けています。いくつかの方法を試した後、もっとも効率的で後からデータの使い回しが容易な手法で書庫ごとにデータを保存しています。今の時点で2,169本の記事が作成されているもののページ単位で保存することでファイル数を500程度に抑えることができそうです。まだこちらのホームページ側で記事化されていない面白いレポートもあるので、効率よく変換する方法が分かれば一斉に公開できるかも知れません。

今月の始めよりブログの移行ツールが提供開始されました。ツールを使えば現在も運営されている4社のブログどれかに移行できますが、まだ何処にするか決めていません。FBのようなSNSとは異なりまったく見ず知らずながら同じ興味を共有する人々が繋がり合えるブログというサービス独自の強みは評価できますが、いずれまた閉鎖や統合されるかも知れないサービスへ移行すると後々でまた面倒な作業が必要になります。それ故にデータの抽出のみ行って他社ブログへ移行せず終了させることも考えています。

現在運営しているFBとて、別会社と統合するなどでURLが変わってアクセスできなくなるリスクがあります。いや、必ずそうなるでしょう。テンポの早い今の世ならあと10年先にFBが今のままサービス提供している可能性はゼロと思います。OneDrive からサイバー国土(地理院地図の前身)から程度の差はあれみんな変更があって予想外の挙動を示すようになったのです。Google sv や YouTube 動画も設定されたURLからアクセスできなくなる日が必ず来ると考え、なるべく外部データに依存せずパーツごとの管理が容易な形式を中心にデータ作成したいと思います。
出典および編集追記:

1.「Yahoo!ブログサービス終了のお知らせ
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「用語集」に何でもかんでも記述しています。
当サイトに掲載された記事は、後に公開し続けることに問題アリと判断され撤回されるまでは存置し続けます。その項目に変化があれば既存のファイルに編集追記されます。場合によっては新規に造り直されることもあります。ファイルがまだなければ新たに作られます。この場合は記述量が相当あることが前提となります。

それほどの記述量がないけれども特筆すべき事項があるときは、以前は本体記事に付随した派生記事なるものを作ってそこへ押し込んでいました。いわゆる相載せ記事です。そこから記述量が増えたものは順次独立記事にしていました。そうなると本体記事がなく単独で記録しておきたい項目がでてきたとき問題となります。

単純に独立記事を作っておく手がありますが、次にカテゴリ分類をどうするかがあります。当サイトも大元は用水路と工業用水やダム関連に限定されていたものが、何となく道路や河川などに拡がり、現在では初期には「カテゴリがないので」と断り書きを入れつつ書いていた公園や建物カテゴリまで整備されています。むしろ記述量や記事本数では他のカテゴリより多いくらいです。

ある記事をどのカテゴリへ収録すべきかは重要な問題でありながら、そこに拘泥し過ぎると記述が進まない事実があります。そこで派生記事の延長策として、無カテゴリ項目を用語集にまとめて収録することにしました。用語集は五十音順に配列されているので、項目一覧から探すことができます。こうして記述のみ先行して蓄積しておき、後からカテゴリを考えてそれが確定したなら用語集側にはリダイレクトのリンクを残せば解決します。

たまさか既存のカテゴリに見当たらない項目があるかも知れません。固定されたキーワードから記事を読むのではなく、用語一覧に提示された項目から当サイト管理人の考え方などを知ることができます。これは未だ満足に作成されていないプロフィールを最初から完全な形で作成するのが困難なので、用語集に仮記述しておいてあとから統合する意図もあります。

既に案内されていたように、用語集はフレーム形式で作成しています。何か探したい言葉が分かっている場合は冒頭の五十音から、全リストを眺めるなら全項目表示から閲覧できます。
インデックス: 用語集
項目を増やすのは既存の五十音ファイルに追加するだけで極めて容易なので、説明が必要な用語が何度か現れた都度追加しています。特に記述量が増えた項目は、同じカテゴリ内で独立記事に移行しています。個別記事の編集追記に次いで当サイトでは現時点でもっとも更新頻度が高い部分となっています。ここで自分の考え方をまとめつついずれ統合してプロフィール作成する予定です。

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山口大学医学部附属病院の内覧会に参加しました。
5月18日の午後2時より、山口大学医学部附属病院の新病棟(A棟)竣工内覧会に行ってきました。この内覧会は来月24日からの開院に先だって一般向けに内部を公開されるもので、申し込みなしで誰でも見学可能でした。[1]

当初の個人的な参加目的は、病院にある最先端の医療機器を視察するというよりも単純な高所からの遠望でした。8階の小児科病棟まで登れるので、普段ならまず行くことができない場所からの市街部遠望を撮影できるからです。公開開始時刻をやや過ぎて現地を訪れたところ、もの凄い参加者でした。受付で署名し資料を頂いた後、上層階へ登るエレベーターが順番待ち状態でした。

配布された資料では、見学コース内での写真やビデオ撮影を認める旨の付記がありました。しかし令和は情報共有の時代です。撮った画像を一人で握っていてもしょうがないので、SNSなどで公開しても良いかも確認して担当者から問題ないとの回答を頂いています。

普通なら撮影どころか間近に観ることも困難なので、主要な場所では丁寧に撮影しておきました。写真は手術室内部の映像です。入室はできないので入口からカメラを構えて撮っています。


最新鋭の機器は殆ど何が何だか分かりませんでしたが、小児科病棟の設計にはこれからの病院が持つべきコンセプトが明白に窺えました。ともすれば今までの病院は「病気を治すところ」に終始し、それ以外の物理面・心理面での配慮が置き去りにされていました。随所に気持ちを和ませるイラストが掲げられていたり、子どもが親しみを持てる仕掛けが備わったりしていました。

8階からの眺めは秀逸でしたが、雨の降り出しそうな空模様で光量が少なく窓越しの撮影だったため、あまり明瞭には撮影できませんでした。高所からの映像はドローンの方が精密に撮影できますが、今後は市街部でそれらを操縦することは殆ど不可能であり、物理的に高い場所から撮影する手法はアナログながらも今なお重要です。

アジトへ帰宅後、院内での撮影画像のダイジェストを[2]に、各階ごとの主要な画像を自分のタイムライン[3]に公開しました。およそ宇部マニ的物件報告とはかけ離れた題材なものの大変な反響があり、ダイジェストの閲覧数は今朝の時点で900件を超えています。

医療機器などにまったく知見がなく私が解説できることは皆無ですが、写真の撮影と公開が自由であると明言されていること、普段はなかなか見られない貴重な映像情報になる可能性もあるので、余力があれば時系列記事を作成するかも知れません。当面は[3]をご覧ください。各階の画像を載せた一連の投稿は外部公開に設定しているのでどなたでもご覧になれます。
出典および編集追記:

1.「山口大学医学部附属病院|新病棟(A棟)竣工内覧会

2.「FBページ|2019/5/18の投稿

3.「3階集中治療部」「4階手術部」「8階小児科」「1階オーディトリアム
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「地旅(じたび)」第一弾にサポート役として参加しました。
4月29日の午後1時より、一般社団法人宇部観光コンベンション協会(以下USCAと略記)による「桃色レンガの小径と藤が咲き誇る松巌園」プログラムに現地案内役として参加してきました。

USCAと言えば、観光バスを使って普段は通行できない興産道路を通って工場などを見学する社会派ツアーが有名です。しかし今回はバスなどの交通機関をまったく使わない代わりに、徒歩で移動可能なエリアの見どころを巡るまったく新しい切り口の観光ツアーです。具体的には渡辺翁記念会館に集合し、そこから歩いて数分のところにある渡邊祐策翁の生誕地である島の松巌園を訪ね、島地区に今も遺る里道を散策して休憩所でおやつを頂き、渡辺翁記念会館へ戻って館内の普段は公開されない場所を見学するという内容でした。

このような種のツアーは全く新しいというものでもなく、実のところ島地区の里道歩きではうべ探検博覧会のプログラムで私が先鞭を付けています。更に以前にも同種の企画を考え実行した方があるかも知れませんが、USCAがこの種のツアーを手掛けるのはかなり思い切った試みでした。

このツアーの素案は最初、渡邊塾の塾長にもたらされました。そこでUSCAから参加者の足で歩くタイプのツアーを考えていることを聞かされ、コンセプトが一致することから協力しようではないかという提案がありました。このときに地旅(じたび)というキーワードが提唱されています。この語は恐らくまだUSCAで正規には用いられていません。

ツアーにおける説明やガイドは、一般財団法人宇部市文化創造財団の管理である渡辺翁記念会館での案内や説明を除いて、殆ど全面的に渡邊塾メンバーが行っています。松巌園の藤棚や渡邊祐策翁が建てた簡素な離れに展示された資料の説明は塾長が行い、歴史的分野に関して局長が追加説明を行いました。写真は松巌園での解説の一コマです。


私は集合場所から松巌園に向かうまでの市道島線にある石畳道の成り立ちと、松巌園から休憩地に歩くまでの間にある庶民の石畳坂について案内しました。また、現地が大きく変わっている場所は、元がどうだったか分かるように改変前の写真を載せたマップを配布しています。

遺憾ながら当時は終日雨で、このことは一週間以上前から予報されていました。それでも実施時間内は雨が降るだけでしたが、終了後は猛烈な雨に風が吹きまくる嵐の様相でした。そんな荒天でありながら驚いたことは、参加予定者の15名のうち一人もキャンセルや欠席がなく、更に集合時間の10分前までに全員が揃ったことです。集合場所で待ち続ける理由がなく、予定より若干早くスタートしました。このため説明に十分な時間を割いてもなお休憩所到着まで時間的余裕ができる状態でした。

USCA側としても充分な手応えを感じたようで、既に秋口の紅葉の時期をみて同種の内容の地旅催行が確定しています。これとは別に、塾長から例えば真締川沿いに辿って現地にある橋や遺構を訪ね、はるか昔に撮影されたモノクロ写真の資料と共にエスコートするのはどうかというプログラム案が出されています。個人企画では版権の問題があって二次使用が困難な昔の写真もUSCAを通した企画であれば容易になると思われるので、同種の地旅企画が広がる余地は充分にあります。

個人的には天候の理由もあり、表題にあるような桃色レンガの小径散策が充分にできなかった反省点があります。桃色レンガに関する題材についてはコラムでの紹介(例えばVol.27「桃色レンガと珪化木」)や山口ケーブルビジョン「にんげんのGO!」でも床波地区のものを紹介しており、当サイトでも物件の構成要素である素材としての記事化を考えています。予備知識を仕込んだ上で散策による現地確認を行えば、更に味わい深い地旅が可能になるでしょう。

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未来永劫続くサイトは存在しない。
さて、久し振りにYahoo!ブログでFBの仕様に関する批判的記事でも書こうか…と思ってブログトップへ移動したところ、年内一杯にもYahoo!ブログが完全に終焉する旨のアナウンスがあったことを知りました。
外部記事: Yahoo!ブログサービス終了のお知らせ
上のお知らせもYahoo!ブログの公式アカウントから発信されているので、今年の年末までには閲覧できなくなります。

最近はYahoo!ブログでの記事を殆ど書いていません。最新の記事ですら2017年11月末のものなので、閉鎖アナウンスは些か寝耳にミミズ(?)とは言え近年のSNSの隆盛振りをみれば予測はつきました。

公開されている記事をゴッソリとアーカイブするなら、限定された範囲でリンクを辿って得られるデータを保存するツールがあります。過去にはそれを数回運用してバックアップは取ってあります。しかしファンのみ公開や一旦公開したものの後にフォルダごとまとめて非公開に変更した記事もかなりあり、それらは一旦可視状態にして再度ツールを使うか、手動で表示させて1ページ毎保存するしかありません。いずれにしても面倒なことです。

先ほど自分の記事を編集しようと開いたところ、国土地理院の旧来版の埋め込み地図もサービスを終了し表示されなくなっていることに気付きました。このように外部サイトは機嫌良く機能してくれている間はいいけど、いつの日かサービスが終了し旧来のURLはリダイレクト処理もしてくれなくなるのが本当に残念なことです。これがあるから記事を構成するパーツは、できるだけ外部サイト依存ではなく自前のデータで成り立つようにしないと、期間が経つほどまともに表示しなくなるコンテンツが増殖してしまいます。

結果として、今、キチンと動作し意図した通りの表示を与えてくれるネット上のデータを構築しても、それが未来永劫続くことはあり得ないこととなります。電子書籍が持て囃されつつも紙媒体を駆逐し主役の座に立つことができないのはその辺りにあるのでしょう。だって、代価を支払ってダウンロードした書籍もスマホを池ポチャすればそれだけでおじゃんです。紙に印刷した本なら池に落としても丁寧に乾かせばまだ何とかなります。私ももう少しアナログに還った方が良いのかも。もっともSNSが主流な中、未だホームページで記事制作するだけで充分にアナログですが…

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何故マイナンバーカードのコピー提出が必要なのか?
今年も憂鬱なあの時期がやって来ました。
確定申告です。

曲がりなりにも自営業者なので、毎年きちんと期限内に申告しています。株式の配当、原稿の提出、出演料などで支払調書を受け取ると、源泉徴収額が記載されています。所得水準に関係なく一定率を乗じて天引きされています。年間所得を計算し、そこから算出された納税額よりも源泉徴収額の合計の方が大きければ、自営業者・サラリーマンの別なく申告することで差額が還付されます。

税還付を受けるには、源泉徴収額が記載された支払調書を添えて確定申告する必要があります。申告しなければ還付は受けられず、天引きされた税金分は国庫に入ります。還付額が小さく書類作成の手間が惜しければ申告しない選択肢もありますが、還付額が充分に大きければ作業費と考えることもできます。

2016年よりマイナンバー制度が導入され、2017年からの確定申告ではマイナンバーの記入が求められるようになりました。カネの流れの透明化が目的ですが、会社に内緒で副業しているのがバレるのが嫌だなどの声もあるようです。個人的には自営業者なのでその懸念はまったくなく、マイナンバーカードの作成も去年済ませています。国民に管理番号を付与して一元管理する考えは昭和期から唱えられていたことであり、機械化処理は必然的な流れです。

それにしても確定申告に関して、マイナンバーの扱いに納得できない点が一つあります。確認資料としてマイナンバーカードの両面コピーを添付しなければならないことです。

申告書にマイナンバーを記載した上で、提出時にマイナンバーカードのコピーを添付するかまたはマイナンバーカードの現物を職員に提示することが求められています。コピーの提出が面倒なら自分のマイナンバーカードを見せれば早い筈なのですが、その妥当な方法を事実上援用できなくしてしまっているのです。


2018年の確定申告では、宇部税務署では書類を郵送で提出することを勧告していました。[1]毎年、窓口が酷く混雑して周辺の道路まで影響を与えているのが理由です。個人的には「何勝手なこと言ってるんだ?」という感じです。以前は宇部全日空ビルを確定申告の会場とし、書き方の指導から受付までしていたのにバッサリ廃止しています。経費削減なのでしょうけど、必然的に税務署へ持参する以外ない状況にしておきながら、窓口が混むから送料自己負担で郵送せよとは勝手な言い分です。ついでながら数年前から申告用紙の郵送も行われなくなり、各自が税務署まで取りに行かなければならなくなっています。

郵送提出だとマイナンバーを確認する人が居ないので、コピーを添付する以外ありません。後で述べるように、とにかくマイナンバーカードをコピーするのが嫌なのです。それで去年は仕上がった申告書類とマイナンバーカードの現物を持って税務署へ出向いたのですが…玄関前は長蛇の列。150分待ちなんて掲示が出されています。職員にチェックしてもらい提出するなら待つ以外ない傍ら、チェック不要で提出だけしたい人は玄関横のポストへ投函すれば済むようになっています。どうでもマイナンバーカードのコピーを添付させようとしているんですね。

何故マイナンバーカードのコピーを添付するのが嫌なのか…実際やってみると分かるのですが、それが盛大な手間と紙の無駄であるからです。周知の通りマイナンバーカードは免許証と同じサイズです。両面をコピーするなら最小でもB5用紙を選択してコピー機へ載せ、もう一度マイナンバーカードを裏返してコピーする必要があります。これだけで20円かかるし、コピー機から吐き出されたマイナンバーカードを切り取って添付書類台紙に貼り付ける作業が要ります。カードのコピーに使われる面積はB5用紙のうちのごく僅か。コピー部分だけ切り取れば後は用無し。クシャクシャと丸めてゴミ箱へ捨てる以外なく、まったく壮大な紙の無駄であります。

たかが20円だし紙も僅かですが、これと同じ作業を申告者の一定割合が行うのですから、日本全国で一体どれだけの紙と労力を無駄にさせているのか想像つきます。紙資源や労力を軽減するために導入された筈のマイナンバー制度なのに、過渡期であることを考慮しても逆に壮大な紙の無駄を発生させている残念な状況になっています。

マイナンバーの現物を確認する専属員を置けばコピーする作業からして本来不要なのですが、そうなるとチェックする人間に重い責任が及ぶから嫌だとか、専属員一人を置くコストが無駄というのでしょう。傍目にはやりたくないからやらない理由を探した上で、その負担を申告者に押しつけているも同然。

マイナンバーカードを確認する理由は、なりすまし防止と説明されています。確かに身の回りの誰かのマイナンバーを知ってしまった場合、提出書類に有効な他人のマイナンバーを書くことは物理的には可能です。しかしその行為に何のメリットがあるのでしょうか?。どんな策略的なことでも何かのメリットがなければ誰も着手しません。更に言えば、申告書に記載されたマイナンバーが適正なものであるかどうかは、そもそもマイナンバー制度を導入した国税庁側で端末を叩けば確認できる筈のものです。

マイナンバー制度導入からまだ3年目であり、まだカードを取得していない人もあります。マイナンバーの記入を義務づけてはいるものの、罰則規定がないなど緩やかな縛りにしているのも過渡期であることを考慮しているためと思われます。しかし来年の確定申告時にはいい加減にマイナンバーのコピー添付を省略できるようにして欲しい。楽になったのは税務署の職員だけであり、一般の確定申告者には余計な労力とコストが課せられるだけでメリットが感じられません。
出典および編集追記:

1.「FBタイムライン|2018/3/2の投稿
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特別賞が当たった!
昨日(3日)の節分は中津瀬神社に行ってきました。お目当ては福あめのくじです。学童期には毎年訪れていたものの大人になってからはご無沙汰状態でした。ここ数年前から通い始めています。

毎年、末等の「福」ばかりで当たったためしがありません。ですから今年も期待していなかったんですが…計7本引いたくじの中に特別賞が混じっていました。


通常の等は紙縒りに赤い字で印刷されています。紙縒りを開くと、通常の「福」とは別に何やら黒い字が…見たこともないくじです。何かが当たったらしいと感じました。引き替えに行くと、これが全部で50本用意されている特別賞であることが分かりました。

当たりが出ると太鼓が打ち鳴らされます。子どもの頃、頻繁に太鼓が打ち鳴らされ当たりが続々と出ているのを知りながら自分にはまったく当たりが訪れないのを残念に思ったものでした。特別賞は新天町名店街で使えるお買い物券でした。

いつもは薄暗くなってから訪れていましたが、今年は終日雨と分かっていたので昼過ぎに車で行きました。明るいうちに訪れたのは今年が初めてで、これには中津瀬神社の福あめの総括記事を作成するための写真撮影も理由にありました。先にご褒美を頂いてしまったので、これはもう何としても記事化せねばなるまいな。

ちなみに境内で行われる福あめのくじは中津瀬神社によるものではなく、新天町名店街協同組合により始められたことが宮司さんからのお話で分かっています。初期の福あめは、末等のあめも捻り巻きの形状でした。正確にいつから始められたのか、どうして福あめがあの形状なのかはまだ調査を要します。いずれ福あめに関する総括記事を作成します。

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強力な客観資料が利用可能に
詳細は特定記事にまとめようと思いますが、まずはいち早く報告します。FBで運営しているページで、ある読者から昭和初期の2万5千分の1地形図を著作権などの制限なく利用できるサイトの情報が提供されました。大元のリンク情報は以下の通りです。
海外サイトなので Google Chrome など自動翻訳を通したブラウザでの閲覧が好適です
外部サイト: スタンフォードデジタルレポジトリ|2万5千分の1地形圖
この地図情報はスタンフォード大学のサイトに格納されています。日本の内務省陸地測量部が作成した地形図のようで、日本国土のすべてではありませんがメッシュの切られている領域は地図が存在します。更にそのうちの大部分を占める薄緑色の領域は、スタンフォード大学のサイトから地図データをダウンロード可能です。

山口県内においてもすべてが網羅されているわけではありません。しかし幸運なことに核心部分である宇部市領域はすべてダウンロード可能な地図が存在します。例えば宇部東部の東岐波・西岐波の地形図は、左下に表示されるダウンロードリンクから取得できます。
外部サイト: スタンフォード大学|山口近傍58-2
地形図は昭和初期のものです。同時期の地図は郷土関連のさまざまな刊行物で見ることができますが、ここに掲載されている地形図はそのどれとも異なります。未だ充分に客観資料として参照されていない公算大です。

そしてこれが一番重要でありかつ素晴らしいことですが、何と上記の地形図生データは(少なくとも上記の58-2に限定しても)いかなる種の利用方法も許容されています。自動翻訳であるとは言え「許可を得ずに、商業目的であっても、あなたはその作品を複製、修正、配布、および実行することができる」と明言されています。レイヤーの台地図として使えるし、必要に応じて部分的に切り取ったり上書きしたり、もちろん当サイトに貼り付けることも出来ます。以下に示すのは、昭和2年測図による琴芝周辺です。


地図や航空映像といった客観資料については、国土地理院が先鞭をつけています。当サイトでも昭和20年代の米軍撮影のモノクロ航空映像リンクを提示しています。しかしそれらの著作権は未だ国土地理院にあり、ダウンロードして個人的に閲覧はできても二次利用するには所定の手続きが必要でしかも有償です。部分的に切り取って再利用することは許されず、埋め込み表示する機能もないため分かりやすい記事制作上のネックとなっています。
個人ではなく機関が持つこの種の著作権まで完全に保護する必要があるのかといった議論も存在します

いくら国土地理院が重要な客観資料を持っていながら誰もが無償で自由に利用できない現状がある傍ら、他のサイトへ行けば同等の資料が無制限で利用可能なら、そちらへ流れてしまうのは明白です。宇部市相当領域を網羅する地図データは既にこのサイトからダウンロード済みです。ただし地図データは非常に重い(100MBを超える)ので、記事制作では必要部分を切り出し、元データの所在場所は別途リンクで示す方法を考えています。

スタンフォード大学に公開されているこの昭和初期の地形図情報は、FBページ読者からもたらされました。一連の情報を一体どうやって入手したのかは明らかではありません。新たな客観資料の出現は、しばしばそれまでの仮説を裏付けたり覆したりするなど甚大な影響を与えます。実際、切り取って貼り付けた上の地図情報でさえも新しい情報をもたらしており、既に作成されている総括記事の項目に追記編集が必要になるでしょう。

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2019年の目標
時間とは概念上のものであり、均質に流れていると認識されます。12月30日から31日になる瞬間と31日から1月1日に変わる瞬間は同質という考えは以前からありました。そうは言っても時の流れを暦で管理する現代人にとって年月の節目は重要です。それが故に去年に引き続き今年も新年の瞬間をカウントダウンのイベント会場で迎え、朝を迎えてからは琴崎八幡宮へ参拝してきました。


今やアパート生活ではないので、琴崎八幡宮の参拝も今年は出発地点が異なりました。しかしこの新春においてそれ以上に大きいかも知れない変化があります。それは今年一年の目標の一部を去年末に立て、着手していたことです。それは微視的には一つのミッションに過ぎませんが、最初の一歩を踏み出すことで巨視的には呼び水効果が期待できるプロジェクトとも言えるものです。

その対象物への着眼はアパート生活時代から既に行っており、映像データの蓄積も充分に行っていました。12月下旬のこと、そのプロジェクトの着手提案が局長によって突然に示されました。年内に必要な書類作成と申請手続きまで一気に行ってしまい、温和ながら自ら「逃げ出せない状況」を創り出しています。これを受けて、申請後もそのプロジェクトが要求しそうなデータ採取作業を大晦日まで行っていたのです。関連する内容について、手始めに今月の配信分となる Vol.32 でコラム化する予定です。

このプロジェクトによって生計を成り立たせるとか、知名度を獲得するといったことは(副次的作用はあり得るにしても)殆ど考えていません。多くの人々が納得し、喜び、役立つと思われるものを提供することが主眼です。大々的に宣伝してビジネスへ持ち込む手法も可能なんでしょうけど、今までそれをしなかったので引き続き「別のやり方」で進めます。まず多くの人々が喜びそうなものを気前よく提示し、更なる情報を欲しいと思って頂く方が得策と思います。いきなり「買ってくれ」ではただの宣伝であり、買ってくれそうな人にまだ何の利益も与えていないからです。この手法は、目先の利益にとらわれずデファクトスタンダードを獲得することによって優位に立つことと似ているかも知れない。

思えば去年は3年目に入るコラム執筆に加えて、テレビ番組制作や小学校の郷土学習授業といった取り組みがありました。その2つは全く予測もしていなかったことでした。今年も先ほどのプロジェクト以外で何が起きるかはさっぱり分かりません。予測困難な事象を思い悩んでも仕方ないので、流れに身を任せます。しかし曲がりなりにも番組などで露出度が高まっていれば、今やキャラクタのように一人歩きを始めている「宇部マニさん」の情報提示を当サイトでも行う必要性は感じています。現状、遙か昔に作成したおちゃらけなプロフィールしか存在しません。これについてもある程度「まともな」プロフィールを現在作成中です。

これら全ての目標に向かって進む一番の土台となるのが、私自身の心身の健康です。幸い、私には一人では決断しきれない課題に向けて背中を押してくれる仲間や協力者、応援者、そして閲覧者に恵まれています。それでも私自身が寝込んだり、あるいは物理的な疾病に侵されなくても「ダメだからもう止めよう」の如く心が挫けてしまう事象が心配されます。人の邂逅は確率によって支配される世界なので、一個人ではどうにもならない要素もあります。万事巧く進みますようにと琴崎様でお祈りしておきました。

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