市道恩田八王子線【2】

道路インデックスに戻る

現地踏査日:2012/5/20
記事公開日:2012/5/25
(「市道恩田八王子線【1】」の続き)

それから約2週間後のこと…
ちびっ子アタック(何)を避けるために時間帯を変えて同じ場所にやってきた。
前回は笹山バス停まで撮影していたのだった。


下校の時間帯を避ければ歩道の通行は少なくなる。しかし車道の交通量は殆ど変化がない。また、意外に自転車で移動する人々があってカメラを構えるタイミングがなかなか難しかった。

バス停の先に殆ど見落としてしまいそうな小さな入口がある。ここでも子どもの横断需要に対処して横断歩道が引かれている。


ここに笹山児童公園の入口がある。個人的にはあまり良い想い出のない公園だ。
若干の写真を追加して派生記事にまとめている。
派生記事: 笹山児童公園


市道は殆ど直線コースから揺らぐことはなく若干下っていく。その先に三叉路があり、押しボタン式信号が付属している。
この道は市道上中堀岬線で、この場所が起点になる。
派生記事: 市道上中堀岬線


ここに笹山の次のバス停、宇部協立病院前バス停がある。
実際の協立病院は、この先に見えている十字路から左へ入った先になる。



次に横切る道は十字路の形態を成していながら信号機は付属しない。
横断歩道もない…子どもたちが登下校路として横断することはなさそうだ


ここで横切るのは市道岬赤岸線で、更にこの一つ先で出会う別の市道から分岐している。
ここで右へ曲がり市道岬赤岸線を少し進んだところに、もう一軒の「くじ屋」が存在していた。
この話は岬赤岸線の中で述べることにするとして…

もう一つ、書いておくべきことがあった。
交差点の角に見える明治乳業の取次所である。


これも正直言ってこの市道とは全く無関係な話なのだが…
中学2年生の夏休み、たった一度だけ私が「よろめいた」出来事があった。詳しくは以下に。
派生記事: コーヒー牛乳の自動販売機
ここで横切っている市道岬赤岸線は昔からの用水路に沿って進んでおり、市道恩田八王子線もこの近辺で一番低い沢地を横断する形になる。
そこから市道は直線を保ったまま一旦軽い登り坂になる。

この登り坂の頂上付近にも十字路がある。先のよりは更に狭い。


この近辺は五十目山と呼ばれており、現在も町名として遺っている。


全国探しても他にはないだろうと思われるこの一種独特な地名の由来はまったく分からない。市外の方には不思議に思える地名なのだが、私たちのような市内で永く暮らす住民にとっては殆どその由来が思考に上らない位に馴染みがある。
学校の先生から親から誰でも地名を唱えていたものの、その由来について説明や示唆してくれた人は誰も居ない。今のところ文献にも出会えておらず、我流の仮説すらたたない。
例の小字マップを眺めれば「五十目山」という小字は既に見えている。五十目が何を意味するか分からないが、周辺からすれば丘陵部にあたるので「〜山」の地名が与えられたのだろうか…と推測されるだけだ。

さて、この丘陵部の最高地点に十字路がある。
市道岬駅通り線で、その名の通り宇部岬駅の横を通過している。現在地からみると右折が宇部岬駅方面になるのだが、道は極めて狭い。


写真には現れないが、特に右折して宇部岬へ行く道の交差点接続部は普通車一台がやっとの幅しかない。一台でも本線に出てこようとする車があれば、先に通してやらなければ進攻することができない。
このため宇部岬駅へ車で行くのにここで右折するのは得策ではなく、2つ手前の市道上中堀岬線を経由する方が安全である。
事情を知っているドライバーは殆どこのルートを選んでいる

この小さな十字路の先に五十目山バス停がある。
なお、このバス停に限らず全路線中のバス停には摺付けがない。したがってバスが停車し客が乗降中は後続車はその後ろへ停まって待たなければならない。


十字路から先は再び軽い下りになる。真っ直ぐ進む先で踏み切りに出会う。


名称は八王子踏切である。
もっとも八王子はこの近辺ではなくまだまだずっと先だ。
踏切の名称では往々にしてこのようなことがある


今でこそ殆ど何も問題なくカメラを向けられるのだが、この踏切は「あの事件」を目撃してから数年間、まったく通ることが出来なくなった私にとって忌まわしい場所だった。
何が起きたかは寄り道記事のタイトルから推測できるかも知れない。一応、以下に派生記事として案内する。
派生記事: 八王子踏切
この踏切を渡ることで五十目山町から岬町となる。前編でも述べた通り、JR宇部線は単純な町の境だけではなく校則での決まり事や自分の中での心理的境界の役割があった。中学校時代は宇部線より海側の生徒は無条件で、国道190号と宇部線の間に住む生徒は課外クラブ活動に入っていることを条件に自転車通学が認められていた。
簡単な交通ルール確認の実技テストのみで自転車通学を許可する鑑札が支給された

踏切横断後、空港方面への案内看板に出会う。この先の交差点で左折し、0.8kmと案内されている。


市道神原町草江線の記事でも随所で触れている通り、現在のところ市の中心部から山口宇部空港に向かう経路としては国道190号の常盤通りを進み、市道松山通り線を経て市道空港線を通るよう案内されている。
市道恩田八王子線はこれに準ずる空港へのアクセス経路であり、ここで左折することになる。いずれも空港行きのバス路線を持つ。

ここで現在の市道を遙かに上回る4車線の道に出会う。
市道空港線で、県道宇部空港線の終点となる空港前交差点よりその規格を引き継ぎ、西に伸びる広い道である。


横断歩道を渡り、振り返って撮影する。
市道が真っ直ぐながらも起伏を伴いこの交差点へ至る様子が分かる。


さて、八王子踏切を渡ってこの交差点に到達した車の9割方は右折または左折して市道空港線にシフトする。右折すれば明神町にある大型郊外デパート群に向かうし、左折では既に案内された通り宇部空港まで800mである。両者はほぼ同数だが、直進車両だけは極めて少ない。即ちここからは同じ市道とは思えないほど交通車両が激減する。

車道規格はセンターライン付きの対面交通でまったく変わりはない。ただ、分離された歩道は上下線共に付属しない。交通量が少ない分だけ路面の傷み方が少ない感じがする。


市道が軽く左カーブするところに右への分岐があった。
市道岬線で、ここが終点となる。経路マップと路線名をメモしていたから判明しただけで、恐らく一度も通ったことがない道だ。
現地でも気づかず一旦通り過ぎた…カーブミラーのステッカーで市道と判明した


「恐らく」という前置きがあるのも、先の八王子踏切で起きた事件で、友達と遊びに行こうとしていた級友の家が確かここから近いからだ。しかし今となってはどの道を通ったのか全く思い出せない。
市道に対して右側ということしか手がかりがない

丘陵部からの高度を吐き出し始める。このことで意外に海水面より高い場所を走っていたことに気づく。
あまりにも車通りがないので安心して道路中央からでも撮影できる


家屋2軒分程度の高度を下げ、小さな十字路に出会う。横切るのは市道八王子草江線だ。
十字路の左側に墓地がある。


この墓地は岬墓地と呼ばれており、微かな記憶がある。確か幼稚園の頃、送迎バスがこの墓地のある十字路で曲がっていた。
恩田に越してきたのは3年保育の最後の方だったので、半年くらいバスで恩田バス停と幼稚園を行き来していた。バスの中からこの墓地の景色を見た覚えがある。

道路はほぼ平坦になり、最後の道へ接続される直前に小さな道が横切る。市道八王子線である。
ここで市道は軽く折れ、そこから先はもうセンターラインもない貧相な道となる。


太い道(市道八王子空港線)に突き当たることで市道恩田八王子線は終点を迎える。
正面に見えるこんもりとした森は空港に帰属する公園の一部である。この辺りまで来ればもはや車通りは殆どない。


終点より振り返って撮影。
この近辺にお住まいの方には申し訳ないが、想い出の詰まった市道恩田八王子線とは言っても自分としては恐らくカメラを構えることは二度とないと思われる位に特徴のない場所だ。


起点付近の夥しい昔の話題とは裏腹に、最後の方は些か寂しい終わりになってしまった。
もっともそれはたまたま私がかつて恩田に暮らしていたという理由だけであって、この近辺で幼少期を過ごされた方なら、また私とは違った独自の貴重な想い出をお持ちなのだろう。

それぞれの地域にお住まいの方に昔の体験や想い出を提示して頂き、誰でも閲覧できる場所に蓄積することができれば、それだけで図書館にあるいかなる郷土史にも匹敵する貴重な情報源となり得るのだが…と思った次第であった。
【路線データ】

名称市道恩田八王子線
路線番号29
起点国道190号・恩田小学校前交差点
終点市道八王子空港線・交点
延長約2km
通行制限起点〜市道恩田線終点までは終日一方通行。
備考

延長など各データの正確性は保証できません。参考資料とお考えください

出典および編集追記:

ホームに戻る