市道図書館線

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現地踏査日:2009/9/29
記事編集日:2013/11/15
情報この記事は内容が古くなったので書き換えを進めています。(更新履歴での案内はありません)編集中も閲覧は随時可能ですが、不定期に記述内容が変更されたり写真などが差し替わる場合があります。

市道図書館線とはおよそ路線名らしくもないのだが、紛れもない正式名だ。

路線名の例として市道西巳の内線のように、単一の小字や地区名が用いられることがあるということを書いた。実は小字だけではなく、認定市道の名称に特定の目的地が使われることがある。県道でも宇部空港線や江汐公園線のような路線があるが、市道ではもっと小規模な目的地が登場する。市道図書館はそのうちの一つである。

図書館だけではなく、市道名として他にも競技場や焼却場、裁判所まで路線名に盛り込まれるので何も奇妙なことではない。ただ敢えて言うならば
「この路線の終点にはもう図書館は存在しない」
という点だけが変と言えば変であろうか…

市道図書館線の起点は、いわゆる産業道路(市道小串通り鍋倉線)の途中にある。
目標となるものがないので分かりづらいが、起点の写真である。


地図でポイントすると下図の場所になる。産業道路の反対側は新川ふれあいセンターだ。


産業道路の歩道部に立ち、この市道の進むべき方向を撮影している。
産業道路特有のコンクリート舗装部が見えかけている。



起点からスタートしてものの100mも進まないうちに、別の細い道に出会う。
市道島2号線で、高校時代に自転車で家から学校まで3年間往復していた道である。


乗り換え先はこちらだ。
派生記事: 市道島2号線|交点
その道を横切ると、うねりながらかなり急な上り坂になる。
この街中では珍しい丘陵部分だ。自転車で登るにもローギアかさもなければ押し歩きになる。


カーブの途中に郷土資料館への行き方の案内看板が出ている。
郷土資料館の開館時間は午前9時〜午後5時となっている。閉館時間になるとこの看板がある坂の途中にバリカーが置かれるので、市道と言えども時間外は車では通れなくなる。


最後にキュッと左へ曲がると、ある建物の駐車場へ行き着く。
ここが市道の終点だ。


国土地理院の地図は冒頭に掲げた地図ほど周囲の店舗などの情報を与えないが、標高などの地勢に関しては強みを持つ。上の地図を見ると、旧図書館のある場所が特異なことが分かる。
周囲より高い丘陵部になっている。
しかもその丘陵部周辺の地名が「島(しま)」となっており、昔このあたりがどういう地勢だったかが想像される。等高線を見ても標高にして20m程度の場所があることを示している。
島地区の名称についての記事は以下を参照されたい。
派生記事: 島について
さて、冒頭にお伝えした通り、ここにはもう市立図書館は存在しない。平成初頭に現在の琴芝町(宇部紡績所の跡地)に移転した。

しかし嬉しいことに、数年前までは建物の正面玄関にある「宇部市立図書館」の表示は健在だった。
玄関口のすり減った階段も当時のまま今も遺っている。
もっとも既に一般向けの建物ではないので部外者は入ることができない


今や図書館へ行くとなれば、殆どの方が迷うことなく総合庁舎の裏手にある目的地へ到達できることだろう。かつてここが宇部市立図書館だったということも今やご存じの方は宇部市民でも少数派になっているかも知れない。
派生記事: 旧市立図書館
「もう図書館はここには無いのにこの市道名では間違える」なんて意見に押され、路線名が変わることが起こるだろうか。恐らくそんなことはないだろう。路線名は一般市民には殆ど触れることがなく、道路課の管理用でしかない情報だ。わざわざ変える手間ばかりかかり逆に混乱するだけでメリットがない…当分の間は歴史を思い起こさせてくれる今の市道名のままここに在り続けてくれるだろう。
【路線データ】

名称市道図書館線
路線番号574
起点市道小串通り鍋倉線・新川市民センター前
終点旧宇部市立図書館前
延長約150m
通行制限特になし。
備考図書館は既に移転済み。

延長など各データの正確性は保証できません。参考資料とお考えください
このたび本路線を市道レポート向けに走ったのは、既に図書館ではなくなっているこの場所へ別の用事があったからだった。知名度は決して高くはないが、旧図書館の同じ敷地の奥に郷土史料館があり、貴重な発掘品や書物が展示されている。
本編は短い路線で写真が少ないので、このまま同じ記事ファイルに収録しておこう。

《 現役時代の郷土資料館 》
情報この記事は一般公開されていた時代の郷土資料館について記述しています。閉鎖後の郷土資料館については こちら を参照してください。

旧宇部市立図書館の建物の奥には、かつて郷土資料館が存在した。
写真は4年前の撮影である。建物に隠れて見えないので、玄関前に「おくにすすむ」の立て札が出ていた。


郷土資料館の正面の様子。
建物は2階建てで、1階の一部に担当者の常駐する部屋があった。2階はすべて展示場である。資料の日焼けを防ぐためか、常時ブラインドが下ろされている。


担当者が常駐しなくなってからは玄関に施錠されるようになった。


郷土資料館を訪れたのは、宇部市内の古い地名について調べたいと思ったのがきっかけだった。
郷土史料館は図書館と同じく月曜日が休館日で、午後5時まで開館している。展示品は結構数量がまとまっていおり、宇部の歴史を掘り起こすなら外せない訪問ポイントであった。

美術館や博物館では一般に写真撮影は禁止されているが、郷土史料館では展示品や書物などを自由にデジカメで撮影可能だった。[1]
現地で現物を目にするのが最良なことに変わりはないだろうが、個人的な研究として地図や文書を撮影して持ち帰れば、何度も足を運ばなくて済む。

本路線を撮影した折に小字を調べたとき郷土資料館の写真を撮った。
郷土資料館の奥に事務室があり、当時は担当者が常駐していた。


郷土資料の目録というものがあり、この中に欲しい書物や地図がないかを自分で探す。


宇部市の小字を全表記した地図が見つかった。


そこで該当する地図の閲覧を申請し、書庫から出してきて頂いた。

郷土資料館にはコピー機がなく、現物は一つ限りしかない貴重なものなので貸し出しもされていなかった。しかし写真撮影はOKなのでこうしてテーブルに拡げ、デジカメで撮影し持ち帰ることにした。


私からすれば貴重な資料を自宅に持ち帰ることができて大変満足だった。また、どうしてもこの小字地図が欲しいと申し出たところ、わざわざコピーを取っていただき、後日出来上がったので取りに来て欲しいとの連絡までいただいた。[2]
手元にあるマップはテープで繋げた部分も剥がれかなり傷んできたが、拡げることで全体を一目で眺めることができた。小字の位置を覚えたり地名由来を調べるとき有力な資料となってくれた。

その3年後、再び郷土資料館を訪れたときの写真。
郷土資料館は無人化されていた。


文化財活用推進室なる部署が旧図書館の1階に造られ、資料を閲覧したいときはここで担当者を呼び鍵をあけてもらうスタイルに変更された。


自由に閲覧はできたが、観覧が終わったら再び推進室に申し出て消灯および施錠してもらう必要があった。

平成25年5月に船木の学びの森くすのきがオープンし、郷土資料も移転されてからはこのドアには移転を告知する貼り紙が貼られている。郷土資料は一部の資料が倉庫などに存置されている[3]だけで、閲覧可能な資料はすべて学びの森くすのきへ移されており入館はできない。この意味で建物自体はまだ遺っているものの郷土資料館としては役目を終え閉鎖されたと考えて良い。
出典および編集追記:

1. 郷土資料館時代を利用していたとき当時の館長に2度確認して撮影は自由という明言を得ている。常盤池関連の記事で 常盤溜井之略図 を画像データとして参照しているのは当時の撮影による。ただし船木の学びの森くすのきでは展示物はもちろん館内は撮影禁止となっている。

2. 現在はコピーサービスそのものがなく、まったく郷土資料館の好意によるものであった。外部へコピーを提供できたことから既に版権が切れているか不明状態であると推測される。いずれにしろ当サイトにおける小字に関する記述はこの資料によるものが大きい。

3. 担当職員による談話。

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