写真は図書館の2階に上がる階段下に掲示された案内板。
後述する事情により、講話のタイトルは内容を正確に反映していない。実施日の前日にシナリオが完成しデータをメモリスティックに書き出していた。案内版にあるようにオープンな講話とされていたが、宇部地方史研究会向けのクローズドなものと誤解していたので自前のページなどでの案内はしていない。
《 実施に至るまで 》
講話の実施から既に1ヶ月経過しており、依頼はそれより更に1ヶ月前のことなので以下には詳細を失念している部分もある。新川歴史研究会の塾長の元に、宇部地方史研究会の副会長から宇部マニアックスに関して何かの話があった。このときまでに毎月のコラムの執筆や新川歴史研究会の会合で、宇部マニアックスの存在が耳に入っていた。そこで宇部地方史研究会の第2回講演会で何か話をしてもらえないだろうかという依頼があったらしい。
後日塾長から宇部地方史研究会より宇部マニアックスとして何かの話をして欲しいという依頼があったから承諾しておいたという連絡があった。宇部マニNEWSを含めて今や話し慣れているし特段に忙しい身でもないので、事前に意向を尋ねられたとしても同じく承諾していただろう。それで塾長を介して私の携帯番号を伝えた。
後に宇部地方史研究会の副会長であるKさん(以下副会長と略記)から直接連絡があった。宇部地方史研究会として外部講師を招聘しての講座を行っており、これが2回目になるということだった。どんな内容でまとめれば良いか尋ねたところ、自由に発表して良いとのことだった。
10月に桃山中学校で郷土学習授業を行った直後でもあり、そのスタイルに倣ってシナリオを作ることにした。
【 シナリオの作成について 】
講話の内容はお任せすると言われると、実のところあまりにも多すぎて迷ってしまうものである。市内のまだ注目されていないさまざまな物件を紹介するのが順当に思えて、ジャンルが広すぎて的を絞れなかった。半月程度前になったとき副会長から「会員に講座の案内をしたいのでどんなタイトルか教えて欲しい」と尋ねられた。この時点では桃山中学校の郷土授業で身の回りの史跡や題材が観察対象になり得るということで”小さな観光”というキーワードを折り込んでいた。そこで殆ど反射的に”宇部市の小さな観光”と答えた。こうして題材を先決めしてシナリオ作成を始めたのだが、なおも的を絞りきれずシナリオ作りは迷走状態だった。あまりにも沢山あり過ぎて各論的な話をするとまとまりがないものになりそうな気がしたのである。
講座の一週間程度前になって、改めてこちらから宇部地方史研究会の副会長に連絡した。どんな話が求められているのかリサーチするのを兼ねていた。この時点で私の中では宇部マニアックスとして活動を始めた時系列について話したい意向があった。実際、一体どういうきっかけで現在のような活動を始めるようになったのかと尋ねられることが多かったのも理由である。副会長は題材などに特にこだわらなくて良いとおっしゃっていた。そこで小さな観光というタイトルからはやや外れるが、活動の時系列を俯瞰する内容にすると伝えた。
時系列をまとめておきたいという考えは、自分の中でも以前からあった。永らく同じ活動を続けているうちにコラム執筆開始があり、ホームページが目に留まることでテレビ番組出演という当時ではまったく予想もしていなかった人生の転換があった。それらは全て時系列上の「因果の連鎖」によって生じている。個人的な振り返りを通して、この活動の後に続いて欲しいという気持ちを伝える意図があった。この部分を主体とするため、活動を始めた2009年頃から手持ちの画像やドキュメントを洗いざらい調べ直した。
講演前日の午前までに主眼となる部分のシナリオを仕上げたが、多分それだけでは自分のための独りよがりな講演になりそうと思ったので、現在置かれている状況と課題、必要な取り組みを短くまとめた章を追加することにした。最終的に設計されたシナリオと尺は以下の通りである。
| フェーズ | タイトル | 設計尺 |
|---|---|---|
| 第一章 | 始まりから現在に至るまで | 50分 |
| 第二章 | ”小さな観光”について考える | 5分 |
| 第三章 | 今後の課題 | 5分 |
開催数日前に副会長から聴講者に配布する資料などがあれば印刷しますと申し出られたが、印刷して配布するほど優れた資料でもないので配付資料はありませんと答えた。今まで数回の講話を実施したものの資料を配付したことは一度もなく、恐らくこれからもないだろう。
《 当日の状況 》
例によって実施当日の週間予報は雨が心配された。実際は曇りがちだったものの雨に降られることなく、自転車で図書館に着いたのは開始30分前だった。このときまで副会長とのやりとりは携帯だけで、図書館が初顔合わせとなった。副会長の他に宇部地方史研究会の会員数名が来て会場つくりをしていた。2階の講座室前に受付が設置され、書籍の販売も取り扱っていた。
小冊子の販売も可能と聞いていたので、自転車で持参できる範囲で小冊子を持ってきていた。
ノートPCは最新のものが準備されていた。画像ビューアの関連づけ設定をするだけで、矢印キーの操作だけで画面送りができるようになった。
手元にはエクスプローラで表示されるサムネイルを紙に印刷したものを準備した。
通常のプレゼンソフトでは、次にスクリーンに表示される候補画像が小さなウィンドウで表示される。ビューアでの画像送りではそれができないので、次に表示される画像があらかじめ分かるようにサムネイルを印刷した。桃山中学校のときは枚数が少なく順序もあらかた覚えていたので不要だったが、今回はページ繰り回数が多くサムネイルが必要だった。
スクリーンに準備中画像を表示させて開始時間まで待機する。
手持ちのマイクは使わず襟元に固定するタイプのを使用した。
宇部地方史研究会の副会長による挨拶と紹介。
事前の告知はしていなかったので、聴講者は十数名だった。
【 講話の流れについて 】
第一章だけで100枚以上のスライドがあり、一時間近くかかることが見込まれていた。講話は開始時刻だけ定められていて終了予定時刻は明示されていなかったので、第一章を一気に話してそこで小休憩にした。概ね一時間近くかかっている。トイレ休憩を挟んで第二章と第三章を話した。これはかねてから提言していた観光の概念の拡張である。たまたま宇部市にいるから足下にある題材を取り上げて活動しているのであり、同じ手法が他の何処の自治体でも準用できるところが本質である。
(しかしそこまで言及すると難しくなり過ぎるので省略している)
新川歴史研究会では旧市立図書館の保存と利活用について提言しているので、現在検討中となっているこの辺りの状況についても報告した。第二章と第三章を合わせてほぼ予定通りの15分程度で終了した。
講演終了後。
元から聴講者数が多くなかったので、中途退出する人は殆どなかった。
この日は重複するイベントが極めて多く、また講演自体クローズドと思っていて案内をしていなかったため、知っている人の聴講者は限られた。それでも終了後に数人の方と近況報告などの立ち話をした。受付に託していた小冊子は10冊の売り上げがあった。対面ではないので聴講者のどなかがお買い求められたかは分からない。
《 講演後の状況 》
帰宅後、講演の概要をFBページに投稿した。若干ではあったが聴講してみたかったというコメントも寄せられた。[1] 宇部マニNEWSの収録を市役所交流棟の会議室で実施したことがあり、映像関連の設備が整っていたことから需要があれば会議室で再度実施するかも知れない。【 個人的評価 】
毎月のコラムで取り上げられるような物件の紹介を期待して聴講に来た人には、講話のタイトルに合致せず退屈だったかも知れない。宇部地方史研究会の方々にもどの程度期待に応えることができたかは懸念材料である。現在の活動に至るまでの時系列をまとめる試みは過去に何度かあった。小冊子新川のほとりでも末尾に時系列をまとめている部分がある。今回の講話にあたって今まででもっとも綿密な調査を行い、渡邊ゼミの発足時期など転換期となるイベントが時系列の何処で起きたかが判明したのは成果であった。
《 関連記事リンク 》
ホームページのトップに掲載した郷土学習の報告。お知らせの履歴: 宇部地方史研究会で講演を実施しました
出典および編集追記:
1. 趣意書を受け取った後で岡藤氏とオープンステージの撮影に行っている。素材採取のためであるが、この総括記事の最終編集日時点では(先行公開禁止の原則により)何の企画であるかは書くことができない。
(レビューを受け取りに行ったとき学年主任の先生にはそれとなく伝えてある)
2.「FBページ|2025/10/26のタイムライン
」
1. 趣意書を受け取った後で岡藤氏とオープンステージの撮影に行っている。素材採取のためであるが、この総括記事の最終編集日時点では(先行公開禁止の原則により)何の企画であるかは書くことができない。
(レビューを受け取りに行ったとき学年主任の先生にはそれとなく伝えてある)
2.「FBページ|2025/10/26のタイムライン
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