松濤神社

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記事作成日:2024/8/13
最終編集日:2025/4/20
松濤(しょうとう)神社は、上町二丁目にある神社である。
写真は正面からの撮影。


位置図を示す。


松涛神社と書かれることもある。一部の鳥居は松涛神社と彫られている。松濤とは風が吹いて松の梢が擦れ合う音を波の音に擬えた一般名詞であり、神社ができる前に渡邊祐策翁の別宅があった松濤園に因む。松濤社そのものの歴史は比較的浅く昭和30年創建で、商店街の人たちが中心になって出雲大社より勧請している。[1]

新川(真締川)の東にある中津瀬神社に対し、西の松濤神社として対比されることが多い。これは後述するように初代錦橋の親柱に据えられていた狛犬像を分け合ったことにも由来する。
《 概要 》
市道上町線(上町通り)に面し、境内は中津瀬神社ほど広くはない。参道は上町通りに面していて、北側は数メートルの段差をもって市道宇部新川駅浜通り線に接している。この高低差は沖ノ山から西方に伸びる砂州由来で、現在は地面を観察しても分からないがこの周辺を少し掘れば海浜由来の砂が現れる。

松濤神社は道路を隔てて隣接する松濤街区公園と併せてサクラの名所である。
サクラの時期は夜桜を愉しめるように提灯が並ぶ。


この総括記事の編集日現時点で松濤神社の公式ページはまだ作成されていない。社務所が本殿の西側にあるが通常は無人で、神事は中津瀬神社と同じ宮司が執り行う。
【 手水舎 】
一の鳥居をくぐったすぐ左側に据えられている。
据えられているだけで水は溜まっていない。


側面には 弘化三丙午十二月 という古い年号がみられる。弘化3年は1846年であり、時期的には中津瀬神社がはじめの位置に創建された45年後のこととなる。


松濤神社以前の寺社にあったものが据え直されていると思われるが、何に由来するのかはまだ調べられていない。

本殿前右側にも手水舎があり、こちらは間断なく水が流れている。


この手水舎は秋富商事(株)社長であった秋富久太郎による寄進で、文字は紀藤閑之介による揮毫である。中津瀬神社と同様に地下からポンプで汲み上げた水で、水質検査は恐らく実施されていない。飲用に適した水質かは調べていない。
【 本殿 】
境内があまり広くなく、左側に演舞場があって参道の比較的狭い間隔に鳥居が2基据えられているため、全体像を撮影するのは困難である。


正面両側にかつて錦橋の親柱にあり、中津瀬神社と分け合った2体の獅子像が据えられている。


本殿の周りは寄進者名と金額を刻んだ石柱で囲まれている。


創建が昭和30年のため、時期的に渡邊祐策翁以後に郷土で活躍した人々や事業所、会社団体などの名前がよく見られる。
【 玉の緒社 】
本殿の背後に玉の緒社がある。
子孫繁栄や安産祈願として、若い女性が祈願する姿が目立つ。


玉の緒社の横に階段があり、数メートルの高低差で市道宇部新川駅浜通り線に接している。階段の上がり口手前に赤い鳥居があったが、老朽化し現在は除去されている。
《 主要なイベント 》
夏季と秋季に主だったものが存在する。
【 夏季 】
夏季に行われる麦わら帽子投げ大会で知られる。2024年が11回目の開催で、市道を挟んで隣接する松濤街区公園を舞台に行われる。
2024年は7月27日に開催された。写真は競技開始前の状況。


始められた時期は分かっているが、何故麦わら帽子なのかはまだ調べられていない。ルールはスタートラインに立って麦わら帽子をできるだけ遠くまで飛ばし、その距離を競うものである。どんな投げ方をしても良く、フリスビーを投擲する要領で投げる以外に縁の部分を地面に置いて転がすのも認められる。大人と子どもの部に分かれるが投げる帽子やルールは同じである。2度の試技で帽子の一部が投擲エリア内にとどまった状態で遠くまで届いた方を記録する。

参加は無料で、100名限定(大人50名・子ども50名)で申し込みもなく当日会場へ出向いて投擲順の整理券を受け取る。全員が行った後で距離の遠い順に賞が出る。また、全員に参加賞が配られる。競技の様子は一部のローカル局で放映された。

この競技の後、松濤神社で茅の輪くぐりの神事が執り行われた。
写真は茅の輪を据え付けた直後の撮影。


茅の輪の由来やくぐり方を書いた立て札は、中津瀬神社で使ったものをそのまま持って来ている。麦わら帽子投げ大会でイベントの手伝いに来ていた藤山中学校の生徒たちも茅の輪をくぐった。
私もくぐっていながら同じ日の午後に凄惨な事故に遭遇するという奇特な体験をした
《 アクセス 》
公共輸送ベースで言えば、JR宇部線の宇部新川駅から徒歩10分程度である。バスも同駅にターミナルがある。マイカーの場合は駅の西側にある民間の有料駐車場を利用して歩いて300m程度の距離である。

社務所は通常無人であり、御朱印の授受で訪れる場合は事前に連絡した方が良い。境内は茅の輪設置など関係者が出入りするときのみ限定的にクルマが乗り入れられるだけで、一般向けの駐車場はない。前面道路の市道上町線は駐車禁止区間である。
《 メディア 》
個人的に把握しているものに限定して記述している。
【 山口ケーブルビジョン 】
「にんげんのGO!」の宇部マニ散歩第2幕で、宇部新川駅から居能駅まで歩いたとき立ち寄った。このとき現在は土屋医院の中庭になっている松濤園の跡を色濃く伝える場所と、松濤の意味するところを紹介した。

居能駅のある藤山地区まで歩くことを見越して、石垣の中にある秋富久太郎の石柱について要チェックと言及している。
写真は2022年4月放映時のテレビ画面接写画像。


関連画像採取時には鍋倉山に登って秋富兄弟の立像を撮影に行っていたが、居能駅がゴールということもあり実際の放映では秋富久太郎については触れられなかった。
《 その他 》
この総括記事の最終編集日現時点で、Google 検索のトップに松濤神社を始めとする全国各地の神社をまとめたサイトがある。その中の「訪問者のためのヒントと注意点」の項目にある「・神社内は、写真撮影が禁止されています。」の記述は完全な誤りなので注意されたい。松濤神社はサクラの季節には良い撮影スポットであり、過去に境内での写真撮影が禁止されたことは一度もない。

他にも獅子舞や御輿に関する記述がいい加減だったり、出店に関しては過去に一度も営業されたことのない品目が掲載されるなど誤解を招く記述が目立つ。恐らく人間の手ではなく生成AIによる記事と思われる。[2]
出典および編集追記:

1.「宇部ふるさと歴史散歩」(黒木甫著)p.113

2.「「松濤神社での撮影は禁止されています」を主張するサイトが存在する件|FBタイムライン

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