お知らせの履歴・2024年

トップページに掲載されたお知らせ履歴です。
以前掲載していたものを確認するための自分用データです

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節目の年を迎えました
先月26日に琴崎八幡宮へ行ってきました。


26日は先勝。午前中が佳き日なので、午前9時前に行きました。永らく雨続きだったのに珍しくこの日は天気が安定していて正午前には少し晴れ間もみえました。そして…今は7月なので、数えで1歳を迎えたことになります。

年の瀬になると多くの人が新年を迎える瞬間を意識しますが、個人的にはあまり頓着していませんでした。むしろ数え1歳の瞬間を迎えられたことの方が自分にとっては驚きでもありました。特に去年の原因不明な肘痛を経験して健康状態にかなり自信を喪っていたので、無事に7月を迎えられた安堵がありました。

今年も折り返し地点到達です。ホームページの更新は安定的に怠けて(?)いる割に、他の方面でのアウトプットは結構できています。ただ、私だけの問題じゃありませんが最近は酷い雨続きで、24時間中まったく雨が降らなかった日が一日もありません。写真を撮りに行くどころかこんな天気じゃ蒸し暑いだけで良い写真が撮れないのが明らかなので、早々に内業を決め込んでむしろデスクワークの作業が進むという状況です。

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本日より販売開始します
第2作目の小冊子となる新川のほとりを今日から販売開始します。
写真は印刷され届いた現物です。


前作と同様に小ロットの無線綴じ印刷で、真締川の下流にあたる新川沿いの題材を紹介する内容です。観光用ガイドブックをまったく意図しておらず、個人的に興味ある題材のみ集めて収録しています。うちのホームページで取り上げているような内容です。

販売価格は1,100円(税込)です。マイナーな自費出版物は今や書店に卸して売る時代ではないので、主に対面および小冊子の購読者を介して販売します。配送料がかかりますが、郵送での購入も受け付けています。詳細は総括記事をご覧下さい。

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間もなく入稿します
ムチャクチャ引っ張ってしまいましたが、以前から示唆していた小冊子の第2作目発刊が煮詰まってきました。脱稿は一週間くらい前に終えて、掲載する写真やデータのチェックと引用の許諾を取っていました。新川歴史研究会のメンバーが細かくて面倒な作業を代行してくれていて、既にプレプリントも手元にあります。

プレプリントを元に色調や枠線の太さ加減などの校正を行い、昨日のことメンバーの元へ届けていました。
写真は校正作業中の撮影です。


実のところ校正と言ってもチェックするのは写真の位置や色調などテキスト以外です。隧道あるはずでしょう物語のときもそうでしたが、この段階まで来ればもはや本文はいっさいチェックしません。ページ中の段落の調整で行数を増減したり文字数を変えたりして今に至っているので、その過程をすり抜けて致命的な誤字・脱字が見過ごされる可能性が殆どないからです。なまじ本文を読み始めると表現を変えたくなる場合があり、それは好ましいものではないと考えています。これは経験的に培われた執筆ポリシーです。

30日にメンバーのところへ出向いて色調やデザインの最終チェックを行い、このときまでに印刷部数を決めます。隧道あるはずでしょう物語よりも若干増やそうと考えています。ちなみに仕様はA4カラーの44ページ構成で、販売価格は現物手渡しで税込み1,100円を予定しています。大きな修正を要する問題が出てこない限り6月上旬から販売できると思います。詳細はいずれ小冊子タイトルをファイル名とした総括記事を作成し案内します。

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善和村の古文書が出てきた
今月12日は善和八幡宮の例祭です。例祭に先だって地区担当の方がお宮の清掃に行き、そこで古い巻物を発見したので読み解いて欲しいという連絡を受けました。昨日のこと現物を見てきました。

巻物は善和村の古地図で、拡げると目測で1m×2m程度のかなり大きなものでした。
表題部分を接写した画像です。


報告者によると宇部市史下巻の199ページに善和地区の入会林野整理に関する記述があり、県が大正3年に作成した原図ではないかと推測しています。そもそも宇部市史が手元にあってすぐ参照できる状況というだけで相当コアと思います(ちなみに私は宇部市史は持っていません)し、入手可能な資料を元に一定の解析結果を出せるなら既に郷土史研究者の部類です。

何故にこれがお宮に格納されていたかは明らかではありません。山口県文書館に同じ資料があるかも知れませんが、大正初期の資料の現物を手にできることは貴重です。絵図を見ると善和村の境界は明記されていながら、隣接する井関村や佐山村から相当な面積の入会地が設定されていたことが分かります。間地と呼ばれるようになった更に以前の入植時代は、隣接する村から薪などの資源を採取しに来ていた筈で、絵図で他村のエリアが描かれているのは慣行的に認められた領域のように思えました。

時代が進んだとは言え、この種の資料は取扱いに注意が要るかも。表沙汰になっては塩梅の悪い情報を内包している可能性があるからです。現在、助田居能地区では県が主導して境界確定作業を進めています。信頼できる客観資料を欠くため、関係者の立会で作業を進め、このときの裁定が新たに効力を生むことになると聞いています。こうしたときに土地所有者名や境界が明確に描かれた絵図などが出て来ると、新たな混乱が起きます。新川歴史研究会でもそういう可能性のある未公開資料を含む可能性があるため、デジタルデータ採取後も公開に対して慎重な姿勢をとっています。

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追い込まれた方が生産性が上がる件
ホームページの更新が鈍足なのは毎度ながらですが、新年度入りしてからは少し状況が違います。病気で斃れているのではなく、重度の鬱に悩まされて頓挫しているわけでもありません。今年もやってきた原因不明の肘痛は現在かなり寛解しています。鬱傾向はほぼ慢性的ですが、そこに理由をつけて怠けているわけにはいかない事情もありました。

従来の仕事の逓減と支払負担の増大から慢性的な貧困に悩まされ、去年度末に地域雇用の応募を行いました。しかし採択されず落選したので、次の何かを立ち上げなければ財政破綻する危機に陥っています。5月からは小羽山地区の放課後子ども教室が始まり、今の4月は空白期間です。逆に言えば身体が空いているので、時間というリソースを投入可能です。今いくらかでも収入になることをやっとかないと…

以前から書き始めていて、構成や掲載資料に悩み休止状態になっていた小冊子第2弾の編集追記作業を再開しています。今年はいろいろな意味で節目の年であり、刊行物に弾みをつけたい気持ちもありました。昨日は新川歴史研究会の定例会で、現地へ向かう途中に立ち寄って追加の写真を採取してきました。


初の出版となった隧道あるはずでしょう物語と同様、今回もネットを介して入稿し小冊子化できる印刷会社を利用します。この最も重要で神経を使う入稿作業を、新川歴史研究会のメンバーが代行してくれます。チラシや冊子制作を何度も行って慣れているということで、Google document で作成された私のデータから入稿可能な pdf ファイル変換までして頂けます。餅は餅屋というもので、本当に有り難い限りです。

新川を題材にした今回の小冊子は来月上旬の新川市まつりには間に合いませんが、遅くとも6月入り前に読者のお手元へ届くように努力します。なお、販売可能になった時点でこのホームページでもご案内します。

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新年度入りへ向けて…
令和5年度も今日で終了です。最終日の今日は家から一歩も出ないどころか2階から降りることもなく過ごしました。代わりに昨日は外の空気も吸いたいと思って、船木のある山あいを歩いてきました。


去年は山口県きらめき財団への報告書締め切りを受けて、年度末ギリギリまで書類を整えて31日に提出したのを思い出しました。今年は別の書類に追われています。特殊な要因あって今回は間に合わず、年度が開けてからももう少し続きます。このタスクをこなすために、3月下旬はコラム提出から通常業務の高齢者見守り活動まですべてを前倒しして行い、月末に集中して書類作業を行える状況にしていました。

去年の春から始まった神経痛と思われる肘痛も、先々週あたりから少し現れています。ここ数日で急に気温上昇したような天候の変動が良くないようです。今のところ薬を飲まなければ我慢できない状況ではないので、このまま軽くやり過ごせて欲しい気持ちです。

今年中に世へ送り出すべきタスクをいくつか抱えています。遅くともあと半年経てばそのうちのいくつかが日の目を見る筈です。今の書類作業もごく僅かの例外を除いて”やらされ仕事”の要素がなく、先の展開が楽しみなものばかりです。新年度初日となる明日は、14日の散歩イベントの訪問先の一つの下見と関係者への下話に行ってきます。

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不安定な天気に泣かされます
雲一つない青空の広がる天気だと、他に急ぎのタスクがなければ大抵写真を撮りに行っています。光量が多い方が景色の写真は見栄えが良いだけでなく明瞭に写るからです。しかし最近の天候は「写真ばっかり撮りに行ってないで早く手元の課題を片付けろ」とでも言わんばかりの不安定な天候続きです。

春分の日の今日も、晴れ時々曇り一時雨といった提示されても判断のしようもない予報でした。今月号のコラム Vol.94 を書いているうちに、話の流れに呼応したあるアングルからの写真が一枚もないことに気付きました。不安定な天気でも短い時間だけ晴れ間の広がる時間もあるだろうと思って、そう近くもないある場所へ車を走らせたのですが…

まあ、控えめに言って「最悪の天気」でした。アジトを出るときは晴れ間が広がっていたのに、峠一つ越えるまでに空が暗くなり降り始めました。途中ではワイパーを速いモードで動かさないと前が見えないくらい。現地近くに着いてもザァーッと降ったり一時的にやんだり。暫く車の中で待機しました。その頃から意味不明に風が強くなってきて車が揺さぶられるくらい。そしてあろうことか強烈なあられに見舞われました。

車に乗ったまま待機しているときに撮った一枚です。
吹き付けているのは雨じゃなくてみぞれとあられの中間みたいなやつ。


青空が見えている部分と白い雲と濃い灰色の雲がミックスされた空模様でした。そして雲が移動して太陽が現れた頃には次第に降り方が弱まり、そしてパッと晴れ間が覗きました。このタイミングで現地まで歩いて撮影してきました。

その天候も長続きせず、再び暗くなってきたなーと思ってたらまたしてもあられの襲来。近くの自治会館の軒を借りて雨宿りと言うかあられ宿り。氷の欠片が降ってくるわけですからチョー寒い。また止んだときを見計らって県道からを含めて別アングルを数枚撮影しました。天気が良ければ他の場所も訪れる予定でしたが、またしても暗い雲が押し寄せて来たので、びっしょりになる前に走って車へ戻りました。

やはり今日の天気は普通ではなかったようで、空の便が欠航したり下関の六連島でタンカーが転覆する事故が起きていました。一時は台風並みの暴風が吹いていて、荒れるにしても全く予期していない状況でした。晴れるのは明日くらいで、これから先一週間以上何処かの時間帯で雨が降る予報になっています。悪天候は精神面だけでなく体調にも影響するので、外出を伴う業務は前倒しして進めています。現在は季節の変わり目に身体が順応するのを待っています。

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季節の変わり目が要注意な体質になってきた
前回のお知らせで、去年悩まされた原因不明の肘痛が出てくるかも知れないと書きました。遺憾ながら既に現れています。ただし去年よりも出現はやや遅く、痛み方もそれほど酷くはありません。

春の訪れは次第に暖かくなる気候と花の多さで歓迎されますが、体調に関しては非常にネガティヴです。あちこちがおかしくなりがちで、加齢現象を強く意識するだけに何かをするにもテンションが上がりづらくなっています。去年は年度末までに提出しなければならない書類の精神的負担がかなり重かったのもありました。今年は去年よりやや早めに確定申告の書類を提出しています。


身の回りで起きていることは、あまり良くないことが目立ちます。幸いなのは私の責任で起きている問題ではなく、ハッキリ言ってまったくの災難であり”余計なこと”に振り回されているという事実です。一部の方は周知するところであり、有り体に言って「地域を良くしたいのかブッ壊したいのかどっちなんだ?angerと凄んで差し上げたい気持ちです。

それでもこの先わくわくするようなイベントや企画があり、手が遅いことを自覚しながらも少しずつ継続しています。例の小冊子発刊も(先述の”余計なこと”の原因もあって)今年度中のリリースは無理で、もう少しお待ちをと言わせて下さい。このホームページも永らく放置状態だったので、このお知らせをもって生存報告に代えさせていただきます。

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マルチタスク進行中…
ホームページに記事をアップロードできていない状況です。写真は沢山撮ってあって書きたい記事もあるんですが、あれやこれやとすることを抱えていて優先順位をつけて処理しているところです。今、2月度のコラムにあと一つの要確認実行を残してほぼ仕上がったので、お知らせ履歴くらい更新しようと書き始めました。

抱えているタスクは雑多です。新しい取り組みで収益化にも貢献できそうなわくわくするものから、あまり嬉しくない事務処理のような作業もあります。合間で小羽山小学校すくすく教室の活動も行っています。2月7日には体育館で子どもたちに走り回ってもらいました。


放課後教室の活動は、特定のプログラムを主体的に行う学習アドバイザーとそれ以外の安全管理員に分かれます。以前はDVDを視聴したりトークを行ったりしましたが、最近の活動はもっとざっくりしています。この日は体育館で大縄跳びをするという内容でした。しかし私は長縄を回したことがないので、安全管理員の方に縄を回してもらって私は別のことをやりました。何をしたかは…上の写真でおよそ見当が付きますね。

今年は閏年とは言っても2月は普通の月より数日少なく、すぐに3月がやってきます。中旬に確定申告の提出期限が控えており、また新年度向けの企画書提出もあります。毎年春秋に実施しているUSCによる宇部マニさんぽは、数日前に春版の企画書を提出済みです。諸々の雑多な書類作業をサクッと片付けて、早く新しいあの企画を進めたい…既に第一号を試作していて、標準規格がバシッと定まれば後は題材を選定するだけです。

暖かくなるとまた去年のような体調不良に見舞われるかも知れません。原因不明の肘痛に悩まされたのと似た軽い痛みが始まりつつあります。少しばかり健康に自信を失いつつあるので、動けるうちに何とか世に送り出します。

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人との関わり合いが加速する年になりそうです
1月8日は渡辺翁記念会館二十歳の集いが行われました。例年のように私はスタッフとして会場の警備や準備撤収など裏方役として参画してきました。


当日は朝方かなり曇っていて気温低めでしたが、正午を待たずに天気が回復して暖かくなりました。密を避けるために出身中学校の校区別で午前の部・午後の部と分割して開催していたものを、今年は一括開催になりました。このため今年はリハに充分な時間を割くことができた上に午後3時過ぎには終了できました。

印象的だったシーンが2つ。今年は館内警備だったので途中で入場して様子を見てきました。出身校別の中学校時代の映像が流れているときで、各学校のタイトルや写真がスクリーンに表示されるたびに随所からオォーッ!と歓声が湧いていました。去年の末に気付いた「『懐かしい』はすべての世代の人々に共通して肯定的に受け入れられる概念である」を地で行く現象でした。しかつめらしく退屈な祝辞ばかりの式典から盛り上がりつつ参加できる二十歳の集いの変化を喜ばしく感じます。

もう一つは、若手の参加スタッフから声を掛けられたこと。隣接する新川ふれあいセンターの別館で弁当を食べてきて戻るときでした。後ろ姿とピンクの出で立ちですぐ気付いたのでしょう。「番組視ています。面白いですね」「ホンモノにここで出会えるとは思わなかった」と。さすがに新成人から声を掛けられたことはまだ一度もありませんけど今後裾野が拡がっていくかも。

年が明けてすぐに新たな視聴者さんとの出会いもありました。年末には買い物中に別の方からも声をかけられ、ウベミアンラプソディーの影響と思われます。記事化すれば永く記録が残るけど、手っ取り早いのはやはり実際に会って話をしたり映像化でしゃべることです。幅広く人の繋がりを持つことが重要で、その確率を高めるための配信手段が多様化する年になりそうです。

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久し振りに屋外で年越しの瞬間を迎えました
2024年の幕開け瞬間は、この場所に居ました。


うちのアジトから近く、2023年大晦日まで流れていたインパクトあるショートフィルム制作の出発点となった場所でした。写真とテキストという素材以外の手法と、効率的な配信手段に取り掛かる時期に来ています。詳細はいずれ公開される総括記事で明らかになるでしょう。

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