市道常盤公園開片倉線

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記事作成日:2015/1/9
記事編集日:2016/1/17
2024/11/20 画像リンク修正済み
市道常盤公園開片倉線は、常盤公園の石炭記念館裏手から北上し、開地区の高台を超えて片倉へ向かう路線である。
起点の写真。
市道常盤公園江頭線は国道190号からここへ到達して右折している。本路線はここから写真に見えているまま直進する。


現在の経路を地理院地図に重ね描きした画像を示す。は起点、矢印は終点を表している。
経路のGeoJSONデータは こちら


道路の構造や交通量などから本路線は起点〜野中五差路、野中五差路〜開交差点、開交差点〜終点に3区分できる。この区分にしたがって概説する。
【 起点〜野中五差路 】
この区間の前半部分では常盤公園の敷地内を横断する経路を取っている。起点からみて右側が常盤池関連、左側が遊園地および動物園関連となっている。かつて常盤公園は入園料が必要で市民も優待券の携行が必要だったため、園内に入る通路にはゲートが設置され、本路線の東西を連絡する通路はすべて立体交差となっていた。平成期に入園が無償化されてからは立体交差通路の横にスロープや階段を追加設置して双方向の往来が可能になっている。
常盤公園への入口関連の記事は以下を参照されたい。
派生記事: 常盤公園・中央入口ときわミュージアム入口西入口
縦断方向の起伏については、起点直後に数メートル上昇しそれからは概ねフラットとなる。起点から東へ進む方向(市道常盤公園江頭線)は本土手を経て亀浦の高台に至るため、起点付近は塚穴川の右岸側ということもできる。周囲の見通しが効かないので分かりづらいが、地図で調べると近傍における尾根を伝う線形となっている。
写真は常盤公園の遊園側との立体交差付近


早期に道路沿いに民家や常盤公園の敷地や畑が占めていたため拡幅することができず、道路幅は昭和中期に整備された当初のままである。自歩道も平成10年代後半にあじさい苑付近の公園敷地を削ってインターロッキングの自歩道が設置された程度で、至る所で自歩道が分断されていて歩行者や自転車の通行に充分とは言えない。交通量は平成初期より更に増大し、見通しの悪いカーブに枝道も多い危険な路線となっている。大型車両の通行制限はなく市営バス路線にもなっている。
【 野中五差路〜開交差点 】
野中五差路は正式名称ではないが、昔から変わらない変形交差点である。この五差路に関わる道は本路線の他に市道西の宮野中線(通称工学部通り)、市道東新川野中線市道草江野中線で、本路線以外の3路線はこの場所を終点としている。信号機は3サイクル動作で、東新川野中線および草江野中線から出てくる青時間が短い。東新川野中線の交通量が多く、夕刻時は常に信号待ちの車が滞留している。起点から本路線の経路そのままに沿って進む車は少なく、殆どの車がこの五差路で工学部通りへ向かっている。詳細は以下の派生記事を参照。
派生記事: 野中五差路
変則五差路から工学部付近は路側が広く歩道も整備されていて幾分安全である。ただし猿田住宅入口辺りから折れ線気味の悪線形と車道幅が狭まる場所がある。開交差点に至るまでに野中五差路より交通量はやや減少するが両側に歩道が整備されない区間が多い。
写真は開住宅入口バス停付近


縦断方向の起伏は、市道楢原線との分岐を過ぎた辺りからゆるやかな登りとなる。登りは開交差点へ至るまで続く。この経路もほぼ尾根伝いで、常盤池を築造した椋梨権左衛門俊平公が川上から常盤池の様子を偵察しに往還した道であり道の両側に松が植えられていた。[1]
【 開交差点〜終点 】
開交差点から先の本路線の経路は一般車両の離合が不可能な狭い区間をもつ直進部分となっている。この区間を車で通るドライバーは皆無で、北へ向かうすべての車は一旦左折して市道丸山黒岩小串線の一部区間を介してすぐ右折している。この道は市道開墓地公園2号線というまったく別の路線である。これらの路線の位置関係は以下の図を参照。


開交差点は本路線と床波から上宇部方面に行商人が往還していた古道であり、昔から交通の重要地点とされていたようで、狭隘区間入口付近に道標が設置されている。狭隘区間の現在の通行状況は歩行者と原付がたまに利用する程度のようだ。拡幅されなかったのは、既に周囲に畑や民家が占めていたこと、斜面をなぞるように造られた道で車が通れる程度に拡幅できなかったことに依る。現在も古道区間は小字の境界(墓納と大浴)となっている。
市道丸山黒岩小串線との交点付近については以下を参照。
派生記事: 開交差点(仮称)
狭い古道区間を過ぎると、市道丸山黒岩小串線から分岐している市道開墓地公園2号線の規格を引き継ぐ。
この区間では市道沼風呂ヶ迫線の終点まで緩やかな登り、そこから開墓園に至る部分でかなりきつい登り坂になる。墓園に到達後も道幅は狭いままである。
写真は開墓園付近


開墓園からハーモニーヒルズバス停付近まではほぼフラットで、そこから終点に向かって急な下り坂となる。
現在の路線において終点付近の急な下り坂と連続カーブは、車が通行可能となるよう後年整備された道のようで、認定市道以前の古道においては片倉温泉方面へ向けて下る道となっていた。この経路はかつて繁栄した黒杭村の墓地付近を通る重要な道であり、記事化を予定している。
派生記事: 開片倉古道(仮称)
風呂ヶ迫を過ぎて開墓園に至るまでは歩道が整備されないどころか、車道も対面交通に必要な幅が確保されていない。現在もこの区間にはセンターラインが整備されず、対向車を見極めつつ進む状況になっている。市道請川南側線が平成期に開通するまでは請川方面と開方面を連絡する唯一まともに車が通れる道であった。線形は極めて悪いものの通り慣れているドライバーによる通行需要は多い。市営バスは開墓園を避けてひらき台の中を通るコースに設定されている。両側が墓地領域で占められているため、道路の拡幅や線形改良は絶望的である。ただし平成期に入って常盤湖畔北から臨空頭脳パークを経て片倉温泉に至る全線対面交通の市道黒岩片倉線が完成してからは本路線の交通量は幾分減っている。
出典および編集追記:

1.「宇部ふるさと歴史散歩」p.79
現在は畑地が一部残るだけで松の木はまったく存在しない。現在の開墓園前の坂(丹土坂)まで植えられていたが維新の際にことごとく伐採されてしまったと言われる。この近辺の小字である鬼松はかつて植えられていた一部の松の名に由来する。
《 近年の変化 》
・常盤公園の動物園ゾーンは2015年3月21日にリニューアルオープンした。本路線に影響はないが起点から中央入口までの区間で若干景観が変わっている。二期工事が終わる2016年3月には動物園のグランドオープンが予定されており、これを区切りに本路線へ面した景観の変化は落ち着く見通しである。

・2015年5月に国道190号常盤公園入口交差点から石炭記念館前で折り返して本路線の野中五差路までが「ときわ公園通り」として指定され路線内に通り名を案内する標示板が複数設置された。同じ時期に浜バイパス(市道北琴芝鍋倉町線)の全路線を「山大病院通り」として指定されている。[1]

・2016年の1月まで宇部高専白鳥寮の正門付近のフェンスに本路線に面して問題のある看板が掲示されていた。


この看板は外部からの指摘により不適切なものと判断され18日に撤去された。なお、撤去に至った理由について高専側は明らかにしていない。看板は少なくとも数年間掲示され続けていたことが判明している。

・2020年11月に本路線の起点近くのカーブ内側にあった古民家が解き除けられた。個人宅ではあるが解体後に周辺の地形が現れ、古民家が非常に特異な建てられ方だったことが判明した。なお、解体後ほどなくして敷地が市によって買い上げられた。

・2022年夏までに古民家敷地のカーブに丁張がかけられ、歩道ができることが明らかになった。同年8月末までに歩道整備工事に伴う片側交互通行を行う案内看板が建てられている。

・2024年4月までに本路線とときわ公園の立体交差通路付近の樹木が伐採された。古民家のあるカーブ区間のみ自歩道を欠いた状態であり、歩道整備と立体交差通路の拡張が予想された。

・同年7月頃に立体交差通路のボックスカルバート追加設置工事が進められた。この間本路線は業者の設置した信号機による片側交互通行となり、立体交差通路は一定期間通行止めとなった。

・同年9月には立体交差通路のボックスカルバート拡張が終わって通路が通行可能となった。本路線は引き続き片側交互通行だった。

・同年11月に歩道整備工事が完了し、本路線を自転車で起点側に移動するときも連続的に自歩道を通行できるようになった。工事区間内に存在していた猿田彦の石碑は、ほぼ同じ場所に据え直された。
《 個人的関わり 》
特記事項と同様、3区間に分類して述べている。
なお、記述内容が多いので既定で非表示にしている。

注意以下には長文に及ぶ個人的関わりが記述されています。レイアウト保持のため既定で非表示にしています。お読みいただくには「閲覧する」ボタンを押してください。

起点から終点までの全線にわたる詳細な道路レポート。全5巻。
初期の記事レポートであり、現在では誤りである点がいくつかあることに注意を要する。
連載記事: 市道常盤公園開片倉線【1】
出典および編集追記:

1. 2015年5月の宇部日報に「市道に通称の通り名」として記事が出ている。ただし添え書きとして記載されるローマ字表記に対して異論もある。「*** - dori.Ave はないでしょ!」参照。

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