常盤公園

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記事作成日:2014/8/6
最終編集日:2020/4/10
常盤(ときわ)公園は山口県宇部市にある総合公園である。[9]
総論的な内容は以下のリンクを参照頂きたい。
「Wikipedia - ときわ公園」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%A8%E3%81%8D%E3%82%8F%E5%85%AC%E5%9C%92
「ときわ公園 公式サイト」
http://tokiwa.ube.ac/
なお、当サイトでは公園カテゴリは市内全般における概論的項目のみ取り組んでいる。常盤公園においても個人的な興味や関わりがあったり特に記録しておきたいと考える内容に限定している。前掲のリンク先にある内容(歴史や主要な営業施設など)と重複する記載は基本的に行わない。写真を眺めて愉しめる熱帯植物園や菖蒲園の記事は予定しているが、遊園地に設置されている各種アトラクション、動物園に飼育されている動物たち、各種彫刻の紹介やイベントについて詳細な記事を作成する予定は当面ないのでご了承頂きたい。
《 歴史 》
平成12年発行の常盤公園の入場券の画像である。[1]


出典および編集追記:

1. 当サイトの一読者による提供。FBページ経由で入場券の画像を提示され、当サイトでの掲載について承諾を頂いている。(2016/10/18)
《 名称の由来 》
常盤公園の常盤(ときわ)については常盤池の総括記事に表記しているので参照されたい。
派生記事: 常盤池|呼称
常盤池と同様、平成中期あたりから「ときわ公園」の表記が多くなってきている。
Wikipediaの記事でも「常盤公園」では横浜市保土ヶ谷区にある”常盤公園”が案内されるようになった
同様にその他の漢字表記されていたものも一部がひらかな表記に置き換わりつつある。(「菖蒲苑」→「しょうぶ苑」など)

「ときわ公園」の表記より「常盤公園」と表記される時代の方が歴史的に長いこと、既に多くの記事を漢字表記で作成していることから、当サイトでは特段の断りがない場合は「常盤公園」と表記する。
《 アクセス 》
常盤公園は宇部市の南方に位置し、江戸期に造られた人造溜め池である常盤池を中心とした公園である。市街部からは国道190号を通って車で十数分の場所にある。
下の地図は常盤公園の正面入口を中心にポイントした広域地図である。


地図の通り宇部市街部からやや東へ離れており、国道190号がすぐ近くを通っていて車の便は良い。
【 交通手段 】
山口宇部空港が南側にあり、空港からはときわ公園を経由する市営バス路線がある。後述するように広範囲に駐車場があるので車での利便性は良いが、鉄道の場合遠方からは宇部線経由以外ない。しかも名称は同じながら最寄りの常盤駅から常盤公園はかなり遠く、来園目的での鉄道利用は少ないと思われる。

常盤公園を囲む道としては、国道190号の常盤公園前交差点から正面入口前を通る市道常盤公園江頭線、本土手から池の西側を通る市道常盤公園開片倉線、東岸から北に向かって回り込む市道丸山黒岩小串線などが主要な道である。
《 公園の配置構成 》
常盤池は標高20m程度の丘陵部に存在するので、その周辺に展開する常盤公園自体も意外に起伏に富んでいる。正面入口から進んだ場合、遊園や彫刻広場付近は常盤池より数メートル高い。
【 西側 】
遊園地や動物園などの主要な施設は専ら常盤池の南西側に集中している。ここには常盤公園の顔とも言える正面入口、食事処と休憩所のときわレストハウスが入った建屋がある中央入口、ときわミュージアム本館などに近い西入口がある。正面入口の西側、飛び上がり地蔵尊に隣接して樋門入口があるが、現在は管理上使われているだけで一般来園者の出入りはできない。
【 東側 】
常盤池の東側には昭和中期頃までは花見のとき使われる広い駐車場が備わっていた程度で、主立った設備はなかった。
昭和37年に常盤池を望む位置に青年の家が造られ、市内の子ども会が開催する宿泊イベントや研修に利用されたが、現在は閉鎖されている。
その後常盤公園の機能拡張として西側で収まり切らなくなったため、駐車場を拡張しときわ湖水ホールが誕生した。この横から降りる東入口およびかつての青年の家に向かっていた旧東入口がある。東側にはときわミュージアム分館など大人数を収容できるイベントホールがあり、また格好の花見スポットで春先には大変に賑わう。正面入口側とは常盤橋で結ばれている。上記の入口に付随する駐車場には駐車料金が必要である。
【 北側 】
常盤公園の入園が有償だった時代は白鳥大橋もなく、常盤池を周回する園路が備わっていなかったために北側の整備は遅れた。周遊園路が完成した平成期に入って常盤池の北側に常盤スポーツ広場が整備され、サッカーや野球の練習に利用されている。この広場の横に白鳥大橋を経由する園路の入口があり、ウォーキングやジョギングを嗜む人々に愛用されている。
この他、ときわスポーツ広場の東側の湖畔にユースホステルが存在する。かつては直営だったが現在は指定管理者による運営で施設はそのまま継承されている。

入園料を徴収していた時代には正規の入口以外にはネットフェンスが張られていたが、無償化以降は部分的に取り除かれ通路が造られたり破損後新規に設置されないままの箇所が目立つ。特に白鳥大橋が架かる以前は橋以北から遊園地に向かうことが実質的に不可能だったせいか、当初からフェンスが設置されなかった場所も多い。

入園自体は駐車料金の徴収と引き替えに無償化されたので市外内民を問わず誰でも常時無償で出入りすることができる。ただし遊園部門は午後5時までで毎週火曜日が定休日となっている。
各種設備などの営業日および時間帯は個別に照会されたい。
《 現在営業している施設 》
公式サイトなどに掲載されているので、ここでは将来的に記事化を予定するものに限定して項目のみ列挙する。
記事化された後には案内文を派生記事リンクに置き換える。
【 石炭記念館 】
1階は石炭の歴史および坑道を再現した展示スペース、2階が関連資料の展示場となっている。2階は著作権がある個人および団体の出典物が多いことから、カメラの撮影は禁止されている。指定管理者制度により運営されており1階に担当者の常駐する詰め所がある。

最上階は展望台となっており、360度パノラマを愉しむことができる。空港方面を望む南側と常盤池の全容を眺められる北側に高解像度の望遠鏡が設置されていて無料で利用できる。

【 彫刻野外展示場 】
平成4年に整備され、この過程でサボテンセンター事務所や休憩所、事務所前の花壇などが撤去された。
サボテンセンター自体は前年の台風被害を受けてそれ以前に撤去されていた
丘陵部斜面をなだらかに整形し芝生が植えられ、散歩道部分は自然色アスファルトで舗装されている。景観を損ねる電線類や側溝はすべて地中化されている。隔年で開催されるビエンナーレの主会場にもなっている。
【 ときわミュージアム 】
彫刻野外展示場より後にサボテンセンターの拡張として建設された。なお、建屋の建設により市道から常盤神社に至る直線の参道の一部が失われた。
本件に関して当時議論が起きなかったのか疑問が残る
ときわレストハウス
西入口側にあり、1階が焼肉店およびスイートの店、2階は休憩所となっている。昇降にはエレベータが利用可能。
休憩所は午後5時まで一般来園者も無償で利用できるが、認知度は高くない。
【 ロックガーデン 】
種々の植物をまとめた屋外植物園で、憩いの家の裏手に位置する。西側通用門側にはロックガーデン(竹里庵)として案内表示が出ているが訪れる人は少ない。ときわ公園MAPに案内されていなかったが、2014年に入ってロックガーデンを案内する立て札が設置され始めた。
常盤公園公式FBアカウントでは情報発信されている
《 かつて存在した施設 》
ここでは常盤公園内において常盤池関連以外の施設をまとめている。常盤池に関する施設は「常盤池|観光としての利用」を参照されたい。

・菖蒲園の端に藁屋でお馴染みの憩いの家がある。かつては「老人憩いの家」と呼ばれていた。[1]元は一市民の家屋であったものを遊園が買い上げたとされている。近年まで使用されていて藁屋自体は今もそのままだが耐震性に難があるため現在は閉鎖されている。屋根の重みを支持するために中央の柱にポストで補強されている。長い間放置されていたが、2015年夏季より改修し再生利用する計画が持ち上がり、今後どのような憩いの家に改修すべきかのワークショップが開催されている。第一回ワークショップについては以下の記事を参照。
派生記事: 憩いの家再生ワークショップ【1】
・現在ときわミュージアム本館のある近辺には、かつてサボテンセンターが存在した。天井がドーム状になっている横に長い建屋で、内部は起伏のあるコンクリート路が迷路のように設置され、種々のサボテンが展示されていた。これは昭和後期までは常盤公園を代表する著名な施設であり、多くの市民に親しまれた。平成初期に宇部を襲った台風で壊滅的被害を受け解体された。[2]現在はその跡地を利用して熱帯植物園が営業している。

・常盤池の噴水付近にボート乗り場があり、かつてはオールの付属する手漕ぎ式ボートがあった。しかし安全面で問題があることから現在ではペダル式に限定され、手漕ぎボートは全廃されている。かつての手漕ぎボートは側面が白赤青の3色に塗られ、すべてに番号が書かれていた。これらのボートは管理用に数隻を残し、その他のボートは中央玄関入口裏の小屋横に山積みにされている。

・ボート乗り場に併設されてかつて遊覧船が定期運行されていた。
白鳥をかたどった遊覧船は運航停止した後もしばらく岸辺へ繋留されていたが、管理事務所と共に桟橋や設備の一部が半ば水没しかけた状態で放置されていた。遊覧船は2014年の春頃に遊覧船が完全に撤去されたので、今後の運行の予定はないものと思われる。[10]

・昭和中期から後期にかけて遊園地の最大の目玉は西日本随一を誇る規模の初代ローラーコースターだった。
それは現在の市道常盤公園江頭線の上を2度横切り夫婦池の水面に向かって急降下する極めてスリリングなコース設定となっていた。40代以上の宇部市民でローラーコースターを経験した人はかなり多い。
2代目コースターの設置に伴い初代コースターの軌道敷はすべて撤去されているが、夫婦池の土手や市道沿いの一部に当時の基礎跡や鉄骨部材が遺っている。
派生記事: 初代ジェットコースター基礎跡【1】
・その後設置された2代目コースターは市道の上を横切る部分を除いて初代コースターとほぼ同じコース設定だった。しかし獣舎の真上を通るコース設定のため、台車が通過するたびに発生する轟音が動物に明確なストレスを与えていることが指摘され、動物園部門と遊園部門を明確に分けるゾーン計画策定に先立って平成24年12月に営業運転終了、翌年1月より殆どの軌道敷が撤去された。次いで動物園ゾーンの2期工事に伴い2015年10月までにはすべての基礎跡が撤去され現存しない。

・正面入口左横にあったペリカンの飼育スペースも平成24年12月から翌年はじめにかけてジェットコースターの軌道敷撤去後に解体された。

・かつて鯉の養殖場が存在した。緋色や黒、黄金の鯉が飼われており、来園者は品定めして買って帰ることができた。常盤公園の黄金の鯉は市内にあっては飼育される鯉の最高級ブランドで、個人が庭に自前の池を造って常盤公園で買った黄金の鯉を泳がせるのは当時一つのステータスシンボルであった。現在でも当時の鯉を自宅の池で飼い続けている方は多い。
鯉の飼育販売を行っていたのは万倉にある業者で、平成初期の常盤公園再整備に伴って市から撤収を勧告されたという。[要出典1]

・時期は不明だが、定期的に菊人形展が開催されていた。中止に至った理由はよく分からない。菊花コンクールの方は現在も続いているようである。[3]

・遊園側にゲームセンターが存在した。平屋建ての中に各種のクレーンゲームなどの機器が設置されていた。内部は暗く不良中学生の溜まり場になっていた時期[4]があり、学校やPTAでしばしば問題になった。なくなった理由はよく分からないが風紀上の問題の可能性もある。

・遊園地内に釣り堀があり、その近くに市旗および国旗の掲揚台が存在していた。釣り堀が移転するのと並行して国旗掲揚台のポールが撤去され、ときわ丸のパーツである2本のマストに流用されたという。[5]正確な位置はよく分かっていないが、噴水池と時計台の間にある斜面と思われている。
国旗掲揚台の遺構を思わせる石積みがみられる

正面入口横の売店は2013年の春頃に撤収されて各種パンフレットの陳列と園内で使用する車椅子および走行車両の待機所になっている。白鳥湖を過ぎた先にあった売店も閉鎖され暫く自動販売機のみの設置状態だったが、同じく2013年夏頃より食事処が新装オープンした。鯉の餌(棒状の麩で1本100円)は現在も売られている模様。

・大正時代まで現在の時計台付近に神社が存在していたことが知られている。常盤公園となる以前は常盤池を望む私有地で、桜山と呼ばれていた。付近の斜面には当時の台座や小さな石橋が遺っている。

・ゾーン計画推進の一環として、数十年来市民に親しまれてきたボンネットモンキーの住み処であるときわ丸が解体撤去された。昭和中期に造られたコンクリート製の船で、動物園を訪れる市民には大変親しまれていた。詳しくは以下の記事を参照。
派生記事: ときわ丸
・ときわ湖水ホールの地階部を利用してかつて直営の食堂があった。これといった特徴あるメニューがなく価格が高いという来園者からの指摘が目立ち、数年前に閉鎖された。その後指定管理者による営業で予約制バイキングの店 Familio として再スタートした。
中央入口にある建屋の1階には焼肉店とスイーツの店「あんみつ姫」が入っているが、これらはときわ湖水ホール地階の店より早く入れ替わった。以前は同様な直営の店だったと思われるが詳細は調査中。

・ときわ湖水ホールより北側にはキャンプ場と青年の家があるが、青年の家は2013年現在建物自体は存在するものの施設としては2012年6月末をもって閉鎖されている。転用されるか解体撤去されるかは不明。付随するキャンプ場は現在も利用可能である。
派生記事: 青年の家
《 計画中の施設 》
・平成24年3月にときわ公園動物園ゾーン計画が策定され、現在古い施設を撤去し新しいものに置き換える工事が進められている。これは現在ある動物園の施設老朽化と、動物の観察のしにくさ、設備が動物たちに与えていたストレスを考慮するものである。例えばサルの飼われている檻は古い錆び付いたネットフェンスであり、観察がしづらいだけでなく牢獄をイメージさせていた。また、ローラーコースターの軌道が動物飼育区域の真上に設置されており、運行に伴う轟音が動物に明白なストレスを与えていたことが調査により判明している。新計画では遊園部と動物飼育ゾーンを完全分離した設計になっている。これに伴い現行の動物園関連の飼育施設はすべて撤去される。
新しい動物園ゾーンの新装オープンは2015年3月21日とアナウンスされている。[6]

・平成22年におきた高病原性ウィルス感染事件により園内すべてのハクチョウが殺処分された。このときの殺処分に至る過程や背景が充分に市民に伝達されていなかったためか、長い間怨恨として残った。再度同じ悲劇が繰り返されるかも知れない状況であれば、安易にハクチョウの飼育を再開すべきではないという意見が多い半面、宇部市のシンボルと言えば常盤公園であり、そして常盤公園と言えばハクチョウをイメージする存在であった。下水道のマンホールから市営バスに至るまで市のシンボルとして登場している以上、ハクチョウの飼育を恒久的に諦める事態は有り得ないと認識されていた。市としても「白鳥の復活についてはペリカンなどの園内の飼育鳥の健康状況や常盤湖への渡り鳥の状況等を数年間検証し、専門家の意見を踏まえながら検討する」と表明している。[7]

動物学的および疫学的見地から検討がなされ、以前のような多くの個体を湖に放ち育てることは個体同士の騒乱を招きストレスを与えること、野鳥との不用意な接触がウイルス罹患の確率を高めてしまうことなどから、数羽から始めて最大でも20羽程度を上限として飼育すること、冬場は隔離された環境で越冬させることなどのガイドラインを元に飼育が再開された。また、飼育再開にあたってはときわ動物園としての初代として招聘された園長による疫学的な説明会が開催された。この説明会では、疫学の専門である園長に期待を寄せる中、慰霊碑を建てることを進言しつつも無視され続けるなど市の取り組みに対する厳しい非難が一部の動物愛護団体から寄せられた。

一連の見地を元に、白鳥湖に隣接して冬期にハクチョウが越冬するための鶏舎が建設された。また、鶏舎の前には殺処分に至るまでの経緯を詳細に記録した説明板と慰霊碑が追加設置されている。
《 その他の特記事項 》
情報このセクションには主観的な記述が含まれます。

・市内はもちろんのこと近隣地域においても規模の大きい著名な公園であり、世代を問わず広く愛されている。
市西部の小学校では遠足の目的地であり、スケッチ大会としても頻繁に訪れられていた。このため市内にある程度在住した一定年齢以上の市民は、ほぼ例外なく常盤公園を訪れている。

・常盤公園の運営に関する大きな変化と言えば、平成13年に改定された入園無料化である。それ以前は駐車料金が無償だった代わりに市民以外は入園料が必要だった。
入園料免除となる市民の確認条件は、保護者同伴の幼児は無条件で、就学児童は所属小学校の名札や生徒手帳の提示で足りた。一般市民には毎年年度が替わる都度、常盤公園の入園証が交付された。
改定後は市内外民を問わず入園料が無料化された代わりに、周辺の駐車場が原則有料化された。これに伴い周辺の駐車場に料金徴収用ブースが設置されることとなった。
当然ながら市民対象の入園証交付は行われなくなった
この改定に関しては当時市民の間で相当な賛否両論があった。どちらかと言えば否定的・批判的意見が目立った。市外民に対しては入園料が駐車料金に置き換わっただけなものの、宇部市民は以前から無料で入園できていたものが新規に駐車料金が必要となり、実質的に市民だけに負担が偏るデメリットは否めなかった。もっとも統計的には来園者数が逓増していた時期であり、入園料無償化・駐車場有料化の影響は限定的だったように思われる。

・市民に限定しての利用状況は把握が困難だが、駐車料金のみの負担で無償で楽しめる野外彫刻美術館や熱帯植物園の来訪者は多い。とりわけ常盤池を周回する外周園路はウォーキングやジョギングコースの定番で、鍛錬目的の若者や健康志向の中堅層も頻繁に利用している。

・景観や遊具で楽しめる公園ではあるものの、市内在住の一定年齢層には「デートで常盤公園を訪れたカップルは別れる」という都市伝説的信奉からデートスポットとしての利用を避ける傾向があった。[8]

・昭和50年代初頭に遊園地に設置された大観覧車からの乗客転落死亡事故が発生している。ゴンドラが高所に吊り上がった状態で昇降用の扉が開いて落下した模様。この事故で暫く観覧車の運行が休止された。[要出典2]

《 個人的関わり 》
記述内容が多いので折り畳み方式にしている。

注意以下には長文に及ぶ個人的関わりが記述されています。レイアウト保持のため既定で非表示にしています。お読みいただくには「閲覧する」ボタンを押してください。

出典および編集追記:

1. 少なくとも2009年までは「老人憩いの家」として案内されていた。常盤神社前の案内柱の入った写真を参照。
なお、憩いの家の背面にあるロックガーデンの案内地図看板には現在も老人憩いの家と明記されている。

2.「Wikipedia - ときわ公園|沿革」を参照。

3. 正面玄関より内側にある案内板では「宇部大菊人形」の部分だけが抹消されている。

4. 中学一年生のとき、小学校の仲良しクラスメートでゲームセンターを訪れたときたまたま一人になったタイミングに目を付けられ中学校の同級別クラスの不良グループの一人に恐喝され手持ちの小遣いを全部奪われた。彼は私が中学一年生に上がった直後から弱みに付け込み、事ある毎に付きまとっては恐喝を繰り返していた。クラス会では担任教諭も同行していたが、彼は私が一人になるタイミングを待ち伏せしていてそのとき狙われた。それ故にゲームセンターには悪い想い出しかなく、なくなったと聞いたときは心底喜ばしいことと思った。常盤公園のゲーセンは当時明白に不良グループの溜まり場で風紀が悪いことで学校でも評判になっており、親からも決して行くなと厳しく言われていた。

6.「ときわ公園MAP」パンフレット裏面。ときわミュージアム館内にはゾーン計画による計画ミニチュア模型が展示されている。かつては湖水ホール内に展示されていた。また、しょうぶ苑でしょうぶ祭りが開催されたときにも、現在進行中のゾーン計画をアピールするためにテントの中に模型が展示された。

7. 白鳥湖の説明板の横に平成24年2月付けで市の公告が掲示されている。

8. 自身の体験としても「常盤公園ではなく江汐公園にしなさい」などと親から根拠のないことを言われている。同種の報告は結構あり、常盤公園が小学校のお別れ遠足の訪問地として定番だったためと考えられる。あるいはデートを近場で済ませるのは安直で手抜きと考えたり、園内で知人に遭遇して気まずい思いをしてしまうという説もある。もっとも「〜公園に行くと必ず別れる」のような都市伝説は全国各地どの公園にもありがちな話だろう。
この件について最近FBで投稿したところ同様に「デートで常盤公園に行ったカップルは別れる」件について言及する読者が結構多く、未だこの都市伝説の知名度が相当に高いことを伺わせた。「FBページ|2015/2/1の投稿(要ログイン)

9.「宇部市|宇部市の都市公園一覧」参照。

10. 一連の管理は足踏み式ボートと共に指定管理者へ委託されている。遊覧船は2014年のはじめ頃に撤去後されたものの水上の詰め所や渡り桟橋は水没したまま放置されていた。2015年2月上旬には桟橋の撤去作業が始まっており、全面改装するかボート運営自体を廃止するのかも知れない。

要出典1. 春先に開催された「ときわウォーク」イベントで参加者の一人から聞き取った情報。

要出典2. ゴンドラ自体が落下したのではなく扉が開いて転落した。一個人の死亡事件でもありこれ以上の詮索は自重する。

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