市道真締川南小羽山線

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記事作成日:2016/1/30
市道真締川南小羽山(まじめがわ・みなみおばやま)線は、市道真締川西通り2号線の東岩田から分岐し、蛇瀬川に沿って南小羽山町へ至る路線である。
写真は印象的だがきつい終点付近の登りカーブ。


ルートラボを載せる。


昭和50年代に開発された小羽山ニュータウンへの南側入口とも言える路線である。南・北小羽山地区への主要な接続路線は県道琴芝岐波波線から分岐する市道小羽山中央線と本路線であり、現在でも対面交通仕様の道は他にはない。
特に真締川以東の市街部より小羽山地区へ向かう場合、県道と小羽山中央線を経由するより真締川西通りと本路線を継いだ方が早いため、道路事情を知るドライバーによる交通は多い。ただし後述する理由により線形が悪くカーブが多い割に横断勾配が足りず極めて走りづらい。歩道は一応あるものの幅が狭く、あらぬ場所で突然途切れるなど設計の悪さが目立つ。

道路設計時において将来的な人口増加が見込まれる小羽山ニュータウンに呼応した四輪の通行を可能にすることと、できるだけ既存の田を減らしたくないという相反する要求に応えた道造りが窺える。そのことは特に起点を過ぎた先にある直角曲がりに象徴的である。現在の道造りであれば大きな円弧状のカーブにする筈だが、現状は一般の十字路を思わせる折れ点になっている。
《 成り立ち 》
蛇瀬川が現在の位置で真締川に注ぐようになった同時期から現在の土手道はあったらしい。小羽山ニュータウンの開発に伴い、真締川方面より同地区へ乗り入れ可能にするために拡幅し再整備された道である。そのことは小羽山地区を縦貫する中央線やその他の市道との設計の類似性により推測される。
本路線は最後の南小羽山地区へ登る坂道を除けば、一貫して蛇瀬川に随伴する線形をとっている。このことから蛇瀬川の護岸整備と相携えて道路造りが行われたようである。

以下は昭和49年度の地理院地図映像による刈川の大曲がり付近である。


現在もここで本路線は180度に近いほど進行方向を変えるきついカーブとなっている。かつてはもっと酷く蛇行していた蛇瀬川をある程度緩やかに変えた後、河川線形に合わせた結果である。航空映像でも南側へ大きく切れ込み蛇行した旧蛇瀬川の痕跡が見えている。詳細は以下の記事を参照。
関連記事: 蛇瀬川・三日月池痕跡
このカーブを過ぎると本路線と蛇瀬川は更に両側に山が迫ってくる狭い区間へ押し込められる。この場所は最初期には安全に人が往来できる道すら存在しなかった可能性がある。この先で合流する古道の市道維新山西山線が蛇瀬川沿いをたどらずわざわざ小さな峠越えの経路を取っているのがその理由である。後年、四輪が通れるように両側から山が迫ってくる場所をある程度削って道を確保したと思われる。

南小羽山に登る地点は短い距離での強引な坂道である。このスロープは地山ではなく小羽山ニュータウン開発時に生じた流用土による盛土である。かつて南小羽山へ上がる道はこの坂の麓の右側にある細い路地で、現在はその先に造られた調整池(後述)により分断されている。
縦断勾配を緩めるため大きなカーブ2つで強引に市道小羽山中央線に接続している。小羽山開発以前の道は、現在の市道維新山西山線の分岐路の少し先、南小羽山調整池(勝手呼称「ロボット堰堤」)の辺りから高台に向かっていたらしい。未発見の鳴水の道標はこの分岐路にあるものと考えられている。
起点から終点までを自転車で走ったときの時系列レポート。全3巻。
現在の市道レポートスタイルを確立する以前の作成なので派生記事リンクが存在しない。本編を2巻で構成し後年の変化と補足事項を後続の1巻にまとめた変則的スタイルとなっている。
その他の派生記事を追記する折りに分割整理する予定
時系列記事: 市道真締川南小羽山線【1】
上記の時系列レポート公開後の派生的項目は、以下のファイルに相載せしている。
派生記事: 市道真締川南小羽山線・横話
【路線データ】

名称市道真締川南小羽山線
路線番号511
起点市道真締川西通り2号線・三差路
終点市道小羽山中央線・十字路
延長約800m
通行制限
備考悪線形につきスピード注意

延長など各データの正確性は保証できません。参考資料とお考えください
《 Googleストリートビュー 》
全線走行データが採取されている。
起点からの映像を示す。


《 近年の変化 》
本路線は小羽山方面への仕事で往来する頻度が高い関係上、変化を観察し細かく記録されている。

・2012年の半ば頃から下水道工事が施工され片側交互通行が長く続く時期があった。覆工板で措置した後、夜間は工事区間の前後に工事用信号機が設置されていた。

・2012年の下水道工事が終わった後、同年の12月に刈川の大曲がりから市道維新山西山線との重用開始区間にかけて荒れていた路面の舗装補修(オーバーレイ)が施工された。また、このとき維新山西山線接続部付近にあった危険なガードレールが撤去され、同場所にカーブ有の誘導板が設置されている。きついカーブにあった路面上の誘導用矢印も新たにペイントし直された。

・2014年9月に終点と市道小羽山中央線との角地にコンビニエンスストア(ファミリーマート)の建設が始まり翌月に新装オープンした。この場所は長いこと空き地状態で、以前はガソリンスタンドがあった。

・2014年の秋口以降(時期不明)に起点から最初の直角折れ点までの左側にあったイブキなどの樹木がすべて伐採された。恐らく私有地であるが最初の直角折れ点に差し掛かるまでの区間の見通しが良くなった。

・2015年の中頃に市道真締川西通り2号線との三差路部分に横断歩道がペイントされた。真締川西通り2号線の自歩道は自転車の往来が多く、右左折車に交錯を注意喚起するためである。


・2017年の4月上旬、本路線の刈川の大曲がりから分岐する地区道沿いにあるコンクリート円筒柱についての調査依頼があり、現地調査を行った。


詳細は以下の派生記事を参照。
派生記事: 地区道沿いにある竪坑のようなもの
この正体は恐らく灌漑用水採取向けの井戸と思われる。
《 個人的関わり 》
初めて通ったのがいつかは全く分からない。そもそも現在の小羽山に関わる業務を持つまで市道真締川西通り2号線自体通ることが稀だった。

前職では事務所が琴芝にあり、川上など市北部から車で事務所へ報告に戻るときたまに参宮通りを通らず真締川西通り2号線を走ることがあった。車を連ねて仕事仲間と走っていたとき、右折して本路線に入り直帰する同僚の車を見ることで、この方向に道があったのかと知る程度だった。

野山時代は小羽山に行くには白石交差点よりテクノロードを経由して東小羽山側から通っていて、本路線を通る理由がまったくなかった。したがって車や自転車で通るようになったのはアジトを市街地へ移してからのことである。
現在では週に最低一度はかならず車で通る重要路線となっている。自転車ではこの方面の調査があるときでしか通行していない。
出典および編集追記:

1.

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